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『たべるのがおそい vol.5』(今村夏子、岸本佐知子、他、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

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 今回もまた素晴らしい書き手に恵まれてただ感謝するばかりです。(中略)本好きのかたに何かを手渡したいという希望が漠然とあってその希望にそって今後も編集したいと思います。
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編集後記より


 小説、翻訳、エッセイ、短歌など、様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第5号です。単行本(書肆侃侃房)出版は2018年4月。


[掲載作品]

巻頭エッセイ 文と場所
  『おさまりのよい場所』(酉島伝法)

特集 ないものへのメール
  『ジェネリック』(柴田元幸)
  『拷問の夢を見ている』(大前粟生)
  『昆虫図鑑にないキミヘ』(黒史郎)
  『こんにちは、鴨長明さん』(蜂飼耳)

創作
  『天井の虹』(岸本佐知子)
  『ある夜の思い出』(今村夏子)
  『千年紀の窓』(米澤穂信)
  『馬』(齋藤優)
  『地下鉄クエスト』(大田陵史)
  『雨とカラス』(澤西祐典)

翻訳
  『ごみ』(ツェワン・ナムジャ、星泉:翻訳)
  『ジャングル』(エリザベス・ボウエン、西崎憲:翻訳)

短歌
  『四月』(仲田有里)
  『これはテストだとあいつは言っておれは水にはいる』(フラワーしげる)
  『杏仁豆腐』(内山晶太)
  『星ふるふ』(小原奈実)

エッセイ 本がなければ生きていけない
  『窓のない部屋から』(石井千湖)
  『ドロナワ古本コレクター』(北原尚彦)


『天井の虹』(岸本佐知子)
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 いつも私鉄の駅で待ち合わせ、「ウコンの力」を立ったまま一気飲みし、そば屋で腹ごしらえをしてから、飲み屋に行く。いったん座ると、長い。誰よりも早く店に入り、誰にも背中を見せない。
 私たちはメニューのおすすめグラスワインを上から順番に頼む。どんどん飲み、ぽつぽつ話す。
(中略)
 話しているうちに目が回ってくる。天井の隅に虹が出る。スツールの陰を動物の影がちらちら出たり入ったりする。テーブルの上を小さい小さいアベベが走る。朝になると、どうやって家まで帰ったのか、ちゃんと代金は払ったのか、いつも記憶がない。あれだけ長い時間いっしょにいたのだから、バンマツリや舌の裏の筋以外のいろいろな深い話もしたはずなのに、きれいさっぱり忘れてしまっている。
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 酒を飲んでしゃべった変な話を並べた連作形式の作品。何しろ岸本佐知子さんなので、その変さも玄人っぽく変。翻訳・エッセイだけでなく創作もどんどん書いてほしいものだと、個人的にそう思います。


『ある夜の思い出』(今村夏子)
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 人間の、男だった。長髪で顔の半分がひげだった。驚いたのは、彼がわたしとそっくり同じ姿勢でそこにいたからだった。
 お腹を下にして寝そべっている。そしてわたしの顔をじっと見つめている。まるで金縛りにあったように、わたしたちはしばらくお互いの顔から視線を外すことができなかった。
 最初に動きを見せたのは男のほうだった。通り道のあちら側から、ズリ、ズリ、と腹這いで近づいてきた。わたしは男と正面から向かう合うように、ゆっくりと体の向きを変えた。
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 もう立っているのも面倒くさいので、ずっと寝そべって生活していた女性。父親から就職しろと説教され、思わずよついばいのまま家出した彼女が、路上で出会った男。彼は同じように腹這いのまま路上を這っていた。ぼくのうちにこないかと誘われた彼女は、男と一緒に、ズリ、ズリ、と路上を這い進んでゆく。これまで「たべおそ」に掲載されたちょっと嫌な怖い話と違って、とてもストレートなボーイ・ミーツ・ガール・ストーリー。


『これはテストだとあいつは言っておれは水にはいる』(フラワーしげる)
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いいものが売れる時代がほんとうにきたらどうすると不動産屋が言う赤羽の夕方
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焼き魚がふいに口をひらいてどうだうまいかという春の第一日
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写真の下にまじょがりと書かれ 書いた祖母がもういないこと
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起きた上半身が歯ブラシを使う朝 大きなものが家をまたぐ
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ウインクができなくて両目をつぶってしまう女の子しか入れないんだここ
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 フラワーしげる氏の短歌はとても好きです。


『拷問の夢を見ている』(大前粟生)
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パーティなんて嫌いだ。希望なんてどこにもないんだ。こんなことならいつもみたいに拷問を受けている方がましだった。私はあなたがくるのを待ち望んでいる。きっとあなたは私に対しての凄惨な拷問でパーティ会場の空気を凍らせてくれる。(中略)そのとき私はどんな顔をしているだろうか。内面ではあなたがきてくれてほっとしているのだが、無理やり怒り顔を作っている。きっとそうだ。私たちは拷問する者と復讐する者、そういう関係だから。
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 夢のなかでよく拷問されている。あるときパーティ会場の夢を見た。そのいたたまれなさときたら、いつものようにあなたから拷問を受けている方がましだ。早く来てほしい。とても共感できるような、意外とそうでもないような、そんなちょっといい感じの作品。


『ごみ』(ツェワン・ナムジャ、星泉:翻訳)
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 ごみの山の麓からラサという高原の街を見下ろすと、そこは相変わらずの喧騒が渦巻き、何かに向かって突き進んでいる。思い返してみると、幼い頃からこの街はそうやって前に突き進んでいた。今や大人になったけれど、この街はいまだ飽くことなく前へ前へと向かっている。いったいいつゴールにたどり着くことができるのだろう。この街はゴールに着くまで、今日の赤いおくるみにくるまれた赤ん坊のようなごみをどれだけ捨てることになるのだろう。そう思うと恐ろしくてたまらなくなった。
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 チベット、ラサの郊外で、うずたかく積み上がったゴミの山を漁って生活している人々。一人の若者が、ゴミのなかに生きた赤ん坊が捨てられているのを見つけてしまう。もちろん育てることなど無理。しかし、そのままでは死んでしまう。どうすればいいのだろう。
 チベット現代文学界の若手期待の星による、人がごみのように扱われる社会の冷淡さをどこか寓話めいた雰囲気で描いた物語。


『地下鉄クエスト』(大田陵史)
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「何をしているんですか?」なぎさは訊いた。僕が一番聞きたかったことだ。「どうみても地下鉄の作業員には見えないんですけど」
「送別ですよ」金髪の彼は言った。「二人を途中まで送り届けるために、三田から歩いています。といっても、私は、目黒からこの路線を歩いていますが」
「どうです? 一緒に歩きませんか?」彼は重そうな高級腕時計を確認した。「始発まで、あと一時間はあります。今日は神保町までが限界かと思いますが、帰る方向が同じようだったら行ける所まで行きましょうよ。どうせもう寝れないでしょう?」
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 深夜、泥酔して地下鉄のホームで眠り込んでしまった男。目が覚めると終電はとうに過ぎており、照明は消され、出口にはシャッターが降りている。どうすればいいだろう。そこに数名の男女の一団が線路を歩いてやってくる。先頭で旗を持っている男が声をかけてくる。「ようこそ、SOS大東京探検隊へ」
 地下鉄駅取り残され客送迎業、地下鉄の線路沿いに出る屋台など、微妙なリアリティがある「深夜の地下鉄コミュニティ」を描いた楽しい作品。



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