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『狸の匣』(マーサ・ナカムラ) [読書(小説・詩)]

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 喉の奥に臭い狸の箱がある。口を閉ざすとふたがあく。箱の中は常に夜で、狸が焚き火を続ける世である。二つ岩がある。一方は狸が腰掛ける。鳥足に似た木棒を、苛立たしげに火の中に突く。炭化した薪は息を吐き、火の粉がのぼるが見上げる前には消えてしまう。顔にかかる赤橙色を飲み込むように抵抗しない狸を見る。覆うように、三方を山が囲い、頂に「おんおん」と鳴きながら星を下ろす子狸が見える。湯気がたつ。リールをかけて、欲しい星を引いているのだ。
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『背で倒す』より


 民話のような、怪談のような、奇妙な話の断片たちから構成された不思議なイメージに彩られた詩集。単行本(思潮社)出版は2017年10月です。


 まるで素朴な民話のよう、などと思って、うかうか読み進めると、さっと足払いをかけられるような作品が並びます。


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犬のフーツクは、小さいお爺さんを探しているときに見つけた。
木々の暗い隙間に、あぐらをかいて座っている、茶色に黒いぶちのある犬が見えた。
「いち、に、さん、し……」
フーツクは、獣で作った押し花を、指を折り曲げて、器用に数える。
「押し花」は、私の手くらいの大きさで、狸や犬や熊などが、固く眼をつぶって紙のような薄さになっていた。
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『犬のフーツク』より


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最近では、目の端でなにか白いものが床に落ちていくのが見える。
目の下にできた白い腫れ物が、鏡で見るたびに虫に変わって、顔から降りていく。
車のダッシュボードの上では、小さな虎が横切っていくのが見える。
自律神経が、ある一日を境におかしくなっていく。
(中略)
横断歩道の前にある信号機で停まったときに、「通りゃんせ」のメロディーが流れてきた。
見ると、ダッシュボードの上に乗った虎が上手に歌っているのだった。
呆気にとられていると、友人が虎が歌うのを見て叫ぶように笑い声をあげた。
「ふ、ふ、ふ、ふ」
つられて、私も大いに笑った。
我々は腹を抱えて、後ろで鳴るクラクションの音も構わず笑い転げた。
もう事故で死んでも構わない。
私たちが楽しく笑うのを見て、虎も嬉しそうに微笑んでいた。
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『会社員は光を飲みこむ』より


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タ テ タ テ という音がなったが、
人が戻った音でも 雨粒が落ちた音でもなく、
参列にきた狐が(意味も分からず)
狸の背をたたいているのである。
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『柳田國男の死』より


 虎や狸や犬が出てくる、民話か、童話か、そんな話。印象はそうなんですが、読めば読むほど、どうにも不安でとらえがたい印象ばかりが募ります。

 なかでも川辺を舞台にした作品のイメージは強烈。


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近くの川に、時々天狗の下着が流れてくる。
子どもの天狗が 分からずに、
私の下着の行方を聞きにくることがある。
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『石橋』より


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伯父が立ち止まる地点には、決まった時間になると、
上流から母の笑った顔が川幅いっぱいに広がって流れてくるのである。
(中略)
いつものように、伯父が長い竹竿ですくうと、
長い湯葉のようなものが竿に垂れ下がる。
薄白い物体にはなんの印刷も施されていないことを確認して川へ戻すと、
母の顔は少しひしゃげて、下流へ流れていくのであった。
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『湯葉』より


 川だけでなく、海というか浜辺もけっこうヤバイ。


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シャベルが、ずるりと白い紙切れを引っかいた。反射的に、私はその紙を引き抜いた。経年を全く感じさせないほど、紙は真白だった。人肌程の温みをもった砂浜に腰を下ろして、紙を広げた。

しにかたは
えらべない
しは
おしつけられるもの

 黒のボールペンで、細長い文字が綴られていた。紙は濡れているのに、インクは滲んでいなかった。
 私はその紙を元のように折りたたんで、砂浜に埋めた。手のひらで砂を押してからふと思うことがあって、もう一度そこを堀り返してみた。しかし、どんなに深く掘っても、その紙切れはもう見つからなかった。
――――
『発見』より


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会社の慰安旅行で海水浴場へ行った。
職場の人々から離れ、一人海に浸かり、浅瀬に腰を下ろしていた。
ふと見ると、海中の砂山から貝の口が伸びている。
手の指で触れると、貝の口と思っていたものは羽虫の長い尻で、
羽根を動かして、沖の方へと泳いでいった。
――――
『貝の口』より


 こんな風に、さりげないインパクトを与える物語、というかその断片から、ストーリー構成とかプロット展開とかそういうのとは明らかに違う謎ロジックで組み立てられた作品が多く、個人的に好みの詩集です。



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