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『波うちぎわのシアン』(斉藤倫、まめふく:画) [読書(小説・詩)]

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 やねは、だれにとっても、ひつようだ。
 冬のつめたい雨を、しのぐような。
 だけど、それは、ちいさなやねでいい。そのやねは、どこにだってじゆうにひろがって、あなたを守ってくれるのだから。
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単行本p.319


 ノルツの多島海に含まれる多種多様な島。その数、八百か、千八百か、それは誰にも分からない。そんな島のひとつに、ある夜、一人の赤ん坊が流れ着く。シアンと名付けられたその子には、不思議な力が宿っていたのだった。『どろぼうのどろぼん』から三年半、詩人・絵本作家である著者によるひさしぶりの長篇小説。単行本(偕成社)出版は2018年3月です。


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 この島のちかくだけでとれる、シアンという、青色の巻貝がある。助けだされた赤ん坊は、いずれ、シアン、と呼ばれることになる。左のにぎりこぶしが、その貝のかたちに、そっくりだったから。
 二枚貝なら、いつかはひらくだろう。けど、その左手は、にぎりしめられたまま、まるで巻貝のように、けっしてひらくことはなかったんだ。
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単行本p.12


 小さな島に流れ着いた子どもが、その島にある孤児院で育てられるという物語です。語り手をつとめるのは若い猫、名前はカモメ。生命力あふれる力強い雌猫です。「わたしは、カモメ」というセリフとともに彼女の語りが始まるとき、大人の読者なら、女性宇宙飛行士のはつらつとしたイメージをそこに重ね合わせることになるでしょう。


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 潮のにおい!
 町のにおい!
 音も、においも、すべてが、おおきな、ひとつにまとまっている。見なくたって、かがなくたって、手にとるようにわかる。わたしには、そんな気がしたんだ。この世界のことも、これから起こることさえも。
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単行本p.171


 シアンと名付けられた少年は、親がわりに大切にしてくれる大人たちや、一緒に生活する仲間、そして猫のカモメと共に、孤児院で健やかに育ってゆきます。しかし、彼には不思議なちからが宿っていました。人を助けることも出来る反面、相手を、そしてシアン自身を傷つけることもある、そんなちから。


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「それにしても、シアンには、もうこんなことさせないほうがいい」
 フジ先生は、しずかに、いった。「町の子ならともかく、うちは孤児院なんだ。親をおもいださせて、いいことがあるはずがない」
 リネンさんは、うつむき、サンダルから出た、じぶんのあしの指を見ていた。「だけど、あれは、あの子のちからなの」
「ああ」
 フジ先生は、いった。「でも、傷つくことになる」
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単行本p.121


 ちからに対して周囲の大人たちは戸惑い、様々な反応を示します。それをシアンに対する脅威と見なす者、シアンの才能と見なす者、そして利用しようとする者。


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「ひとの赤ちゃんは、どうして、十ヶ月も、おなかにいるんだ、とおもいますか」
 ネイは、あえぎながら、たどたどしく、いった。「ひとの世界は、きれいなことばかりじゃないから。みんなが祝福してくれるわけじゃないから。十ヶ月をかけて、おとなは準備をするんです。こちら側を、ちょっとでもましな世界にするために。だから、そのまえに、おなかでなにを見聞きしても、おもいださせちゃいけないのよ」
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単行本p.113


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「そんなことはない。あれは、すばらしいちからだ」
 イースは、シアンのあたまに手をおいて、いった。「でも、どんなちからも、すぐれていればいるほど、つかいかたに気をつけないといけないものなんだ」
「つかいかた」
 シアンは、顔をあげて、いった。
「そう。もってるちからの、おおきいか、ちいさいかなんて、にんげんの値うちとは、かんけいない。それを、どうつかうかだけが、そのひとの値うちを決めるんだ」
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単行本p.198


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きみのちからにくらべたら、おれたちの芸なんて、おあそびみたいなもんだ。わかるか、シアン。きみを、この島にねむらしておくのは、もったいないんだ」
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単行本p.203


 そしてシアンの身に危険が迫ったとき、みんなが心配し、命にかえても助けようと決意します。猫のカモメでさえ。それは、シアンが特別なちからを持っているからではなく、シアンが他の誰でもない、かけがえのないシアンだから。


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「ぼくは、とほうもないばかだ」
「ええ」
「どこの世界に、こんな親が、いるものか」
 フジ先生は、いって、顔を両手のひらで、はげしくこすった。みじかめのひげが、じゃり道を通る荷車みたいな音を立てた。「じぶんの子どもを、危険にさらして、気づきもしない親が」
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単行本p.221


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「お金は、たいせつよ」
 リネンさんは、はっきりと、いった。「でもね、お金がたいせつなのは、ほんとうにいちばんだいじなものを、それで守ることができるからなの」
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単行本p.227


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とくべつなんかじゃない、ただの、ふつうの子だ。きのう、あんなちからを見ても、もうおそろしさはかんじなかった。たとえ、この世界にやってくるまえの暗やみに、つれていかれたってかまわない。この子は守られなきゃいけない。
(中略)
わたしは、さけびたかった。なんのために、ねこに、つめがあるとおもってるの。たいせつなものを、守るためじゃないか。
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単行本p.200、211


 しかし、どうすればシアンを助けられるのか。今こそ、大人(猫含む)の知恵と勇気と資産、そして行動力が試されるとき。


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「うーむ」
 フジ先生は、うなった。「どうやって?」
「なんでも、きかないで」
 リネンさんは、ぴしゃりといった。「すこしは、ごじぶんで考えたら?」
「先生は、こういう現実的なことを考えるの、不むきなんです」
 ネイは、いった。
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単行本p.225


 というわけで、不思議なちからをもった少年と、その出生の秘密をめぐる物語です。ストーリー展開や、登場人物の造形、島や海などの風景描写は、いかにもスタジオジブリのアニメーション映画を連想させます。子どもたちはおそらくジブリの絵や声を思い浮かべながら読むことで、すんなりと作品世界に入ってゆけると思います。難しい漢字は使ってないので、小学校高学年から読めるでしょう。

 物語はシオンとその不思議なちからを中心に進みますが、個人的には、背景となっているアーキペラゴに象徴される社会や文化の「多様性」について、子どもたちがそれを大切なことだと感じてくれたらいいな、と思います。



タグ:斉藤倫
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