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『たべるのがおそい vol.4』(町田康、宮内悠介、他、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

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 編集という仕事の歓びのなかで最大のものは何といっても原稿を受けとって目を通した際のそれであると思うのだが、世界で最初に読む者が自分であるというのはそれだけで心が動くことであって、しかもそれが面白いもの、興味深いものであれば、歓びの大きさは容易に想像されるかと思う。しかし、今回はそれにもうひとつの要素が加わったようである。原稿を受けとった時に著者の「野心」のようなものを明瞭に感じたのである。そしてその野心のなんという重さ、大きさ。メールで届いたそれは、あるものは日本の小説の限界を打破するアナーキーさを胚胎し、あるものは自身のこれまでの作品を凌駕しようという熱意の籠ったものだった。
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 シリーズ“町田康を読む!”第60回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、小説、翻訳、エッセイ、短歌など、様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第4号に掲載された短編です。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年10月。


[掲載作品]

巻頭エッセイ 文と場所
  『主さん 強おして』(皆川博子)

特集 わたしのガイドブック
  『ガイドブックのための(または出発できなかった旅のために)』(谷崎由依)
  『ストリート書道に逢いたくて』(山田航)
  『1985年の初夏に完璧な女の子になる方法』(山崎まどか)
  『駅』(澤田瞳子)

創作
  『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
  『橙子』(古谷田奈月)
  『人には住めぬ地球になるまで』(木下古栗)
  『狭虫と芳信』(町田康)

翻訳
  『マルレーン・ハウスホーファー集』(マルレーン・ハウスホーファー、松永美穂:翻訳)
  『フランス古典小説集』(アルフォンス・アレー、マルセル・ベアリュ、マルセル・シュオッブ、西崎憲:翻訳)

短歌
  『IN IN in』(伊舎堂仁)
  『ポーラスコンクリートの眠り』(國森晴野)
  『挽歌』(染野太郎)
  『皐月』(野口あや子)

エッセイ 本がなければ生きていけない
  『本屋の蔵書』(辻山良雄)
  『読んでいて涙が出る本』(都甲幸治)




『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
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「それで、今回の件をディレイになぞらえるなら、どのようなことがいえる?」
「科学的でなくともかまいませんか」
「どのみち非科学的なことが起きている」
「……わたしたちの世界を、神の奏でる音楽だと仮定してみましょう。その神様が、わたしたちには知るべくもないなんらかの深遠な意図をもってか、あるいは単に足を滑らせてか、ディレイのスイッチを踏んでしまった」
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単行本p.20

 現代の東京に重なるようにして「再生」される太平洋戦争当時の東京。まるで立体映像のように「現実」と二重写しになった1944年の町並みと人々。やがてくると分かっている東京大空襲を前に、人々はそれぞれに対応を決めなければならなくなった。
 SF的な設定のもと、二つの時代の響きあいと夫婦の心境変化を描いた感動的な短編。


『橙子』(古谷田奈月)
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 そうして、みんないなくなる。運転手に急かされる前に降りたいと思うけれど、橙子は涙を止められない。父も動かない。
 やがて、父は体を橙子のほうに向け、何度かためらったのち、「なあ橙子、あのな――」と囁いた。そして、これを聞けばせめて立ち上がる元気は出るだろうと、そう信じている声で言うのだった。「お前の高校のバス停だけどな。あれ、夜になると光るぞ」
 橙子はハンカチを目に押し当てた。もう泣くまいと思う。決して許すまいと思う。
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単行本p.55

 中学時代の親友と離れ離れになり、高校に進学する橙子。思春期の心の揺れを巧みに表現した傑作。父親の(イタい)人物造形の見事さが印象的です。


『狭虫と芳信』(町田康)
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「僕はなにも悪を気取ってるんじゃない。僕はねぇ、生きたいんだよ。どうしても生きたいんだよ。それもただ生きたいんじゃない。楽して生きたいんだよ。そのために泥棒してます。申し訳ないけど」
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単行本p.147

 知人が家にやってくるたびに物が盗まれる。しかし不思議なことに、そいつに物が盗まれた後には必ず大きな幸運がやってくることに気づいた。じゃ、トータルでは得をしてるじゃん。
 ところが最近、その知人はわが家に来ても窃盗をしなくなった。困った困った。そこで僕の代わりに知人をもてなして、そこらの物を盗むよう仕向けてくれないか。
 わけのわからない依頼を受けた語り手は、何とかして相手に窃盗させようと四苦八苦するが……。小咄のようなユーモラスな展開を素敵文体でつづった名人芸の短編。


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