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『紙の世界史 歴史に突き動かされた技術』(マーク・カーランスキー、川副智子:翻訳) [読書(教養)]

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 紙を作れるか否かを文明の指標とすると、びっくりするほど今までと異なる、だが、まちがってはいない歴史絵図が出現する。この見方にしたがえば、文明は紀元前220年にアジアに始まり、アラブ世界へと広がっている。アラブ人は何世紀ものあいだ世界の支配的な文化の担い手だった。一方、ヨーロッパ人は地球上もっとも遅れていた。字を読めず、科学の片鱗もなく、単純な計算もできなかった。交易の記録にすら紙の必要を感じていなかった。
(中略)
 のちの歴史でヨーロッパが躍進し、アラブとアジアの競争相手より優位な位置につくことができたのは、中国の発明である可動活字に負うところが多い。ヨーロッパ人が可動活字を自分たちのために役立てられたのは、アジア人やアラブ人とはちがって可動活字に非常に適した文字体系をもっていたからだ。こうしてヨーロッパ人は、自分たちにとって望ましい形で後世の人々に読まれるような歴史を書き残すことになる。
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単行本p.15、16


 記録したい。人間だけが持つこの根源的な欲求につき動かされるようにして生まれた「紙」という記録媒体。それは、その後のあらゆる歴史に深く関与してゆくことになる。世界各地における紙の歴史を通じて、テクノロジーと社会変化の関係を洞察する一冊。単行本(徳間書店)出版は2016年11月です。


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 紙の歴史を学ぶことは歴史上の数々の誤解を白日のもとにさらすことでもある。とりわけ重要なのがここで問題にしているテクノロジーにまつわる誤解、すなわち、テクノロジーが社会を変えるという認識である。じつはまったくその逆で、社会のほうが、社会のなかで起こる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている。
(中略)
 ひとつの新しいテクノロジーが社会に対してなにをするかを警告することはだれにもできない。なぜなら、そのテクノロジーを導入した時点で社会はすでにつぎの段階へ移行しているから。マルクスがラダイトについて指摘したのはそこだった。テクノロジーは促進役にすぎない。変わるのは社会であり、社会の変化が新たな需要を生む。それが、テクノロジーが導入される理由である。
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単行本p.8


 全体は序章と終章を含めて20個の章から構成されています。


「序章  テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと」
「第1章 記録するという人間だけの特質」
「第2章 中国の書字発達と紙の発見」
「第3章 イスラム世界で開花した写本」
「第4章 美しい紙の都市ハティバ」
「第5章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ」
「第6章 言葉を量産する技術」
「第7章 芸術における衝撃」
「第8章 マインツの外から」
「第9章 テノチティトランと青い目の悪魔」
「第10章 印刷と宗教改革」
「第11章 レンブラントの発見」
「第12章 後れをとったイングランド」
「第13章 紙と独立運動」
「第14章 ディドロの約束」
「第15章 スズメバチの革新」
「第16章 多様化する使用法」
「第17章 テクノロジーの斜陽」
「第18章 アジアへの回帰」
「終章  変化し続ける世界」


「序章  テクノロジーの歴史から学ぶほんとうのこと」
「第1章 記録するという人間だけの特質」
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 人類の歴史におけるテクノロジーの推移を見渡しても、話し言葉から書き言葉への変化に匹敵するほど大きな移行があるだろうか?
 ところが、その移行があってからは、社会はもはや高価で生産ペースの遅い書写媒体ではやっていけなくなった。蝋の処分しやすさと、葉の軽さ、粘土の安さ、そして羊皮紙の耐久力をも兼ね備えた素材が求められていた。
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単行本p.46

 古代における記録媒体の歴史を振り返りつつ、「新しいテクノロジーの登場により社会が大きく変化するのではなく、先に社会の変化が起こり、その需要により新しいテクノロジーが開発されるのだ」という本書全体を貫く歴史観を解説します。


「第2章 中国の書字発達と紙の発見」
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 紙というものがどうして発案されたのかはいまだ謎である。紙以前の書写媒体とはなんの関わりもない。(中略)どんな思考回路から生まれたにせよ、紙が長い進化の過程をたどったのはたしかだろう。どこかのひとりの天才がぱっと思いついたとはとても考えられない。
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単行本p.55、56

 古代中国における四大発明のひとつ「紙」の発明について、現在までに判明していることをまとめます。


「第3章 イスラム世界で開花した写本」
「第4章 美しい紙の都市ハティバ」
「第5章 ふたつのフェルトに挟まれたヨーロッパ」
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 錬金術、天文学、工学、数学の書物はアッバース朝のもとで隆盛を迎えた書物のほんの一部だった。当時のヨーロッパでは数百冊の蔵書があれば大図書館である。スイスのザンクト・ガレン修道院付属の図書館の蔵書は四百冊、十二世紀フランスのクリュニー修道院は五百七十冊。一方、同時代のアラブの図書館は私設でさえ何千という蔵書があり、何十万冊を所蔵するところまであった。
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単行本p.92

 アラブ世界、およびヨーロッパにおける紙の歴史を概説します。


「第9章 テノチティトランと青い目の悪魔」
「第12章 後れをとったイングランド」
「第13章 紙と独立運動」
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 メソアメリカ人が真の意味での紙を作っていたかどうかは議論が分かれている。もし作っていたなら、彼らの文明は中国以外で唯一、紙を発明していたことになる。その点に疑念が抱かれるのは、メソアメリカ文明がスペイン人によって徹底的に破壊されたために、現代のわたしたちがどうしても知り得ないことが多々あるという事実に起因している。メソアメリカ人が蔵書で埋め尽くされた図書館をもっていたことはわかっている。ただ、現存するのは古代マヤ人の残した冊子本「コデックス」の三冊と、アステカ人が製作した十五冊のみである。
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単行本p.210

 中南米の古代文明、英国、アメリカ合衆国における紙の歴史を概説します。


「第6章 言葉を量産する技術」
「第7章 芸術における衝撃」
「第8章 マインツの外から」
「第10章 印刷と宗教改革」
「第11章 レンブラントの発見」
「第14章 ディドロの約束」
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 いずれにせよ可動活字によ活版印刷の出現は羊皮紙と紙の競い合いを終わらせた。グーテンベルクの二百部の『聖書』のうち羊皮紙に印刷された三十五部によって、紙のほうが印刷媒体として優れていることが明白になったのだ。羊皮紙は手書きの文書や原稿を書写するための媒体であり、印刷はまさに紙のために開発された技術だった。
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単行本p.168

 印刷術の発明によって羊皮紙に対する紙の優位性が決定的なものとなり、さらに言葉を大量に広範囲に届けることが可能になった。さらに芸術作品にも紙が用いられるようになる。宗教、文化、芸術、科学、あらゆる場面で紙が活躍するようになってゆく様子を概説します。


「第15章 スズメバチの革新」
「第16章 多様化する使用法」
「第17章 テクノロジーの斜陽」
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 森林伐採がもたらす環境問題について、製紙業界は合衆国内のみならず世界的規模で圧力を受け続けている。消費者は熱帯雨林や生態学的に稀少な原生林を皆伐して作った紙を求めない。そうした紙が使われた製品を買わないように、あるいは紙を完全に避けて電子機器に切り替えるように消費者をうながすキャンペーンの成功例もある。トイレットペイパーをボイコットしようという呼びかけさえあるぐらいだ。トイレットペイパーの代用となる電子機器は今のところだれも見つけていないから、このキャンペーンは成功しそうにないけれども。
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単行本p.395

 それまでの繊維にかわって木材パルプを用いた製紙技術が発達するとともに、公害問題、資源問題がクローズアップされてゆく経緯を概説します。


「第18章 アジアへの回帰」
「終章  変化し続ける世界」
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 紀元一世紀、中国人が作りはじめた紙は、その後何世紀にもわたってアジアの特産であり続けた。やがて紙が世界の隅々にまで受け入れられるようになると、もはや紙をアジアの特産と考える人はほとんどいなくなった。だが、紙の発明から二千年が経った二十一世紀の今、中国はふたたび世界の製紙を率いるリーダーとなり、日本人は世界が認める手漉き紙の達人となっている。
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単行本p.410

 現在、紙の生産量世界一は中国、そして最高品質は日本の和紙である。世界中をめぐってきた紙の物語の舞台は、ふたたびアジアに戻ってきた。さて、次の時代はどうなるのだろうか。コンピュータ技術によって紙がなくなる日がやってくるのだろうか。歴史的視点から、紙の現在と未来をみつめます。



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