SSブログ

『冒険者たち』(ユキノ進) [読書(小説・詩)]

――――
八階のコピー機の裏で客死するコガネムシその旅の終わりに
――――
残業の一万行のエクセルよ、雪原とおく行く犬橇よ
――――
「トリプルルッツ」残業に飽きくるくると回るまよなか部長の椅子で
――――
「プロダクトのパーセプションをシフトします」いったいおれは何を言っている
――――
「派遣でもできる仕事」と会議中屈託もなく話す同僚
――――
社員ひとり減らして派遣をあとふたり増やす部門の年次計画
――――


 会社における理不尽を苦々しいユーモアを込めて描く平成会社員歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2018年4月、Kindle版配信は2018年6月です。


 出社して、残業して、へとへとになって帰宅して、それで一日が終わる。ひたすら苦痛と絶望を与え合って数十年、気がついたら人生が終わる。仕事に追われる日常のなかで誰もがふと感じる感慨を、巧みにとらえた作品が目につきます。


――――
八階のコピー機の裏で客死するコガネムシその旅の終わりに
――――
開け放つ事務所の窓に飛び込んだ蜻蛉の命をみな気にしている
――――
割箸がじょうずに割れる別の世で春の城門がしずかに開く
――――
また次長の昔ばなしが始まって目配せしつつ黙るおれたち
――――
残業の一万行のエクセルよ、雪原とおく行く犬橇よ
――――
「トリプルルッツ」残業に飽きくるくると回るまよなか部長の椅子で
――――
忠義とはこういうことか枕元に会社支給の携帯を置く
――――
人身事故で遅れる電車を待つあいだ駅で見ている今日の運勢
――――


 会社で過ごす時間の大半を費やしている「会議」という儀式。その摩訶不思議な会社しぐさ。


――――
七匹の小動物とおとこ五人 春商品のキャラクター会議
――――
「プロダクトのパーセプションをシフトします」いったいおれは何を言っている
――――
外国の地下鉄に乗っているときの表情をして会議を過ごす
――――
会議室の窓から見えるひつじ雲かぞえても数えなくても眠い
――――
風船の行方を気にしているあいだこの世のことをすこし忘れる
――――
企画書のコアラ、フェレット、ハリネズミ コアラに丸し会議が終わる
――――


 忙しい仕事の合間に、ふと空を見上げて感じる、その刹那。


――――
今すぐに飛んで行きますとクレームの電話を切って翼を捜す
――――
飛べるのだおれよりもずっと高くまでローソンのレジの袋でさえも
――――
幾年も回り続けて山手線は東京の空を飛んだことがない
――――
将来の銀河鉄道接続のための余白が路線図にある
――――
支店長ナイスショットと言いながら空を横切る鳥を見ていた
――――
白鳥は思っていたよりばかでかく地上の者を罵って飛ぶ
――――
本部長の向こうの窓をまっしろな飛行機雲が横切っている
――――
うすのろな日々にときおり射すひかり祈りは空を見上げるしぐさ
――――


 平成という時代を象徴するような、非正規社員という身分制度。


――――
内線表に並ぶ名前の階級制 社員、契約、派遣の順に
――――
「派遣でもできる仕事」と会議中屈託もなく話す同僚
――――
かさついた声で伝える正社員登用制度という狭き門
――――
ランチへゆくエレベーターで宙を見る七分の三は非正規社員
――――
昼休み社員と派遣は別々に単価の違う昼食を摂る
――――
あしたからしばし無職となる人を囲んで同じ課の五、六人
――――
花束は派遣契約打ち切りを決めた次長がおずおず渡す
――――
食べ残しの皿が下げられゆくようにデスクまわりが片づけられる
――――
一回のロビーの隅のごみ箱に花束が深く突き刺してある
――――


 会社という仕組みに圧殺されてゆく人々の声なき悲鳴。


――――
企画書を雨の路上にぶちまけて新入社員が会社を辞める
――――
スプーン曲げをいつか酒場でしてくれた先輩は長く病欠らしい
――――
会議室の片すみで聞く二週間会社に来ない同僚のこと
――――
消息を語りだすとき人はみな湖の底を見るような目で
――――
残業中Webニュースでそっと読む競合の若い社員の過労死
――――
損益計算書がすこし傷んで躊躇なくコストと人を会社は削る
――――
社員ひとり減らして派遣をあとふたり増やす部門の年次計画
――――


 今日も無意味な服従苦役。いつまでもずっと続くと思っていた。


――――
二十二時に始まる会議 煮詰まった者から順に天井を見る
――――
缶コーヒーの企画はいったん白紙だとおれの目も見ず宣伝部長は
――――
天丼の前にお冷を飲み干して上司はおれに異動を告げる
――――
まさか俺が、まの抜けた顔で水を飲む死ぬ時もきっとこの顔をする
――――


 赴任先の営業所のあたりは、空気もきれいで、人々の気持ちもおおらか。ゆったりした気持ちで仕事が出来るぞ、よかったじゃないか。


――――
「マルL」と符牒によって示される地域採用社員のリスト
――――
「地域事情に精通している人材」の平均三割低い賃金
――――
効率的な働き方を、ときれいごとを並べるおれに集まる視線
――――
本社からの電話の問いに「四年です」とこたえ深まる営業所の秋
――――


 帰宅中、ひとり静かに眺める景色。明日もまた繰り返される日々。


――――
ひと月の月の巡りよ ひとつだけ衛星を持つ星の寂しさ
――――
夕暮れの平野にならぶ鉄塔のはるか遠くへ伸びてゆく意志
――――
窓の灯が疎らになってしんしんと団地の夜にひろがる銀河
――――
夜の空をくしゃみしながら見上げればひとつ残らず遠ざかる星
――――



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。