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『あの人に会いに 穂村弘対談集』(穂村弘) [読書(随筆)]

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 私が心から伝えたいことは唯一つ。「目の前に奇跡のような作品があって、この世のどこかにそれを作った人がいる。その事実があったから、つまり、あなたがいてくれたから、私は世界に絶望しきることなく、生き延びることができました。本当にありがとうございました」。
 だが、そんなことを云われても、相手はきっと困惑するだろう。私のために作品をつくったわけじゃないのだ。第一、それでは対談にも何にもならない。ならば、と考えた。溢れそうな思いを胸の奥に秘めて、なるべく平静を装って、その人に創作の秘密を尋ねることにしよう。どうしてあんなに素晴らしい作品をつくることができたんですか。自分もあなたのように世界の向こう岸に行きたいんです、と。それだけを念じながら、私は憧れのあの人に会いに行った。
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単行本p.4


 自分もあなたのように世界の向こう岸に行きたいんです。
 人生を絶望から救ってくれた奇跡のような作品の作者に会って、創作の秘密を聞き出す。歌人と著名クリエイターたちの対談集。単行本(毎日新聞出版)出版は2019年1月です。


 歌人の穂村弘さんが、九人の創作者と対談して、その創作の秘密を聞き出そうとします。聞き手も創作者なので通じ合うものがあるらしく、わりと率直に本音を聞き出しているように感じます。あと、ファンにとっても見逃せない情報がぽろりと出てきたり。


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萩尾 フロルのお兄さんは何人妻を娶ってもいいんです。あるとき、政治上の問題から新しい妻をもらうことになったのですが、お兄さんが行方不明になってしまう。それでお母さんが、まだ性が未分化であるフロルに「男になれ」と迫って揉める話なんです。フロルはタダと結婚するつもりなんだけど、両親に「国をつぶす気か」といわれて、泣く泣く男性になる決心をする。フロルはタダに「婚約破棄しよう」っていいに行くんですが、もちろんタダは大反対。フロルは「ぼくは男になるけど、タダが男の愛人になればいい」と提案して、ますます大反対するという(笑)。
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単行本p.106


[目次]

谷川俊太郎(詩人)
宇野亞喜良(イラストレーター)
横尾忠則(美術家)
荒木経惟(写真家)
萩尾望都(漫画家)
佐藤雅彦(映像作家)
高野文子(漫画家)
甲本ヒロト(ミュージシャン)
吉田戦車(漫画家)


谷川俊太郎(詩人)
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穂村 みんな物語が大好きですよね

谷川 そう。だから小説は売れても、詩は売れなくなっているんですよねぇ……。


穂村 ぼくなんか、物語を憎むようになってきちゃいましたよ。

谷川 そういう話を聞くと、実に心強いです(笑)。いっそのこと、「散文排斥同盟」でもつくりません?
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単行本p.15


宇野亞喜良(イラストレーター)
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宇野 ぼくは職人芸って好きですね。たとえば陶器に薔薇の花の絵付けをするとき、筆の片方の端に白い絵の具をつけて、もう片方の端にほんの少しだけ赤の絵の具をつけて適当な混ざり具合で花弁を描いていくんですが、筆をくるっと回転させながら書くとエッジの赤がくねる、とか。ヨーロッパの職人にはこの快感があるんだなぁ、という発見は気持ちがいいです。ある種の職人的なものを自分の身体が再現できたときにすごく快感を覚えますね。
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単行本p.52


横尾忠則(美術家)
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横尾 たいていの人は表現の意識が強すぎるんですよ。表現の意識なんか捨ててしまえばいい。いったい何を表現するんですか、表現するものなど何もないじゃないですか。強い表現意識が逆にインスピレーションのバリアになると思うんですよね。というより、手にするものがすでにインスピレーションだと思いますね。ぼくはいつも表現者はインスピレーションの大海の中を漂っているように思いますね。
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単行本p.61


荒木経惟(写真家)
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穂村 そうですね。では、グラスとか建物を撮るときは、どうやって自分のなかの愛情ポイントを見つけるんですか?

荒木 そこにアタシの才能が溢れ出ちゃってるんだよ(笑)

穂村 うふふ。この対談シリーズでは、その秘密が知りたいんです。教えてください。

荒木 自分でも不思議でしょうがないよ。
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単行本p.83


萩尾望都(漫画家)
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穂村 中編や長編のストーリー構成は、連載開始時から全体像が見えているんですか。

萩尾 二作品を除いては、全部見えてましたね。

穂村 その二作品は何ですか。

萩尾 『スターレッド』と『バルバラ異界』です。

穂村 えっ、あんな複雑な作品を、全体像が見えないまま描いたんですか。

萩尾 『バルバラ異界』は最初うまくつながらなくて、そのうち破綻すると思ってました。きっと「萩尾望都はついに駄目になった」っていわれるんだろうけど、もう私も歳だから許してもらおうって(笑)。
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単行本p.116


佐藤雅彦(映像作家)
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穂村 インスピレーションというか、イメージが降りてきて、それが表現につながることもあるんですか?

佐藤 二十代のとき、ルービックキューブを初めて手にして、いじっている瞬間に解き方が図になって現れたんです。それが見えた瞬間からいろんな映像がわいてくるようになりました。TVゲームの「I.Q(インテリジェント・キューブ)」のイメージが現れたときもそうですね。自宅で窓下の風景を眺めていたら、いきなりイメージが見えたんです。

穂村 いきなりビジュアルで?

佐藤 はい、とても具体的な映像でした。
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単行本p.132


高野文子(漫画家)
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穂村 それと、通常のマンガが従っている暗黙のルールとまったく違うものがありますよね。たとえば、「一コマをこれくらいのスピードで読むと誰が決めたんだ。その読み方を変えろ」と言われるような気がすることがあるんです。そう言われて、自分が従っていたルールを捨てるんですが、同時に、なんだか作品から攻撃されているような感じもして……。

高野 攻撃してたんですよ。マンガは、攻撃しなきゃだめだと思ってやってたんです。

穂村 気のせいじゃなくて、やっぱり攻撃されてたんだ(笑)。

高野 よし、どこから斬りつけてやろうか、って考えて描いてたんですから(笑)
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単行本p.148


甲本ヒロト(ミュージシャン)
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穂村 ブルーハーツの解散も、ハイロウズの解散も、ショックでした。

甲本 ブルーハーツのときは、十年続けてちょっと飽きてきてたんですよね。でも、ロックンロールに飽きてたわけじゃないんです。ブルーハーツというバンドの仲間がよくないかといったら、よくないわけがない。そのままでもいい。でも、あるとき「いま解散したら、もったいない」って思ったんですよ。その瞬間に「やめなきゃだめだ」って思った。

穂村 もったいないって思ったから?

甲本 そんな理由でやってるバンドのライブなんて行きたくないと思ったんです。生活における「もったいない」は美徳だと思う。だけど、人生に「もったいない」という価値はいらないんです。それは人生をクソにする。
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単行本p.175


吉田戦車(漫画家)
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穂村 生い立ちやメンタリティにおいて、逸脱しているところがないのに、人々を瞠目させる表現を生み出せるのは、どうしてなんですか?

戦車 生み出せたっていうことで、その理由はもう分からないですよ。若いころの自分のことだから。

穂村 いや、今も生み出していると思うし、それもやろうとしてできていると思うんですよ。だから、その秘密を知りたいんです。

戦車 満員電車で人に席を譲るのって、最初勇気がいるじゃないですか。そういう積み重ねのうえに、ギャグがあると思うんですよね。ゴミ出しをきちんと守るとか、人に迷惑をかけないようにするとか、そういう気持ちでやってきたような気がします。
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単行本p.198



タグ:穂村弘
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