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『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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「あなたは自分の傷をおいしく、本当に食べて、自分の中で消化するんです。死なないために」
 生きるために、と言わず「死なないために」と花は言った。そうか。あたしは、それほどまでに追い詰められていたのか。
 ひっそりと死んでいたかもしれない自分を、この人だけが引き止めてくれる。早希は再び咀嚼を始めた。死なないために。生きるために。
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文庫版p.40


 他人の悪夢の中に入り、心の傷を調理して食べさせることで本人を癒す「繕い屋」。平峰花は、今日も「繕い屋」としての危険な仕事に取り組む。誰かを悪夢から救うために。ぶたぶたシリーズで知られる著者による連作短篇集。文庫版(講談社)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


「矢崎電脳海牛ブログ」 2017年12月22日 (金)
「『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』本日12/22発売!」より
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ほのぼの、癒やし、ハートウォーミングであり、おいしくもあり、ほんのりホラーテイストでもあり、しかも猫まで出てきます。私の持ち味が、かなり詰まっている作品となりました。
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http://yazakiarimi.cocolog-nifty.com/butabutanikki/2017/12/1222-8427.html


「わたしはあなたのことを、よく知ってますよ。あなたがすごく孤独で、傷ついていて、いやな夢を毎晩見ているってことを、知ってます」(文庫版p.13)


 傷ついた人を猫のゴロゴロで眠らせて、悪夢の「素」を調理して本人に美味しく食べさせることで心の傷を癒すという「繕い屋」。

 夢、食いしん坊、癒し、猫。つまりいつも通りの矢崎存美さんだな、だと思って読み始めると、意外と重たい話(孤独、閉塞感、パワハラ、家庭内暴力、精神的虐待、希死念慮など)が続くので驚かされます。ハートウォーミングの印象が強い「ぶたぶた」シリーズにも深刻で重い話が散見されますが、あれだけを集めてホラー風味を強めた感じ、といえばお分かりでしょうか。

 といっても、嫌な読後感は残りませんし、血もそれほど出ないので(ということは出るんだ!?)、そういうの苦手な方でも大丈夫。むしろ、サイコホラー要素をスパイスとしてきかせたことで味に深みが出ているハートウォーミング、というべき連作短篇集です。


[収録作品]

『温かな湖』
『お菓子の家』
『月と歩く』
『呪いのようなもの』
『透明な夢の中に』


『温かな湖』
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「どういうこと?」
「傷を食べるんです」
「……消化する、ということ?」
 よく例え話では聞くが。「傷ついたことを自分の中でどう消化するのか」というように。
「そうです。わたしは、それを食べさせることができる。そうやって傷を繕う『繕い屋』なんです、わたし」
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文庫版p.35

 孤独感に追い詰められていた語り手の前に現れた、不思議な娘と謎めいた猫。
 「繕い屋」平峰花と猫のオリオン、魔女と使い魔のコンビが初登場する物語。


『お菓子の家』
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『なんでいい人ばかりが傷つくんだろうね』
 オリオンが言う。
「傷つかない人は、おいしくないんだよ」
 怪物が食らうのは、優しい人の傷ばかり。傷つかない人は、人間的に味がない。
「むしろ、そういう人こそ優しい人を食い尽くすでしょ」
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文庫版p.92

 両親の離婚にまつわる事情により深く傷つけられた語り手は、「顔のない男が外から部屋の扉をノックする」という地味に嫌な悪夢を繰り返し見るようになった。ダークファンタジーめいた前作から一転して、本シリーズの基本テイストにもってゆく物語。


『月と歩く』
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 自分のやるべきことが、この子は明確にわかっているのだ。なんだか申し訳なさそうな表情だが、こっちこそ申し訳ない。
「そういうのもしんどそうだな」
「そうかもしれません。人には言えないので」
「どっちがつらいんだろうか。何者であるかわかっている人間と、何者でもないという自信のない人間は?」
「どっちもつらいんです。だって、あなただってつらかったから、今わたしとこうしているわけですし」
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文庫版p.127

 会社をリストラされて生まれて初めての挫折を味わい、うつ病も発症した語り手は、ふらふらとビルの屋上にのぼる。頭上には月。だが、「歩いているといつまでも自分についてくる月」という悪夢を思い出すので、彼は月が嫌いだった……。「自分自身にかけた呪い」というテーマが、本作と次作で展開されます。


『呪いのようなもの』
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「あたしはもう、逃げ方がよくわからないのよね」
「そんなに難しいことですか?」
「『逃げない』っていう呪いがかかってるのよ。一度逃げて失敗しているから、余計に強くなっているの」
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文庫版p.168

 職場でのパラワラ、夫の浮気癖、破綻した結婚生活。強迫的に「逃げてはいけない」という思考が染みこんでいる語り手は、すべてを我慢してきたが……。非常にリアルな苦しみが描かれますが、こういう傷ばかり対処している19歳の花が気の毒になってきます。


『透明な夢の中に』
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 水の中に沈んでいくようだ。
 いつもいつも思う。悪夢がなくなった人の中から脱出する時、ものすごくきれいな水の中に落ちていくような感覚に襲われる。暗くも明るくもなく、冷たくも熱くもない、ただただ透明な水の中に。
 ああ、これが普通の人の夢なのかも、と花は思う。悪夢がなくなった人の中は、こんなにも澄みきっている。
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文庫版p.222

 これまで「患者」の視点から語られてきた物語ですが、今作でついに花の立場からどういう事情で何をやっているのかが明らかにされます。それまで魔女や精霊のように何となく実在感に乏しかった彼女が、(その能力を別にすれば)普通の19歳の娘として描かれ、生活や仕事のことがリアルに語られます。え、それ、めっちゃキツくないですかっ、という花の境遇。ちょっと気の毒なので、続篇が書かれるといいな。そのためにも売れるといいな。コミック化されたりするといいな。



タグ:矢崎存美
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