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『これから泳ぎにいきませんか 穂村弘の書評集』(穂村弘) [読書(随筆)]

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 なんだかだるくて動きたくない、ということがある。どこにも行きたくないし、誰にも会いたくないし、何にもしたくない。というか、私はほとんど常にそういう体感なのだ。これではいけない、と思っても、どうしていいかわからない。寝っ転がった長椅子から落ちた片足を持ち上げるのもだるいので、そのまんまだ。
 嗚呼、元気が出る薬を飲みたい。でも、覚醒剤とかは困る。そんな時、薬の代わりに本を読む。
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単行本p.87


 「世界」にじかに触れ、命を甦らせる、そのための読書。歌人である著者がこれまでに書いてきた書評から傑作を選んだ一冊。単行本(河出書房新社)出版は2017年11月です。

 書評や文庫本解説が数多く収録されていますが、まずは本というものに対する思いが語られている部分でいきなり共感してしまいます。


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思春期に入ってから、何か決定的なことが書いてある、そういう本があるんじゃないかと思うようになって。その決定的なことを理解できないと、自分は生きていけないという風に感覚が変わったんです。(中略)それをつかまない限り、自分は駄目だという、特殊なテンションがありました。
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単行本p.306


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本を読めば読むほど世界がシャッフルされて全てがわからなくなってゆく。そこにときめきを感じる。
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単行本p.320


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全ての言葉は結果的にこの世界を翻訳しているんじゃないか。逆に云うと、人間の喜怒哀楽も、くしゃみの瞬間の感覚も、北東と北北東との間の方角も、電子レンジの音も、世界の全ては翻訳されることを待っている(と思ったら、北東と北北東の間はもうあるらしい。北東微北だって)
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単行本p.251


 それにしても読書という行為はなぜこれほどまでに魅力的なのか。その理由について語る部分も感動的です。


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 思わず、うっとりする。一杯の「ミルクティー」が「天国の飲物」になるなんて。このような実感は、生の直接性から隔てられた我々にとっては麻薬的なものに思える。
 本来、私たちの生はそのようなものなのだろう。ただ、社会システムによって、そこから遠く隔てられてしまっている。死を遠ざけるためのシステムが、同時に生を遠ざけているのだ。
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単行本p.75


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学校や会社で普通に使われる散文は「社会」と繋がっている。それに対して、詩歌の言葉は「世界」と繋がっているのだ。(中略)詩歌を読むことは「世界」に触れて命を甦らせる快楽を味わうこと。
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単行本p.38


 何度も語られるのは、自分の命を甦らせるために「道を踏み外す」勇気について。


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 現代社会で「ありえる」ために、私は様々なものに意識を合わせようとする。場の空気とか効率とか「イケてる」とか。その作業は大変だけど、そうしないと生きていけないと思うから、できるだけズレないようにがんばり続ける。
 記念日を忘れないようにして、シャツの裾をちゃんと出して、飲み会の席順の心配をして……、ふと不安になる。この作業で一生が終わってしまうんじゃないか。何か、おかしい。大事なことが思い出せそうで思い出せない。ただ、「ありえない」の塊のようなあみ子をみていると勇気が湧いてくる。逸脱せよ、という幻の声がきこえる。
 でも、こわい。あみ子はこわくないのだろうか。だって世界からひとりだけ島流しなのに。
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単行本p.90


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 編集者だった二階堂奥歯さんと夜御飯を食べながら、仕事の打ち合わせをしたことがある。終わりだけに突然、テーブルの上に水着が飛び出してきた。
「これから泳ぎにいきませんか」
 ええ? と思う。時刻は夜の十時を回っている。その唐突さに異様なものを感じた。
(中略)
表現の世界ではエキセントリックで早熟な才能は珍しくないとも云えるが、このタイプの「本物」を見たのは初めてだ。
 「水着」のような衝動性は、なんというか、生き続けることに対して、彼女が払っているぎりぎりの税金みたいなものだったのではないか。
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単行本p.167


 臆病な私たちは、あみ子さんにも二階堂奥歯さんにもなれない。でも、猫がいる。


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 もうひとつの道がある。透明な革命を選ぶことだ。ゆるむことで強くなる。攻撃力を捨てることで生き残る。眠ることで目覚める。価値観の網の目を変えて、物理的には指一本触れることなく世界を覆すのだ。というのは簡単だが、実行は難しい。そのためのマニュアルなどどこにもないのである。でも、猫がいる。
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単行本p.273


 でも、猫がいる。



タグ:穂村弘
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