『〆切本2』 [読書(随筆)]
「はじめに」より
――――
世の中には、そんないくつもの〆切に囲まれながらも筆を執りつづけた百戦錬磨の勇者たちがいます。作家と呼ばれる人たちです。敵は手強い。簡単に〆切は守らせてくれません。勇者たちは、ときには地方都市に身を隠し、ときにはカンヅメにされても完全黙秘をする犯人よろしく一行も書かず、〆切と渡り合ってきました。
襲いかかる痔の痛みに耐え、資料を捨てればラクになるという甘い誘惑に負けず、いっそ植物になろうかという幻覚を振りはらいながら。猿にも急襲される。本書はそんな〆切と堂々と戦ってきた〆切のプロたちの作品を集めたアンソロジーです。明治から平成まで。今回は海外のプロたちもいます。
――――
書けぬ、書けぬ、どうしても書けぬ。〆切を前にして、というか後にして、七転八倒悶絶自傷に走る者、他人のせいにする者、逃亡する者、話をすり替えて正当化する者……。明治の文豪から現代の作家まで、〆切に苦悩し狂乱する文士たちが言い訳と現実逃避のために書きつけた、血を吐く文章を集めた〆切アンソロジー、その第二弾。単行本(左右社)出版は、……。
「奥付」より
――――
2017年4月下旬 最初の刊行目標日でした。
2017年7月下旬 確かに刊行できると思っていました。
2017年9月29日 ほんとうの〆切のはずが…
2017年10月30日 第一刷発行
――――
ちなみに前作の紹介はこちらです。
2016年12月22日の日記
『〆切本』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-12-22
というわけで、第二弾である今作には、海外作家や漫画家の作品も含まれています。特に漫画家については、有名な作品が目白押し。
「この物語はすべてノンフィクションであるのだ!!」
「天才バカボン」(赤塚不二夫)より
「えっ! 寝てません。電話を掘っていたのです!!」
「けもの24時間」(高橋留美子)
「南方でもゆくかナ」
「水木しげる伝」(水木しげる)
「白いワニがくる」
「ストップ!!ひばりくん!」(江口寿史)
では、前作でさすがにもうネタ切れかとも思われた、作家たちの汲めども尽きぬ〆切文の数々を見てゆくことにしましょう。まずは、パニックから遠吠えまで。
「愛妻日記 昭和五年」(山本周五郎)より
――――
金が無い。書けない。童話を書き始めたがだめ。明日やる。今朝公園で球抛をやったので体の銚子が狂ったのだ。昼麦酒を呑んだ。もう呑まぬ。本当に呑まぬ。明日からやる。本当にやる。ラヂオ・ドラマも書く積り。十八日までに三十五枚ばかりのもの。本当にやる。やると云ったらやる。今夜は寝る。心は慰まない。
――――
単行本p.50
「愛の対応、余生は反省」(川上未映子)より
――――
「すみません、あの、今朝からサーバーの調子がおかしくて、メールが送れないんです!原稿は書き上がっているのに……。おっかしいなあ!送信できないんです。今晩には復旧すると思うので、もうちょっとだけお待ちください」という文面を、あろうことか、わたしは担当者に「メール」で送っていたのだった……。
――――
単行本p.98
「気まぐれ日記 大正十二年/十三年」(武者小路実篤)より
――――
頭をよくしてくれるものが
創作さしてくれるものだ。
頭よ早くよくなつてくれ。
(中略)
早くあふれてくれ、創作力。
早く俺の頭になってくれ、俺の頭。
(中略)
正直に云ふと自分は矢張り天才らしい。それだけわかる人にはわかるが、わからない人にはわからないらしい。
――――
単行本p.18
「明治四十二年当用日記」(石川啄木)より
――――
面当(つらあて)に死んでくれようか! そんな自暴な考を起して出ると、すぐ前で電車線に人だかりがしてゐる。犬が轢かれて生々しい血! 血まぶれの顔! あゞ助かつた! と予は思つてイヤーな気になった。
その儘帰つて来て休んで了つた。
――――
単行本p.29
そして無理やりな言い訳、開き直り、自己正当化。
「約束」(リリー・フランキー)より
――――
待ち合わせに遅れた。〆切りに間に合わなかった。
これは約束を守らなかったのではなく「間に合わなかった」という現象なのであり、相手を裏切ったこととはまるで異なることである。(中略)その編集者の行為は、雪山に遭難して山小屋の中、登山に誘った相手に対して「明日、雪が止むように約束して下さい」と言っているようなものだ。
現象は止められない。誰にも。
――――
単行本p.94
「スランプ」(夢野久作)より
――――
この行き詰まりを打開する手段と言ったら普通の場合、まず酒でも飲むことでしょう。又は女を相手に、あばれまわる事でしょう。そうして捩れ固まった神経をバラバラにほぐしてしまいますと、一切の行き詰まりが同時に打開されて、どんな原稿でもサラサラと書けるようになるに違いない事を、私はよく存じているのです。
ところが遺憾なことに、こうした局面打開策は、そうした元気旺盛な、精力の強い人にして初めて出来る事で、何回となく死に損ねた、見かけ倒しの私には全然不向きな更正法なのです。
――――
単行本p.42
「義務」(太宰治)より
――――
はつきり言ふと、私は、いま五枚の随筆を書くのは、非常な苦痛なのである。十日も前から、何を書いたらいのか考へてゐた。なぜ断らないのか。たのまれたからである。(中略)そこには、是非書かなければならぬ、といふ理由は無い。けれども私は、書く、といふ返事をした。
――――
単行本p.53
編集者との激しい攻防戦。
「作家と、挿絵画家と、編集者と」(五味康祐)より
――――
約四十日間、山の上ホテルにかん詰になった。一行も書かず本ばかり読んでいた。それで次に護国寺に近い、ちょうど講談社の向い側の、奥まった処にある、ひっそりした小粋な旅館に閉じこめられた。一カ月ほどいた。やっぱり一行も書けずのそのそしていた。(中略)とうとう今の新潮社社長の佐藤亮一氏の私邸にとじこめられ、三日間、一歩も外に出ず、ない智慧をふり絞ってどうにか書いた。
――――
単行本p.123、124
「野坂昭如「失踪」事件始末」(校條剛)より
――――
部屋に入った池田のまえに土下座して、「今回はどうしても書けない。勘弁してほしい」と懇願したという。(中略)川野編集長の怒りは抑えがたいものがあった。ペーパーナイフを取り出したかと思うと、その切っ先を編集部備え付けのソファーに向け、刃先をずぶりと布面に刺したのである。幅三センチほどのその傷はいつまでも残り、数年後、私が編集部の長となっても、そのフソァは変わらずそこにあり、傷もまた修繕されぬままいつまでも切り口を見せつけていたのであった。
――――
単行本p.153
もうネタにするしかない。
「デッドライン」(穂村弘)より
――――
「遅れるときでも、正直に状況だけでも教えてもらえると、こちらは安心するんです」
編集者たちはよくそう云うけれど、本当なのか。
「全然手をつけていなく、書ける気がしなく、何からやっていいかわからなく、吐きそうなんです」なんてメールを貰っても困るんじゃないか。「なんか、赤い舌みたいのが、眠」とか。
――――
単行本p.309
「なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか」(松尾豊)より
――――
Summary 研究者はいつも締め切りに追われている。余裕をもって早くやらないといけないのは分かっている。毎回反省するのに、今回もまた締め切りぎりぎりになる。なぜできないのだろうか?我々はあほなのだろうか?本論文では、研究者の創造的なタスクにとって、締め切りが重要な要素となっていることを、リソース配分のモデルを使って説明する。まず、効率的なタスク遂行と精神的なゆとりのために必要なネルー値を提案した後、リソース配分のモデルの説明を行なう。評価実験について説明し、今後の課題を述べる。
――――
単行本p.310
こんな感じで、作家たちの血を吐く叫びが、編集者たちの爆発するストレスが、どのページにもあふれています、阿鼻叫喚。前作を気に入った方なら今作も大いに楽しめることでしょう。
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世の中には、そんないくつもの〆切に囲まれながらも筆を執りつづけた百戦錬磨の勇者たちがいます。作家と呼ばれる人たちです。敵は手強い。簡単に〆切は守らせてくれません。勇者たちは、ときには地方都市に身を隠し、ときにはカンヅメにされても完全黙秘をする犯人よろしく一行も書かず、〆切と渡り合ってきました。
襲いかかる痔の痛みに耐え、資料を捨てればラクになるという甘い誘惑に負けず、いっそ植物になろうかという幻覚を振りはらいながら。猿にも急襲される。本書はそんな〆切と堂々と戦ってきた〆切のプロたちの作品を集めたアンソロジーです。明治から平成まで。今回は海外のプロたちもいます。
――――
書けぬ、書けぬ、どうしても書けぬ。〆切を前にして、というか後にして、七転八倒悶絶自傷に走る者、他人のせいにする者、逃亡する者、話をすり替えて正当化する者……。明治の文豪から現代の作家まで、〆切に苦悩し狂乱する文士たちが言い訳と現実逃避のために書きつけた、血を吐く文章を集めた〆切アンソロジー、その第二弾。単行本(左右社)出版は、……。
「奥付」より
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2017年4月下旬 最初の刊行目標日でした。
2017年7月下旬 確かに刊行できると思っていました。
2017年9月29日 ほんとうの〆切のはずが…
2017年10月30日 第一刷発行
――――
ちなみに前作の紹介はこちらです。
2016年12月22日の日記
『〆切本』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-12-22
というわけで、第二弾である今作には、海外作家や漫画家の作品も含まれています。特に漫画家については、有名な作品が目白押し。
「この物語はすべてノンフィクションであるのだ!!」
「天才バカボン」(赤塚不二夫)より
「えっ! 寝てません。電話を掘っていたのです!!」
「けもの24時間」(高橋留美子)
「南方でもゆくかナ」
「水木しげる伝」(水木しげる)
「白いワニがくる」
「ストップ!!ひばりくん!」(江口寿史)
では、前作でさすがにもうネタ切れかとも思われた、作家たちの汲めども尽きぬ〆切文の数々を見てゆくことにしましょう。まずは、パニックから遠吠えまで。
「愛妻日記 昭和五年」(山本周五郎)より
――――
金が無い。書けない。童話を書き始めたがだめ。明日やる。今朝公園で球抛をやったので体の銚子が狂ったのだ。昼麦酒を呑んだ。もう呑まぬ。本当に呑まぬ。明日からやる。本当にやる。ラヂオ・ドラマも書く積り。十八日までに三十五枚ばかりのもの。本当にやる。やると云ったらやる。今夜は寝る。心は慰まない。
――――
単行本p.50
「愛の対応、余生は反省」(川上未映子)より
――――
「すみません、あの、今朝からサーバーの調子がおかしくて、メールが送れないんです!原稿は書き上がっているのに……。おっかしいなあ!送信できないんです。今晩には復旧すると思うので、もうちょっとだけお待ちください」という文面を、あろうことか、わたしは担当者に「メール」で送っていたのだった……。
――――
単行本p.98
「気まぐれ日記 大正十二年/十三年」(武者小路実篤)より
――――
頭をよくしてくれるものが
創作さしてくれるものだ。
頭よ早くよくなつてくれ。
(中略)
早くあふれてくれ、創作力。
早く俺の頭になってくれ、俺の頭。
(中略)
正直に云ふと自分は矢張り天才らしい。それだけわかる人にはわかるが、わからない人にはわからないらしい。
――――
単行本p.18
「明治四十二年当用日記」(石川啄木)より
――――
面当(つらあて)に死んでくれようか! そんな自暴な考を起して出ると、すぐ前で電車線に人だかりがしてゐる。犬が轢かれて生々しい血! 血まぶれの顔! あゞ助かつた! と予は思つてイヤーな気になった。
その儘帰つて来て休んで了つた。
――――
単行本p.29
そして無理やりな言い訳、開き直り、自己正当化。
「約束」(リリー・フランキー)より
――――
待ち合わせに遅れた。〆切りに間に合わなかった。
これは約束を守らなかったのではなく「間に合わなかった」という現象なのであり、相手を裏切ったこととはまるで異なることである。(中略)その編集者の行為は、雪山に遭難して山小屋の中、登山に誘った相手に対して「明日、雪が止むように約束して下さい」と言っているようなものだ。
現象は止められない。誰にも。
――――
単行本p.94
「スランプ」(夢野久作)より
――――
この行き詰まりを打開する手段と言ったら普通の場合、まず酒でも飲むことでしょう。又は女を相手に、あばれまわる事でしょう。そうして捩れ固まった神経をバラバラにほぐしてしまいますと、一切の行き詰まりが同時に打開されて、どんな原稿でもサラサラと書けるようになるに違いない事を、私はよく存じているのです。
ところが遺憾なことに、こうした局面打開策は、そうした元気旺盛な、精力の強い人にして初めて出来る事で、何回となく死に損ねた、見かけ倒しの私には全然不向きな更正法なのです。
――――
単行本p.42
「義務」(太宰治)より
――――
はつきり言ふと、私は、いま五枚の随筆を書くのは、非常な苦痛なのである。十日も前から、何を書いたらいのか考へてゐた。なぜ断らないのか。たのまれたからである。(中略)そこには、是非書かなければならぬ、といふ理由は無い。けれども私は、書く、といふ返事をした。
――――
単行本p.53
編集者との激しい攻防戦。
「作家と、挿絵画家と、編集者と」(五味康祐)より
――――
約四十日間、山の上ホテルにかん詰になった。一行も書かず本ばかり読んでいた。それで次に護国寺に近い、ちょうど講談社の向い側の、奥まった処にある、ひっそりした小粋な旅館に閉じこめられた。一カ月ほどいた。やっぱり一行も書けずのそのそしていた。(中略)とうとう今の新潮社社長の佐藤亮一氏の私邸にとじこめられ、三日間、一歩も外に出ず、ない智慧をふり絞ってどうにか書いた。
――――
単行本p.123、124
「野坂昭如「失踪」事件始末」(校條剛)より
――――
部屋に入った池田のまえに土下座して、「今回はどうしても書けない。勘弁してほしい」と懇願したという。(中略)川野編集長の怒りは抑えがたいものがあった。ペーパーナイフを取り出したかと思うと、その切っ先を編集部備え付けのソファーに向け、刃先をずぶりと布面に刺したのである。幅三センチほどのその傷はいつまでも残り、数年後、私が編集部の長となっても、そのフソァは変わらずそこにあり、傷もまた修繕されぬままいつまでも切り口を見せつけていたのであった。
――――
単行本p.153
もうネタにするしかない。
「デッドライン」(穂村弘)より
――――
「遅れるときでも、正直に状況だけでも教えてもらえると、こちらは安心するんです」
編集者たちはよくそう云うけれど、本当なのか。
「全然手をつけていなく、書ける気がしなく、何からやっていいかわからなく、吐きそうなんです」なんてメールを貰っても困るんじゃないか。「なんか、赤い舌みたいのが、眠」とか。
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単行本p.309
「なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか」(松尾豊)より
――――
Summary 研究者はいつも締め切りに追われている。余裕をもって早くやらないといけないのは分かっている。毎回反省するのに、今回もまた締め切りぎりぎりになる。なぜできないのだろうか?我々はあほなのだろうか?本論文では、研究者の創造的なタスクにとって、締め切りが重要な要素となっていることを、リソース配分のモデルを使って説明する。まず、効率的なタスク遂行と精神的なゆとりのために必要なネルー値を提案した後、リソース配分のモデルの説明を行なう。評価実験について説明し、今後の課題を述べる。
――――
単行本p.310
こんな感じで、作家たちの血を吐く叫びが、編集者たちの爆発するストレスが、どのページにもあふれています、阿鼻叫喚。前作を気に入った方なら今作も大いに楽しめることでしょう。
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