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『怪談稼業 侵蝕』(松村進吉) [読書(オカルト)]

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 取材はしたけれど「地味すぎる」「どこかで聞いたことがある」といった理由で使えなかった体験談が、手帖の中に次々と、はち切れんばかりに溜まってゆく。
 これが全部本当のことだとするなら、ただごとではない。
 この世界はどうかしている。
 異常である。
(中略)
 そして、あえて云うなら――そんな異常な話がごろごろ転がっているこの現実そのものは、確かに存在している。
 体験談の中身の解釈はともかく、それを語る人自体は実在する。次から次へと、まるで誰かに派遣された刺客のように、尽きることなく私の前に立ち現れる。
 もしかすると私が書かなければならないのはそういった、私を変容させようと目論むこの世界、そのものなのかも知れない――。
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文庫版p.8


 怪異を体験した人に取材して、怪談実話を書く。世界観が汚染されてゆく。自分の身の回りでも当然のように「そういったこと」が起きるようになる。日常が浸食される。怖くて怖くて書けなくなる。あり得ないような体験談を「実話」として発表することに対する不安と罪悪感。取材相手とのトラブル。うさん臭い霊能力者との腐れ縁。

 「――これは、まともな稼業ではない」

 日本のジョン・A・キールこと松村進吉さんが開拓した怪談実話私小説シリーズ『怪談稼業』その第二弾。文庫版(KADOKAWA)出版は2018年7月、Kindle版配信は2018年7月です。


 まったく新しい怪談実話を創り出せ。師匠より厳命を受けて七転八倒する自身の姿を赤裸々に描いた、恐怖と笑いと感動の怪談実話私小説『セメント怪談稼業』の続編です。ちなみに前作の紹介はこちら。

  2015年04月09日の日記
  『セメント怪談稼業』(松村進吉)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-09

 続編である本作では、12年も続けてきた怪談稼業の〈過酷さ〉がひしひしと伝わってくる(別の意味で)怖い話が大盛り。


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 怪談を集めれば集めるほど、恐怖に弱くなっていった。
 折角取材をしても、怖くて筆が進まないのだ。
 誰かの体験談を文章に起こすためには、それを頭の中で、いわば再現ドラマのように組み立て直して再生する必要がある。その話のどこが一番恐ろしく、肝になる部分なのかを見極めて、強調しなければならない。
 それが、怖くてできない。
 つまり、聞くだけ聞いておきながらもう思い出したくはないという有様で、お前は一体何がしたいんだと自問自答し、呆れ、苛立っては頭を搔きむしる毎日――。
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文庫版p.5


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 何もそこまで、大げさな、などと苦笑されるかも知れないが私に云わせればそれは結局、怪異を他人事だと思っているからだ。自分の身に降りかかった場合のことを、現実的に突き詰めては考えないからだ。
 勿論私だって、こんな因果な商売に腰まで浸かってしまう前は、怖い怖いと云いながらも怪談話を読んだり聞いたりするのを愉しみにしており、何なら一度くらい幽霊とやらを見てみたいものだとすら思っていた。
(中略)
 私もそこでやめておけば、今でもみんなと一緒に、楽しく怖がっていられたのだ。
 無用な危機感や焦燥に駆られることなく、障りや祟りに怯える必要もなくいられたのだ。一時の原稿料に眼が眩んだばかりに、私は。
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文庫版p.7、12


 ただ怖いだけでなく、危険な稼業。どのように危険か、「素人」である配偶者にこんこんと諭すものの、てんで分かってもらえない……。


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「お前達は迂闊にも今日、UFOだの宇宙人だのという異常現象の実在を確信している人物に会い、その人の世界観に汚染されて帰って来た――大変な失態ですよこれは。(中略)とにかくそういう、別のレイヤーに住んでる人間と接触すると、自分もそちら側に引っ張り込まれてしまう危険が生じるんだ。わかるか。つまり彼らの世界観に蝕まれると、自分の周りでも当然のように、そういったことが起きるようになるんだよ。これは真剣な話。向こう側の人間というのは、俺達にとってはもう、現実改変能力を持っているに等しい存在と云っていい。自分に近づく人の現実を、認識を、解釈を、自らの世界観で上書きしてしまう……」
(中略)
「イイバさんは俺達にとって、現実改変者だ。ならば俺は、それを文章化することで再改変し、その力に抵抗するしかないじゃないか。発表した作品は現実に跳ね返り、俺達を守ってくれる。〈実話〉にはその力がある、わかるだろう」
 私の熱弁に、家内はゆっくりと首を振った。
「……わからない。ごめん、正直さっきからあなたが何を云ってるのか、私には全然わからない」
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文庫版p.148、149


 まっとうで健全な配偶者。怪異など関心のない十匹の飼猫。家族のおかげで正気が保たれているという安心感があります。それから、怪談業界に対するぶっちゃけも多くて。


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 毎月毎月新しい怪談本が各社から出版され、この国はもう怪談まみれだ。
 活字離れが進む中、それでも「実話」とさえ銘打っておけば一定数の読者は買ってくれるものだから、それに甘えてどんどん「実話」が量産され、書き手も増える。
 私もそんな風潮の中で生み出された人間のひとりに他ならない。
 くだらない――。
 この世に「実話」などあるものか。
(中略)
 やはりこれは欺瞞だ。
 私は読者を騙して金を得ている。
 書くのが苦しい理由は、おそらくそこだろう。
 本当にこれを「実話」として発表してよいのかという、不安――その裏側にあるのは結局、怪異への怯え、幽霊だの何だのの実在を感じることに、怯えているから。
 書けば書くほど外堀を埋められ、追い詰められてゆくように感じるから。
 諦念めいた無気力が筋肉の合間に溶け込み、私の指先を動かなくさせる。
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文庫版p.247


 一方で、霊感少女の人生を狂わせてしまった悔悟のエピソード、映画を撮ろうとして次々と災難が降りかかるエピソードなど、著者の誠実さというかモラリストぶりも印象的。こういう自分を律する力の強さも、怪談稼業を続けてゆくための大切な資質なんだろうな、と思います。


 全体としては私小説なのですが、作中作のように怪異譚が埋め込まれていて、そちらも興味深く読むことが出来ます。個人的に最も気に入ったのは、「さまよえる電柱の件」。


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 私がこの数年来、個人的に追い続けているのはもっと不可解で、説明不能な、文字通り夜の闇に「現れては消える」謎。
 知る人ぞ知る正体不明の怪現象。
 私はそれを、「さまよえる電柱」と呼んでいる。
(中略)
 現在までに伝わる限り都合六件の、奇妙な電柱の話がこの市にはある。
 そして何を隠そうこの私自身、今から二十年近くも前になるが、それを目撃している。
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文庫版p.158



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