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『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(川端裕人、海部陽介:監修) [読書(サイエンス)]

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 アジアと向き合ってきた海部さんのガイドのおかげで、ぼくたちが今、暮らしているこの地域には、わずか数万年前、数十万年前に、目がくらむほど多様で、ときに予想外の人類たちが、その時代なりのやり方で暮らしていたのだとわかった。
(中略)
 その一方で、今、ぼくたちが生きるこの時代、人類は均質だ。
 ホモ・サピエンスしかいない。
 これはいったいどう捉えればいいのだろう。
 多様な人類がいた時代と、「今」の間に、いったい何が起きたのだろうか。
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新書版p.244、


 かつてアジア地域に生きていたホモ・サピエンス以外の人類は、ジャワ原人、北京原人だけではなかった。衝撃的なほど小柄なフローレス原人、台湾の海底から発見された澎湖人、シベリアで発見されたデニソワ人など、今世紀になって新たな発見が相次いでおり、アジアにおける人類史は大きく塗り替えられつつある。
 アジア地域における人類の多様な進化を見渡すと共に、その多様性が失われたのはなぜかという難問に挑み、新たなビジョンを切り拓くサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


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 つくづく、人類の起源についての議論は、単に知的好奇心を満たすだけでなく、我々のアイデンティティや人間観の問題に直結している。グローバル(全地球的)につながった世界が、まさにユニバーサル(宇宙的)になろうとしている今だからこそ、ぼくたちの過去に何があったのか、どんな人類がいたのか、そして、ぼくたちの中には誰がいるのかを知りたい。
 本書で描出したような人類学研究の営みは、まさにそういった思索にしっかりした基礎を与え、未来に向かう力を与えてくれるとすら感じる。
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新書版p.272


 全体は終章を含めて7つの章から構成されています。


「第1章 人類進化を俯瞰する」
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「興味深いのは、ホモ・サピエンスがアフリカを出た時点では、人類って、まだすごく多様だったってことなんですよね。各地にネアンデルタール人をはじめとする旧人がいましたし、東南アジアの島嶼部にはまだ原人もいたわけです」
(中略)
実はホモ・サピエンスが現れ、出アフリカした時代にはまだ、旧人のみならず、原人も存続しており、ホモ属の多様性は高かった。それなのに、今この瞬間、「我々」はホモ・サピエンスのみ。どうやら、現生人類が世界に広がりかけたあとに、それまであった人類の多様性が失われたようなのである。
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新書版p.39

 まず、ざっと700万年くらいの人類進化の歴史について、現在までに分かっていることを俯瞰。初期猿人、猿人、原人、旧人、新人という各段階はどのように特徴づけられるのか、その進化と地理的分布はどのように関係しているのか。知ってそうで意外に知らない基礎をまとめます。


「第2章 ジャワ原人をめぐる冒険」
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 発見の地、トリニール。
 海部さんたちのフィールドであるサンブンマチャン。
 最大の産出数を誇る初期人類遺跡サンギラン。ここは1996年、ユネスコの世界遺産に登録された。
 新しめの化石が出るガンドン。
 最低、この4ヶ所を押さえておけば、「ジャワ原人地図」の基礎ができたことになる。
 さらに欲を言えば、トリニールに近いンガウィで見つかった頭骨、飛び地的にスラバヤの近くのモジョケルトで見つかった子どもの頭骨も重要な化石だ。
 この「4大聖地+2産地」をそらんじれば、マニアと呼んでもらえるかもしれない。骨は出ないけれど石器が出てくるパチタンまで覚えるとさらによし。
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新書版p.63

 ジャワ原人の化石発掘現場を訪れてレポート。臨場感あふれる情景描写と手堅い解説、さすがベテラン作家の書いた文章だと感心させられます。


「第3章 ジャワ原人を科学する現場」
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 ジャワ島のサンギランやサンブンマチャンやトリニールといった、主要な化石産地を訪れるのは素晴らしい体験で、たくさん言葉を費やして描写するに値する。現地に赴いて、往時に思いを馳せる時間は格別だ。それらは、ときに現在進行形の発掘の現場でもあり、血沸き肉躍る側面がある。
 その一方で、産地から離れた研究室は、もっと物事を俯瞰して考えるための場所だ。多くの標本を比較検討しながら、過去に実際あった事実、つまり、本当の人類の歴史に肉薄しようと努力する。可能なかぎり客観的に、慎重に、議論を重ね、深め、展開し、やがては科学論文として練りあげて世界に問う。そういう意味では、発掘が行われている場所とは別の意味で「人類史の現場」だ。ひたひたと打ち寄せる知的興奮が、ここにはある。
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新書版p.90

 発掘の現場から研究室へ。国立科学博物館人類研究所を訪れて、ジャワ原人に関する研究の最前線をレポートします。


「第4章 フローレス原人の衝撃」
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「一番大事な点は、本当に人類がこんなに縮んでしまっていいのか。そんなことが本当に起こったのかってことです。僕が思うように初期のジャワ原人が進化したのか、アフリカのホモ・ハビリスがアジアまで来たのか、それとも、まだ知られていない原始的な人類がいたのか。アジアの人類進化って、本当にまだよくわかっていないんだと再認識させられます。そして、ことフローレス原人の議論は、このあと、どう転んだとしても面白い。どれが真実だったとしても、教科書を書き換えなければならないレベルの凄い発見なんです」
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新書版p.182

 インドネシアのフローレス島で発見された「人類進化の基本認識に変更を迫る」人類化石。身長わずか1メートルあまり。あまりにも小さなフローレス原人と、その発見がもたらした衝撃を、活き活きとした筆致で解説します。


「第5章 ソア盆地での大発見」
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 実は、そのとき、調査隊はとっくに「大発見」を済ませ、論文もできあがり、あとは掲載を待つだけという状態だったのである。
 海部さんが言っていた「動きがありますよ」という発言は、そういうことだ。「もうすぐ出るものだし、掲載までは口外しないでくれるなら、ちらっと見ていいよ」と調査隊から見せてもらった論文は衝撃的だった。
 要するに、ソア盆地の石器を作っていた古い人類の化石が、とうとう見つかったのである。
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新書版p.196

 フローレス原人の化石が見つかったインドネシアのフローレス島。そこにあるソア盆地で新たな発見があった。2016年に論文発表された最新情報を紹介しつつ、アジア地域における人類進化の「目がくらむような多様性」に迫ります。


「第6章 台湾の海底から」
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 しかし、わからないことだらけのアジアの人類進化は、何か新たな知見が加わるたびに、新たな謎が加わる。事実、澎湖人・和県人は、まさにその間の地域から発見されたわけだが、北京原人ともジャワ原人とも異なる、独特の原始的な特徴を持っていたのだ。
「澎湖人や和県人の原人集団が、新種だったかどうかという議論とは別に、そもそも、ゆるやかな地域間変異でつながるホモ・エレクトス集団がアジア全体にいたというこれまでの予測が崩れてしまいました。これまで北京原人とジャワ原人をひっくるめてホモ・エレクトスと言ってきましたが、そもそもホモ・エレクトスという種はいったい何なんだ、いつどこで進化し、そしてどのようにして、今わかってきた複雑なアジアの集団構造ができてきたんだ、という新たな疑問を突きつけられたんです」
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新書版p.237

 台湾沖の海底から引き上げられた原人化石。それはジャワ原人、フローレス原人、北京原人とは異なる特徴を持つ「第四の原人」だった。澎湖人の発見とその研究状況について解説します。


「終章 我々はなぜ我々だけなのか 」
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 とはいえ、やはり気になるのは、サピエンスの到来と原人の消滅が、ざっくりとはいえ近い時期に起きたことに違いはないということだ。個人的には、ぼくたちの祖先(サピエンス)が、直接的に原人を駆逐したのかどうかが心に引っかかってならない。もしも戦って追いやったというシナリオが本当だったとしたら、考えるだけで胸が痛い。サピエンスが拡散しなければ、今のぼくたちの姿はないのかもしれないのだが、それ以前の多様な世界を終わらせてしまったのがぼくたちの祖先だったなら、本当に申し訳ない……。たぶん、そんな「原罪」的な意識に駆られて、「交代劇」に関心を持つ人は多いのではないかと思う。
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新書版p.251

 これほどまでに多様に進化してきたアジア地域の人類たち。だが、私たちホモ・サピエンス以外はすべて絶滅し、多様性は失われてしまった。なぜだろうか。

 ジャワ原人と現生人類が混血した可能性というビッグニュースから始まり、私たちの遺伝子の中に残されている人類多様性、さらには私たちの生息域が宇宙へと拡大していこうとしていることの人類学的意義に至るまで、大きくビジョンを広げます。SF作家でもある著者の面目躍如というべき終章。



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