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『男子劣化社会』(フィリップ・ジンバルドー、ニキータ・クーロン、高月園子:翻訳) [読書(教養)]

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ひきこもり、ゲーム中毒、不登校、ニート……つけられる名前が何であれ、理由が何であれ、昼夜自室にこもり、信じられないほど大量の貴重な時間をネットサーフィンやゲームやオンラインポルノに費やしている若者たち。2015年に内閣府が行った調査結果によると、15~39歳のひきこもりは全国で約55万人。年齢層を広げて潜在的なひきこもりも含めると、100万人近くになるとさえ言われている。これはあらゆる先進国に普遍的に見られる現象だという。だが、なぜ彼らは女子ではなく、男子なのだろう? または、女子ではなく常に男子の問題として論じられるのだろう? その理由が本書では生理学、行動心理学、社会学など、多方面から追求されている。
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単行本p.339


 ここ数十年で女性の社会的地位は着実に向上してきたというのに、その一方で若い男性の多くは問題を抱えている。学力、社会性、性的能力の劣化。ひきこもり、ゲーム中毒。男性に見られる社会不適合はいったい何が原因なのか。対処法はあるのか。
 先進国に共通して見られる「男性問題」について包括的に扱う一冊。単行本(晶文社)出版は2017年7月です。


 学力の低下、高い失業率、恋愛や性的関係をうまく扱えない、ゲームやポルノの中毒、肥満、薬物療法や違法ドラッグへの依存。これらは誰もが抱える可能性がある問題ですが、統計的にも男性の方がより広範囲でより深刻な状態に陥っているといいます。

 本書が目指すのは、これらの「男性問題」を明確にし、その原因を追求し、解決策を探ること。全体は三つのパートから構成されており、それぞれ「症状」「原因」「解決法」というタイトルがつけられています。

 まず「症状」として、女性と比べた男性の「ふがいなさ」が次から次へと挙げられています。


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女子は小学校から大学まですべての学年で男子より成績がよい。アメリカでは、13、4歳で作文や読解において熟達レベルに達している男子は4分の1にも満たないが、女子は41パーセントが作文で、34パーセントが読解で達している。2011年には男子生徒のSAT(アメリカの大学進学適正試験)の成績は過去40年で最低だった。また学校が渡す成績表の最低点の70パーセントを男子生徒が占めていた。こういった男女間の成績格差に関する報告は、世界中から寄せられている。
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単行本p.26


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 1960年以降、男性の所得は6パーセントしか伸びていないのに、女性のそれは44パーセントも伸びた。都会に住む22歳~30歳の独身子なし就業者を対象とした2010年の調査では、事実、女性のほうが男性より8パーセント多く稼いでいた。子どものいる既婚者で夫より収入が多い女性の割合は、1960年にはわずか4パーセントだったが、2011年には23パーセントになっていた。女性はまた、現在、全学士号取得者の60パーセントを占めているが、この上向きの傾向はこれからも続くだろう。
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単行本p.201


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1980年以降、女性の投票率は男性のそれを上回り続けている。アメリカの最近の大統領選挙では、女性票は男性票より400万から700万票も多い。イギリスでも女性の投票率は男性のそれを7パーセント上回っている。
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単行本p.312


 要するに女性は、まだまだ残っている性差別的社会状況にも関わらず、頑張っているのです。では、男性はどうなのでしょう。


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アメリカでは男性の失業率が2008年1月から2009年6月の間に倍になった。(中略)今では多くの男たちがママとパパのもとに、または結婚や同棲のなかに、長期の避難場所を求めている。驚くほど大量の男たちが働いて家計を助けるどころか、自分たちの居住空間を片付いた状態に保つといった最低限の家事すらしたがらない。
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単行本p.29


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日本家族計画協会の最近の報告によると、16歳~19歳の男性でセックスに興味がない人の割合は今では3人に1人以上であり、これは2008年の推定値から倍増している。また、10組のうち4組の夫婦が1か月以上セックスをしていない。
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単行本p.40


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若い女性がゲームに没頭する時間は若い男性とは比べものにならないくらい短い。男性の週平均13時間に対し、たったの5時間である。しかも多くの若い男性が、先に述べるように、常習的に日に13時間もゲームをしている。
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単行本p.43


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今では少年の3人に1人がポルノを何時間見てるかが自分でもわからないほどのヘビーユーザーだとされる。イギリスでの調査によると、平均的な少年は週に2時間近くポルノを視聴している。若い男性の3人に1人は視聴時間が週に1時間以内のライトユーザーだったが、ヘビーユーザーに類別された人(調査対象者の数パーセント)の5人に4人が週に10時間以上も視聴していた。
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単行本p.53


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薬物治療により子どもの教室での行動が改善されることのいったい何が問題なのか?
治療により子どもたちは一般的に成績も上がり、確かに扱いやすくなるが、たった1年でもこのような薬物を与えられただけで、子どもの性格は変わってしまうのだ。フレンドリーで外交的で冒険好きだった少年がすぐにイライラする怠け者になる。しかも、彼らは薬さえ飲めば問題が消え失せることを学ぶ。
(中略)
 彼はほとんど何もしないし、何もしたがらないが、カウチポテトになってニコニコしている――これはアメリカの若い男性に特にぴったり当てはまる描写だ。刺激性薬物の85パーセント近くが彼らに処方されているのだから。
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単行本p.58、60


 もうこのくらいで充分でしょう。なぜ、若い男性はこのような問題を抱えがちなのでしょうか。

 父親不在の家庭環境、メディアが与える男性イメージの混乱、欠点だらけの福祉制度による貧困の連鎖、親の過保護、学校教育の欠陥、内分泌擾乱物質による生理的変化、テクノロジーの急激な進歩と興奮依存症の蔓延、過剰な自己愛による現実の拒絶、女性の社会的地位向上、家父長制神話の押しつけ、停滞する経済状況……。本書はこれらの「原因」について一つ一つ検討してゆきます。

 率直に言って、挙げられている「原因」があまりにも数多く(事実上、女性問題を除く主な社会問題が網羅されている)、複雑で、入り組んでいるため、焦点がぼやけてしまった、という印象を受けます。

 そのため、「解決法」のパートについても、政府、学校、家庭、メディア、そして当事者とパートナーが、それぞれの「原因」に対処するために考え得る手立てを列挙した、という内容に留まっています。

 というわけで、今日の「男性問題」と考えられる原因を包括的に提示する本、として読むべき一冊でしょう。「原因」として挙げられている個々の社会問題については、それぞれ何冊も解説書が出版されていますので、興味がある問題についてはそちらを参考に。

 なお、本書の記述は英米中心なので、日本の社会状況とは合わない部分も多々ありますが、個人的な感想としては、意外なほど「本質的には似たような状況」だと感じました。それこそが問題の根深さを語っているのかも知れません。

 最後に、女性がこれらについて「男が考えるべき問題」「むしろ男は家にひきこもっていてくれた方が迷惑にならないし」と肩をすくめて無視する、べきではない、という警鐘を引用しておきます。


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 経済的にひきこもることが許されない者たちはどうなるのだろう? おそらく学位を取る者が減り、父親不在の家庭が増え、過去数十年間にマイノリティや貧しいコミュニティが経験した男女間のアンバランスからくる男性失業者はますます増加する。加えて、もともと収入の低い男性が仕事を見つけられなければ、彼らの行く末はますます殺伐としたものになる。最後には、法を犯す可能性も高くなるかもしれない。そうなると、同年代の女性たちがシングルマザーになる可能性もまた高くなる。
(中略)
女性たちがかつて抑圧されていると感じていたときに、相手である男性が女性たちの問題に無関心だったように、今、勢いづいている女性たちが男性たちの問題に無関心なら、それは進歩とは言えない。
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単行本p.335、336



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