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『動物たちのセックスアピール 性的魅力の進化論』(マイケル・J・ライアン、東郷えりか:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 これはやや低音のチャッ音への選好がどのように進化したのかをめぐるわれわれの考えを、完全に逆転させるものだ。雌は大きな雄を好む利点ゆえに、そのチューニングを進化させたのではなく、逆に雄がチャッを進化させるに当たって、彼らは雌の耳の既存のチューニングに見合った周波数にその音を進化させたのだ。このプロセスをわれわれは「感覚便乗(センサリーエクスプロイテーション)」と呼んだ。次章で論ずるもっと一般的なプロセスである「感覚駆動(センサリードライブ)」とともに、この考えは知的革命を、もしくは哲学者のトマス・クーンがパラダイム・シフトと呼んだものを、性選択の分野に巻き起こした。
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単行本p.51



 魚の鮮やかな発色、カエルの求愛鳴き、鳥のダンス。性選択が生み出した驚異的な「美」の世界を紹介すると共に、それらの「美」が生ずるずっと前から選択する側の脳内にはそれに対する「好み」が先行存在しているという、性選択理論にパラダイムシフトを引き起こした驚くべき研究結果を解説するサイエンス本。単行本(河出書房新社)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年12月です。


 動物が見せる様々な外見特徴や求愛行動は、自分が優れた遺伝子の持ち主であることを異性にアピールするために進化してきたのだ、と長年考えられてきました。オスの鳥は、自分が健康で、体力があり、器用で、頭も良い、ということを証明するために、大音量で複雑な求愛歌をさえずっているのだ、と。さらには、これだけ目立つにも関わらず捕食されずに生き延びてきたのだから、生存能力が高く、この先も長生きする可能性が高いぞ、と。

 しかし、本書で解説される「感覚便乗(センサリーエクスプロイテーション)」理論は、まったく異なる説明を与えてくれます。オスが求愛歌をさえずるようになるずっと前から、メスの脳内には、(まだ存在しない)それを「好む」性質が備わっており、それがオスの進化をドライブしてきた、しかもその「好み」は生存や適応とはほとんど無関係に偶然で決まることが多い、というのです。

 本書はこの感覚便乗理論を軸に、様々な性選択の(しばしば驚異的な)実例を紹介してゆきます。それらを知るだけでも大いに楽しめますが、進化論の研究成果が「美」や「魅力」の本質とは何かという問いにつながってゆく展開にも魅了される一冊です。


[目次]

第1章 なぜセックスのためにこれだけ大騒ぎするのか?
第2章 鳴き声の魅力
第3章 美と脳
第4章 美の光景
第5章 セックスの音
第6章 称賛の香り
第7章 移り気な好み
第8章 潜在的な好みとポルノトピアの暮らし


第1章 なぜセックスのためにこれだけ大騒ぎするのか?
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 この研究のおかげで、動物界の性行動の多様性だけでなく、核心にある一つの統合理論に目と関心を向けさせられてきた。私が展開させてきた感覚便乗(センサリーエクスプロイテーション)という理論である。中心となる考えは単純だ。雄の求愛音の特定の音に魅力を感じる雌の脳の形質は、そうした音が進化するずっと以前から存在した、というものだ。したがって、生物学上の人形遣いは雌なのであって、自分たちの脳が欲するとおりの歌を、雄に奏でさせているのだ。美は実際には、感じる側の脳内にあり、それはおおかた雌の脳を意味する。
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単行本p.12


 性選択理論の基本を説明すると共に、そこにパラダイムシフトを引き起こした「感覚便乗」理論の概要を紹介します。


第2章 鳴き声の魅力
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 トゥンガラガエルの相手選び(配偶者選択)に見られる性選択についてわれわれが理解したことは、深刻な逆説を生じさせた。チャッ音は雄の美しさをそれほど左右するにしては、かなり小さな音であり、しかも、雄はみなチャッ音をだすことができるのだ。単純な進化論理からすれば、雄は相手を惹きつけるまで夜通しチャッ音で鳴いて過ごすはずだと予測される。ところが、実際にはそうならない。トゥンガラガエルはチャッ音をあまり加えたがらず、多くの雄はただワイン音で鳴くことを好む。だが、雄ならばできる限り多くの相手を得ようと努力するはずだ。つまるところ、彼らは雄ではないか?
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単行本p.38


 著者の専門であるカエルの求愛鳴きについて様々な知見を示し、実際の研究において性選択の議論がどのように行われているのかを教えてくれます。


第3章 美と脳
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 潜在的な好みはしばしば生物の性的美意識のなかに、ほかの者には見えない形で潜んでいる。というのも、まだそうした感情を引き起こす性的形質は存在しないからだ。だが、その形質が進化すれば、つまりこの特定の性的美意識に合致するか便乗する形質が生じれば、それはすぐさま性的に美しいと見なされ、その他の条件になんら違いがなければ、その形質はまもなく雄のあいだで共通するものに進化する。性的な美がいかに進化するかというこの概念は、1990年に若干の研究者と私がこの理論を構築するまで知られていないも同然だった。いまではこれが性的な美を進化させる主要な要因の一つと考えられている。
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単行本p.66


 性的魅力は、なぜ性的魅力として機能するようになったのか。ある特性を作り出す遺伝子とそれを「性的魅力と見なす」遺伝子が共進化してゆくプロセスを探りつつ、感覚と脳における美意識の形成について考察します。


第4章 美の光景
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 マグヌスによるはばたきに関する性的美意識の探求は、ミドリヒョウモンの雄がかなり高速で上限のないはばたき率に惹かれることを示した。求愛ディスプレイでは、選択する側の雄に見える限り、速ければ速いほど良い。140ヘルツという(猛烈な)はばたき率への選好にたいする速度制限は、性選択によって定められているのではない。むしろこれは、高速で周囲を移動するための視覚検出システムを優遇した自然選択の結果なのである。フリッカー値そのものはきわめて高いので、選択者のなんらかの性的選好は、たとえ求愛者側がそれに見合う速度ではばたけなくても、すでに存在するのだ。
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単行本p.94


 魚の視覚チューニング、チョウの羽ばたき回数、鳥の尾羽、多くの種で共有されている対称性への選好。性的魅力のうち、まずは視覚によってとらえられる特性にどのように性選択が働いているのかを解説します。


第5章 セックスの音
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 雄はこの急降下の最後にピューッと大きな音を一度だす。この音は長年、さえずりの一部だと思われてきたが、クリス・クラークがこれは空気が通過して外側の尾羽を振動させるときに発せられる音であることを証明した。(中略)さえずった音と尾羽を鳴らした音はじつによく似ているため、長らく双方ともさえずりの一部であると見なされていた。尾羽を鳴らす音がさえずりよりも先に進化したので、双方の音の類似性は、さえずりが尾羽の鳴らし音を真似るように進化した結果に違いないと、クラークは結論を出した。
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単行本p.142


 カエル、コオロギ、カナリア。さえずりや鳴き声、さらには身体を利用して発する音に至るまで、音による性選択について探求してゆきます。


第6章 称賛の香り
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 ガには10万種類以上の揮発性フェロモンが利用できるが、だからと言って地球上にいる16万種のガそれぞれに特有の化合物が与えられているのではない。ガは種ごとに固有のにおい物質を割り振っているのでもない。たとえば、ガのうちの140種とゾウはみな、フェロモンを認識するための共通の原始的な性的誘引物質をもっている。それでも、混乱は生じない。ガは異なる種ごとに、世界各地で数を増やしつつあるワイナリーのようにブレンドを生みだし、それぞれのにおい物質の配合割合を変えることで、個々の種を識別する別の差異基準を提供するからだ(もちろん、雄のガがゾウと交尾するのを防ぐ別の要因もあり、これはブレンドの問題というよりは、踏み潰されるかどうかが大きい)。
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単行本p.162


 犬のマーキング、蛾のフェロモン、サラマンダーの浮気懲罰、そして人間の性的シグナル。匂いと化学物質による性選択について考えます。


第7章 移り気な好み
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 美に関することとなると、自分には基準があり、その基準はかなり安定したものだとわれわれは考えたがる。年月を経れば、その基準は変わるかもしれないが、数カ月、数週間、あるいは数分単位ではそう変わらない、と。だが、じつは変わるのだ。しかもときには、瞬く間に変わるのだ。
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単行本p.181


 酒場の閉店時間が近づくと他者の魅力に対する基準が大幅に甘くなる。ライバルに「モテて」いる様子を見るだけで対象者の性的魅力が激増する。最初から論外な対象が視野に入るだけで、性的魅力に関する判断基準が大きく変わってしまう。性的対象に関する人間の美意識の基準が、どれほど簡単に、素早く、そして社会的状況によって大きく変わりうるかを調べた様々な、けっこう衝撃的な研究成果が示されます。


第8章 潜在的な好みとポルノトピアの暮らし
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 では、われわれ人間はどうなのか? われわれもまた潜在的な好みに便乗する性的形質を身につけているのだろうか? もちろん、そうだ。しかも、われわれには姿形もイメージも性的なシナリオも合成することができるので、それをいとも簡単にやってのける。
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単行本p.227


 性的魅力に対する「好み」は、対象が実在しているか否かに関わらず、脳内にすでに先行して存在している。こうした感覚便乗の理論から、人間の性的意識の特徴を見てゆきます。実際にはあり得ないほど誇張された身体、状況、言動により、受け手を性的に魅了するためのメディア(バービー人形からポルノ動画まで)が、実際には何をしているのかを考察します。



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