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『短篇ベストコレクション 現代の小説2017』(日本文藝家協会:編、両角長彦、三崎亜記、森絵都、姫野カオルコ、他) [読書(小説・詩)]

 2016年に各小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、ミステリからハードSFまで幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は、2017年6月です。


[収録作品]

『早朝始発の殺風景』(青崎有吾)
『給餌室』(両角長彦)
『無事これ貴人』(伊坂幸太郎)
『猫とスコッチ』(太田忠司)
『サルビアの花』(井上荒野)
『温厚と激情』(東山彰良)
『砂時計の伝言』(法月綸太郎)
『共学における体育と男子』(姫野カオルコ)
『青空』(森絵都)
『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)
『花はバスにのって』(小島水青)
『タマ取り』(今野敏)
『水谷くんに解けない謎』(芦沢央)
『淑女の嗜み』(木下古栗)
『町内会の草野球チーム』(中島京子)
『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』(柴田勝家)
『流出』(三崎亜記)


『早朝始発の殺風景』(青崎有吾)
――――
 その苗字が体現するとおり、殺風景はおよそ愛嬌というものを持ち合わせない少女だった。顔立ちは整っていて、ビー玉みたいな瞳が印象的だが、常に無表情で喜怒哀楽のバリエーションがない。その荒涼ぶりはクールというよりも空虚である。下手に近づいたら痛い目を見そうな雰囲気があり、ゆえに友達も多くない。
(中略)
 だからといって、彼女を避けたいわけじゃないけれど。いまから二十分近く一緒というのは正直困りものである。まったく、どうしてこんな朝早くに登校を?
――――
文庫版p.10

 ある事情で始発電車に乗ったところ、同じクラスの女子と出会ってしまった男子高校生。なぜ彼女はこんな早い時間に登校するのだろうか。向こうも同じ疑問を抱いているらしく、いつのまにか互いに「自分の事情を隠しつつ相手の事情を推理する」という心理ゲームが始まる。小さな謎をささいな手がかりから推理してゆくミステリ。


『給餌室』(両角長彦)
――――
 あと一日で終わる。金をもらって、うまいもの食って、すべて忘れてしまおう。何もかも他人事だ。ここで何がおきていたとしても、あのペットの正体が何だったとしても、すべて岸田さん個人の趣味の問題で、こちらには関係ない。
 あと一日だ。会社に通って、デブデブとからかわれて、今まで通りの生活だ。何もかも元通りだ。関係ない関係ない。
――――
文庫版p.67

 肥満気味の男が、金持ちの依頼人に頼まれた仕事。それは別荘にいるペットに十日間だけ生肉を給餌するという簡単なもの。ただしペットの姿を見てはいけない。建物から外に出てもいけない。食事は三食すべて上質のステーキとワイン。男は喜んで仕事を引き受け、どんどん体重が増してゆく。いやこれどう考えても『注文の多い料理店』でしょ、と思いいつも、先が気になってついつい読み進めてしまう切れ味のよい短篇。


『温厚と激情』(東山彰良)
――――
作家先生は自分の小説に『激情』などとつけたことを、ほんのちょっぴり恥じた。彼がこの講演会で学んだ教訓は、庶民のえげつない生命力にくらべれば正木賞作家などいかほどのこともない、ということである。
――――
文庫版p.222

 有名な文学賞を受賞したハードボイルドな作家が、母校に招かれて講演会を行う。司会を担当する教授はひたすら見苦しいお世辞を続け、作家を怒らせてしまう。教授が抱えているのは果てしなく下世話な事情(金・色・権力)。ユーモラスな文章で、俗悪な登場人物がみっともないドタバタを繰り広げる痛快作。著者が東山彰良さんという事実が格別な効果をあげています。


『共学における体育と男子』(姫野カオルコ)
――――
 数学少年で、他教科も体育以外は10で、ギターの名手。こんなかっこいい事実要素が生徒の目に入らなくなるようなカバーが新沢くんには常にかかっており、結果、彼は常に、おぼつかなげであった。
「でも、奇天烈な発言をしたことがあるのです」
 四十年たっても忘れられない。忘れようもない。それは―――。
――――
文庫版p.271

 どんなに成績優秀だろうと、「体育ができない」「お肌すべすべ」(肌の色みは文春文庫)というだけで女子の視界から外れていた新沢くん。そんな新沢くんが、奇天烈発言で皆を絶句させたことがあった。そう、あれは四十年前のある日のこと。「青春の残酷をストンと避けていた」(文庫版p.292)天然男子高校生の思い出が何故か心に染みる短篇。本書収録作品中、個人的にもっともお気に入り。


『青空』(森絵都)
――――
 そう、アレだ。おそらく。十中八九。ベニヤ板の奇襲にともない、どこの神経回路がどうねじれたのやら、遥か昔の胸きゅんエピソードが記憶の底から逆流した、といったところではなかろうか。あの切羽詰まった緊急時においてさえ、その残像はどこかしら甘やかな、私をときめかせるに足る青春の一ページとして再来した。
 あなたはもはや聞く耳を失っているかもしれない。
――――
文庫版p.310

 妻と死別し、残された息子を義父母に預けることに決めた男。息子と一緒に車に乗って高速道路を走行中、前のトラックの荷台から巨大なベニヤ板が外れて、こちらのフロントガラスをまさに直撃……。その瞬間、男は若いころの父親とのエピソードをありありと思い出す。それから、高校時代の胸きゅんエピソードとかも。まだベニヤ板は直撃してない。あと一秒ある。いわゆる走馬灯現象をユーモラスに描いて、緊張感と脱力感を巧みにより合わせてみせる短篇。


『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)
――――
「ゆうこ……。この通り、お父さんもう年なんだよ。とても体がついていかない……」
「またそんなこと言って」
「……それにほら、入り口のところに新しいパン屋ができたそうじゃないか? お客はどうせあっちに流れていくさ。うちは用済みというわけだ。な、ちょうどよかった。誰がわざわざこんなはずれの店に」
「はずれ? お父さん今はずれって言った? ちょっとおもてへ出なよ」
 外へ連れて行こうと腕を引っぱると、父はいやがった。
「痛い、やめなさい、やめろ」
「あのねお父さん、商店街にははずれもあたりもないんだよ。出口も入り口もない。知ってた? 知らなかったでしょう。ほらしゃんとして」
――――
文庫版p.369

 商店街から村八分扱いされているパン屋の親父とその娘。もう限界ということで、ストックしてある原材料を使い切ったら店を畳もう、そう決めて店じまいに向けたカウントダウン営業に入る。しかし、あまりに売れないので、いつまでたっても店じまい出来ない悲しみ。店で接客をしていた娘は、ある出会いによって、今更やる気がみなぎってくる。へたれ親父を前にした娘の(方向を間違えた)奮闘を描く短篇。


『流出』(三崎亜記)
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 流出した私の「情報」は、会社の同僚たちだけでなく、既に見知らぬ他人にまで知れ渡っているというのだろうか?
 カップルの言葉で、周囲の人々も、私に気付いたようだ。あちこちでひそひそ話が始まった。下車する駅ではなかったが、私はいたたまれなくなって、俯いて車両から飛び出した。扉が閉まると、男の嘲笑も遠ざかった。私はほっとして、動き出した車両を振り返った。
 心臓が止まりそうになった。
 列車に乗る乗客すべてが、私を見ていた。憐れむように、蔑むように、あざ笑うように……。シートに座る者まで、わざわざ背後を振り返って、私を凝視していたのだ。
――――
文庫版p.502

 「君の個人情報がネットに流出した」と告げられた男。といっても、どんな情報が流出したのか見当もつかない。しかし、同僚たちは露骨に彼を避けるようになり、どこに行っても周囲の人が彼を見てひそひそ噂をする。いったい何が流出したんだ。どこで炎上しているんだ。本人とは無関係に一人歩きする個人情報、そしてそれが事実どころか本人よりも優先されてしまうネットの不条理を、今や懐かしい風刺ドタバタSF風に描いた短篇。



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