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『渡辺のわたし』(斉藤斎藤) [読書(小説・詩)]

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勝手ながら一神教の都合により本日をもって空爆します
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セブンイレブンからのうれしいお知らせをポリエチレン製で無害の袋にもどす
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牛丼の並と玉子を注文し出てきたからには食わねばなるまい
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うなだれてないふりをする矢野さんはおそれいりますが性の対象
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そっかそっかだねときにはねなるほどねうんでもまあねそろそろいい? 「だめ」
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このうたでわたしの言いたかったことを三十一文字であらわしなさい
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 他の誰であってもいいはずなのになぜわたしはこのわたしなのだろう。都市生活の細部やアイデンティティの揺らぎを問う第一歌集。単行本初版(booknes)出版は2004年7月、新装版(港の人)出版は2016年9月です。


 まずは、自分をまるで他者として突き放したような作品、他者から見た自分とセルフイメージの乖離を描いた作品、あるいは自分は誰でもあり得るはずなのに実際には他人ではなく自分でしかないことの不思議をうたった作品、などが目につきます。


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お名前何とおっしゃいましたっけと言われ斉藤としては斉藤とする
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おおくのひとがほほえんでいて斉藤をほめてくださる 斉藤にいる
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題名をつけるとすれば無題だが名札をつければ渡辺のわたし
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渡辺のわたしは母に捧げますおめでとう、渡辺の母さん
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このなかのどれかは僕であるはずとエスカレーター降りてくるどれか
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私と私が居酒屋なので斉藤と鈴木となってしゃべりはじめる
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 そもそも自分というものをちゃんと自分がコントロールしているのかどうか怪しい。


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牛丼の並と玉子を注文し出てきたからには食わねばなるまい
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豚丼を食っているので2分前豚丼食うと決めたのだろう
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カラオケに行くものだからカラオケに来たぼくたちで20分待ち
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 自分のことなのに何か他人事のように感じられる都市生活。その細部を描いた作品も数多く収録されています。


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雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁
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実際はこのままでもいいお客様4番の窓口でお待ちください
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セブンイレブンからのうれしいお知らせをポリエチレン製で無害の袋にもどす
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内側の線まで沸騰したお湯を注いで明日をお待ちください
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いけないボンカレーチンする前にご飯よそってしまったお釜にもどす
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くらくなる紐ひっぱりながら横たわりながらねむれますよう起きれますよう
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夜は闇に、昼はむなしさにささえられ窓はどうにか平らでやってる
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 短歌そのものを扱ったいわばメタ短歌、ありがちな定型文をひねった作品、会話をリアルに表現した作品なども印象に残ります。


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このうたでわたしの言いたかったことを三十一文字であらわしなさい
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そんなに自分を追い込むなよとよそ様の作中主体に申し上げたい
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勝手ながら一神教の都合により本日をもって空爆します
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そっかそっかだねときにはねなるほどねうんでもまあねそろそろいい? 「だめ」
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 最後に、個人的に気になるのが「矢野さん」が登場する作品ですね。


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うなだれてないふりをする矢野さんはおそれいりますが性の対象
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矢野さんが髪から耳を出している 矢野さんかどうか確認が要る
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車両への扉を開ける矢野さんがちゃんと閉じないのを見てしまう
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 というわけで、自分がおくっている都市生活にどうも実感が持てない、というか都市生活を送っているのが本当に自分なのかどうかがどうもあやふや、という多くの人に覚えのある感覚を口語体で巧みに表現した歌集です。若いころのもやもやとした気持ちが蘇ります。


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