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『たべるのがおそい vol.7』(銀林みのる、小山田浩子、高山羽根子、他:著、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

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「たべるのがおそい」は未来のための本だった。
 口上はこれくらいにしておこう。列車は絶えることなく入線してくる。
つぎの駅でお会いしましょう。
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編集後記より


 小説、翻訳、エッセイ、短歌など、様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第7号にして最終号です。単行本(書肆侃侃房)出版は2019年5月。


[目次]

巻頭エッセイ 文と場所
  『文とふん』(斎藤真理子)

特集 ジュヴナイル―秘密の子供たち
  『上水線83号鉄塔』(銀林みのる)
  『ジュヴナイル』(飛浩隆)
  『作文という卵から小説という鳥は生まれない』(岩井俊二)
  『米と苺』(櫻木みわ)
  『物置』(松永美穂)
  『おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって』(西崎憲)

創作

  『ラピード・レチェ』(高山羽根子)
  『けば』(小山田浩子)
  『儀志直始末記』(柳原孝敦)

翻訳

  『退社』(チョン・ミョングァン:著、吉良佳奈江:翻訳)
  『ハイミート・フォン・ドーデラー「ヨハン・ペーター・へーベル(1760-1826)の主題による七つの変奏』(ハイミート・フォン・ドーデラー:著、垂野創一郎:翻訳)

短歌

  『三日月の濃度』(熊谷純)
  『手をつないだままじゃ拍手ができない』(佐伯紺)
  『天国と地獄』(錦見映理子)
  『インフルエンザに過ぎる』(虫武一俊)

エッセイ 本がなければ生きていけない

  『心にプロなんてない』(梅﨑実奈)
  『安住の書庫を求めて』(東雅夫)




『ラピード・レチェ』(高山羽根子)
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 その場では文字を読むことはできなかったけど、私は後になって、
『前にいるプレイヤーの首に、できるだけ速やかにスカーフを巻く、東洋で開発された競走の指導者』
 とかいう種類の人間にされていたらしい。これは、こっちの国に来てアレクセイに書類を見せてわかったことだった。
「まあ、大きくまちがってはいないけど」
 と私が言うと、アレクセイはいぶかしげに、
「あなたはこの国にいったい何を広めにきたの」
 と訊いてきた。
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たべるのが遅いvol.7 p.10


 日本で開発された新競技を普及させるために、とある国に、指導者として赴任してきた語り手。異文化、慣れない習慣、妙に印象的な友だち、トレーニングには真面目に取り組むものの競技を理解しているのかどうかよくわからない選手たち。
 かつて謎競技〈怪獣上げ〉で読者を魅了した高山羽根子さんが、新たな謎競技(おそらく駅伝競走がモデル)の普及活動を通じて世界のわからなさとそのなかで生きてゆくことについて描いた作品。


『けば』(小山田浩子)
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 どうして猫は早く走れて跳び上がれて知能もかなり高いらしいのに、左右も見ず車道に走りこんでいくのだろう。この家には幼い兄弟しかいないのだろうか。平日の午前中、保育所なり幼稚園なり小学校なりに行っていないのか。私は気持ち耳をすませた。どこかからテレビの音と赤ん坊の鳴き声が聞こえた。彼らの家の奥は静かだった。
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たべるのが遅いvol.7 p.29


 道端に落ちている動物の死骸。平日の昼間、静かでまっ暗な家の窓から見つめてくる子供たち。職場の飲み会で交わされる一見たわいのない会話。その合間から立ち上がってくる不穏な気配。何か特別に怖いことが起きるわけでも何でもないのに、心を毛羽立たせる要素を巧みに配置して読者を揺さぶる傑作。


『上水線83号鉄塔』(銀林みのる)
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 絶対的な静けさが訪れた。風はない。鳥はいない。空気に音はない。世界は停止していた。
 ぼくは83まで数えたことは覚えていた。ああ、83て、この鉄塔の番号だったな。それに素数だ。――ぼくは確かに、0.1秒くらいの短いあいだに、そう考えた。
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たべるのが遅いvol.7 p.52


 83号鉄塔の隣にある友だちの家。そこに遊びに行ったとき体験した怖い出来事。今となっては真相を確かめようもない、気にかかる記憶。鉄塔作家による、鉄塔と子供たちしか出てこない作品。もしや第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作『鉄塔 武蔵野線』以来、四半世紀ぶりの受賞後第一作ということになるのか。


『おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって』(西崎憲)
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「知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって」
 ヒムカは唐突にそう言った。
「知らない」とぼくは答えた。
 紀伊國屋書店の案内を見ていて気づいたらしかった。そして北極星を探そうとヒムカは言った。
 ヒムカが言うには、北極星は北斗七星の柄杓の先のふたつの星、アルファ星とベータ星の線を五倍した位置にあるらしく、では紀伊國屋の作る北斗七星が指すところにはなにがあるのか。地上の北極星はいったいなんなのか調べに行こう、ということだった。
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たべるのが遅いvol.7 p.91


 東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になる。では本の「北極星」は地上のどこにあるのか。さあ、探しに行こう。現実と虚構の境界を恐れず進んでゆく子供たちの冒険を通じて書物の魔術性にせまる、本好き読者感涙作品。


『退社』(チョン・ミョングァン:著、吉良佳奈江:翻訳)
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 実際に、彼の生涯の夢は変身と合体だった。決して砕けることのない金属製の肉体と、あらゆる物を破壊できる無限のパワー。それゆえに、貧しさも苦痛も無縁の不滅のヒーロー。しかし、彼は変身にも、そして合体にも失敗して、職もなくひとりで子どもを育てる、貧しいモーフの身の上になってしまった。
 こうやって、かなわない夢は代々引き継がれるのだろうか。子どもがカイシャインになるのはトランスフォーマーになるのと同様に、不可能なことだった。だから、昔彼の父親がしたように、彼も子どもに向かって声を立てて笑うことしかできなかった。
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たべるのが遅いvol.7 p.110


 結局、子どもは死んでしまうのだろうか?
 いつからこんな過酷な世の中になってしまったのだろう。
 むごい試練と苦痛、不平等と不条理、搾取と服従だけが生きていくための条件なのか。

 ほんの少数のスーパーリッチを除けば、大多数の国民が貧しく、職もなく、健康を損なっても病院にかかることも出来ずに死んでゆく、そんな経済格差が極端に進んだ時代。ひとりで子育てをしている男は、病気の子供の薬を闇市で買うために食事を切り詰めるぎりぎりの貧困生活を続けてきたが、それも情け容赦なく薬価が倍額になるまでのことだった……。新自由主義経済の暴走による過酷な末期的格差社会を痛切な筆致で風刺した作品で、日本にもそのまま通じる絶望感。笙野頼子さんの近作を連想させる、韓国版ひょうすべ小説。



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