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『月に吠える』(勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、他) [ダンス]

――――
いつも、
なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。
――――
『悲しい月夜』(詩集『月に吠える』収録)より


 2017年8月27日は、夫婦で東京芸術劇場プレイハウスに行って勅使川原三郎さんの新作公演を鑑賞しました。イエテボリ・オペラ・ダンスカンバニーからの客演ダンサー2名を含む5名が踊る上演時間70分の作品です。


[キャスト他]

振付・演出: 勅使川原三郎

出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、
マリア・キアラ・メツァトリ(Maria Chiara Mezzadri)、
パスカル・マーティ(Pascal Marty)


 萩原朔太郎の詩集『月に吠える』刊行100年記念作品ということで、月も、犬も、竹も出てきます。

 舞台上には、(おそらくLEDを仕込んである)全体が白く発光する太いファイバーが何本も張りめぐらせてあり、これが光ったり消えたりすることで空間が区切られ、また時間が流れてゆきます。基本的には「月の光」に見立てているようですが、壁面に沿って上へ伸びている様子は「竹」みたいに見えます。床をはう何本ものファイバーの束は、竹の根も連想させます。ちなみに舞台奥の背景にゆるやかな弧を描くように垂れるシーンでは、美しい三日月に。


――――
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
――――
『竹』(詩集『月に吠える』収録)より


 黒い衣装で登場した勅使川原三郎さんは、やがて上半身が土色の服になり、土地、土壌、土着などのイメージを背負いながら、空中に詩を書いては消し、書いては消し、スピーカーからハウリング音が流れるや天に向かって吠えるという、分かりやすい「青白いふしあはせの犬」を踊ります。若さと苦悩を感じさせる動きが印象的です。

 佐東利穂子さんは真っ白な衣装で登場。照明効果で白く輝くその姿、下半身の黒い衣装と合わせて、夜空に輝く「さびしい空の月」を連想させずにはいられません。なお竹色の衣装を着る場面も。

 月と犬。二人が立っているだけで、そこはすでに『月に吠える』の世界。


――――
ああ、どこまでも、どこまでも、
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
きたならしい地べたを這ひまはつて、
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病気の犬だ、
とほく、ながく、かなしげにおびえながら、
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。
――――
『見しらぬ犬』(詩集『月に吠える』収録)より


 前作『イリュミナシオン』終演後の挨拶で、勅使川原三郎さんが「次の公演では、(佐東さんが)爆発するはずです」と予告していたように、佐東利穂子さんは最初から最後まで、激しく、大きく、力強く、踊り続けます。ゆるやかに弧を描く腕の動き、鋭く宙を切り裂く手の動き、しなやかで強靱な脚の動き、そして夢幻のような位置移動。勅使川原三郎さんが人間臭く踊っているのに対して、佐東さんのは、月とか天とか生命力とか、そういったものを連想させるダンスです。

 鰐川枝里さんを舞台上で見たのはひさしぶりですが、全身から感じられる「激しい一途さ」のようなものは健在で、その血のごとく赤い鮮やかな衣装と合わせて、強い印象を残してくれました。

 イエテボリ・オペラ・ダンスカンバニーからの客演ダンサー2名は、正直あまり印象に残りませんでした。ただ、マリア・キアラ・メツァトリさんが空中に浮いてすすっと横滑りしてゆく最初の「吊り」のシーンには忘れがたいものがあります。びびった。

 勅使川原三郎さんの公演にしては珍しい大仕掛けというか、勅使川原さんと佐藤さんを除く4名が宙に吊り下げられる天上縊死のシーンが凄い。人数勘定が合わないというのも凄い。


――――
遠夜に光る松の葉に、
懺悔の涙したたりて、
遠夜の空にしも白ろき、
天上の松に首をかけ。
天上の松を恋ふるより、
祈れるさまに吊されぬ。
――――
『天上縊死』(詩集『月に吠える』収録)より


 しかし最も心を打たれたのは、「つめたい地べたを堀つくりかへした」を含む一連のシーケンス。佐東利穂子さんの圧倒的な悲しみの表現(これが、観ているだけでどうしようもなく泣けてくる)、ひたすら書いては消していた詩人が、一瞬だけ、天に、月に、手が届くシーン。震える。


――――
わたしは棗の木の下を掘つてゐた、
なにかの草の種を蒔かうとして、
きやしやの指を泥だらけにしながら、
つめたい地べたを堀つくりかへした、
ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、
うすらさむい日のくれがたに、
まあたらしい穴の下で、
ちろ、ちろ、とみみずがうごいてゐた、
そのとき低い建物のうしろから、
まつしろい女の耳を、
つるつるとなでるやうに月があがつた、
月があがつた。
――――
『白い月』(詩集『月に吠える』収録)より


 若き詩人が、苦悩の果てに詩の霊感をとらえる一瞬。前作『イリュミナシオン』でも「光芒をつかむ」という形で表現されていたシーンを、「月に触れる」という形で表現してくれたことに、不思議なくらい感動を覚えました。



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