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『軸足をずらす』(和田まさ子) [読書(小説・詩)]

――――
ことばはあなたには届かない
すべてのあなたたちには届かない
だからといって
生きていけないわけはない
――――
「夜をわたる」より


 他の人がたやすくやっているように見えるニンゲンのあれこれが、どうしてもうまく行かず、疲れ果てたとき。軸足をずらして、さみしい方へ傾斜するのだ。社会で生きてゆくしんどさに共感する詩集。単行本(思潮社)出版は2018年8月です。


 ただ生きてゆくだけでもつらいのに、他人と同じようにきちんと生きなきゃいけない。それはとてもしんどい。そもそもにんげんに向いていない。


――――
府中駅のロータリーの暗がりで
生きやすい路線バスを探している
人をもてなし
わるいものにも巻かれて
やるべきことは
やったはず
でも、まだやらなければならない修練があるようだ
駅ビルの谷間で
敷石に足を取られつまずいた
声をあげてもだれも振り向かないが
石の冷たさが清々しいのはなぜだろう
――――
「生きやすい路線」より


――――
ときどきあらわれるわたしの雇い主に
次から次へと他人の物語に押し込められて
そのなかできちんと役割を果たすという
むつかしい任務にへとへとになり
夏にも突入した
人々の「すてきな夏休みの計画」にも誘われないで
手には悲惨なニュースばかり持たされる
――――
「突入する」より


――――
いい人になるためにしなければならないさまざまなこと
世の中への参加の仕方
過ぎ去った時間の忘れ方
その他、生きるために必要な技術家庭科
それを学んでこなかった
それでいいといってくれとはいわないが
――――
「戸が叩かれ」より


――――
わたしはすでに生まれたが
飽和している箱だ
爆発と憂鬱の黄色い装置が
スイッチを押されたがっている星に来て
二酸化炭素を吐き出し
友人が少ない
ひとりの女でもある
他人を欲しがらないで
息をすることは
たぶんある人たちには疎まれる
――――
「内藤橋」より


 とにかく日々の仕事をこなしているうちに、どんどん傾斜がきつくなってゆきます。


――――
いい人だと思われなくてもいい
いつの間にかこの世にいたが
どこかに軸足をずらす
さみしい方へ傾斜するのだ
――――
「軸足をずらす」より


――――
はじまりの物語が
幾人ものうわさが混じって届く
勾配のきつい土手のへりを歩いて
もっと傾斜するのだ
――――
「呼ばれる」より


――――
郊外では
屋根の傾斜が急で
ニンゲンはそれぞれの屈折角度で滑り落ちていく
すると地上の悲嘆は着物のように折り畳まれて
空の箪笥にしまわれる
――――
「石を嗅ぐ」より


 ガマンぎりぎりラインを滑って、少しずれたら見えてくる新しい光景。


――――
東京の夜をわたる
鰐がいて
人々の秘密を見張っている
それがわたしたちの破滅的な関係を見破ったとしても
何度でも街は
わたしたちを蘇生させる
わたしたちは街の生贄
試されている存在なのだから
――――
「夜をわたる」より


――――
やがて
あの鯉のように
細い川で泳いで
一匹ずつ
浮いていく
だめになった人たちのなかにいるのだろう
笑っているように
口をあけて
――――
「錦鯉」より


――――
苔玉に霧を吹きかけ
いいこともわるいことも
この一瞬に
凝縮されて
いまがすでに過去になって
人を絵のなかの背景の一点にしてしまう
――――
「苔玉」より


――――
たくさんの比喩に
負けないで通り過ぎる
極上の秋だ
――――
「極上の秋」より



タグ:和田まさ子
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