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『十年後のこと』(小山田浩子、最果タヒ、松田青子、森絵都、他) [読書(小説・詩)]

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ソファに埋もれて目を瞑り、その手紙の傍らへと十年前に想像された自分を夢見ようとする。当時その手紙を受け取った自分の、十年後の姿をそこへ重ねようとする。彼女が十年前に想像していたかも知れない、十年後の自分の姿をなんとか想像しようとしてみる。そうして自分が、これまで誰にも想像されたことのない亡霊になったような気分になっていく。
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単行本p.61


 十年前の自分、十年後の社会。詩人、小説家、脚本家、漫画家、画家、写真家、映画監督、芸能人など、各界で活躍する35名の著者が十年という歳月をテーマに書いた小説アンソロジー。単行本(河出書房新社)出版は2016年11月です。


[収録作品]

『星林』(暁方ミセイ)
『時よ止まれ』(東浩紀)
『恥ずかしい杭』(天久聖一)
『大自然』(彩瀬まる)
『飛車と騾馬』(絲山秋子)
『肉まんと呼ばれた男』(戌井昭人)
『呼吸』(海猫沢めろん)
『10年後は天国だったと思う』(蛭子能収)
『お返事が頂けなくなってから』(円城塔)
『エリナ』(岡田利規)
『延長』(小山田浩子)
『線上の子どもたち』(温又柔)
『さて……と』(角野栄子)
『死者の棲む森』(木下古栗)
『ミッションインポッシブル』(姜信子)
『未来から、降り注いだもの。』(小林紀晴)
『愛はいかづち。』(最果タヒ)
『参上!! ミトッタマン』(しりあがり寿)
『ふたつの王国』(壇蜜)
『そういう歌』(長嶋有)
『芳子が持ってきたあの写真』(中原昌也)
『洞窟の外』(中村文則)
『!?箱』(野中柊)
『ポイント・カード』(早助よう子)
『結婚十年目のとまどい』(姫野カオルコ)
『ゆきおろし』(日和聡子)
『コアラの袋詰め』(藤田貴大)
『私のいる風景』(松井周)
『履歴書』(松田青子)
『Dahlia』(森絵都)
『ドレスを着た日』(山内マリコ)
『君を得る』(山戸結希)
『渡りに月の船』(雪舟えま)
『十年後のいま』(横尾忠則)
『希望』(吉村萬壱)


『お返事が頂けなくなってから』(円城塔)
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 隣り合ってはいるものの、通じてはいない部屋じみている。壁を叩くだけで信号はすぐに届くのに、わざわざ戸口を出てからポストを通り、郵便局を経由して、こちらの戸口に入ってくるのだ。その手紙を受け取る頃には差出人は隣の部屋で死んでミイラになっており、受取人はそんな事実に気づかずに、その間過ごしていたのだということになる。あるいは背中合わせの二人みたいだ。互いの視線は地球を一周してようやくぶつかる。
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単行本p.60

 転送を繰り返した挙げ句、十年かかって届いた手紙。ネットで検索すればすぐに連絡をとれるであろう時代に、彼女が十年前に想像していたかも知れない、十年後の自分の姿を想像してみる。距離感の混乱から生ずる思わぬ抒情が印象的な作品。


『延長』(小山田浩子)
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必死に両手で擦った。しずくが散った。母娘は白い顔で見つめ合っている。「あのときの」「あの真っ黒い……」恋人が膝から崩れ落ちた。母親は濡れた手を口に当てた。嘔吐しそうに見えた。「十年経っても出るなら」ふいに低い声がした。「納屋を潰してもあいつは忘れないんだろうね」テレビの前の父親だった。
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単行本p.73

 恋人の家に行ったら、納屋掃除を頼まれた語り手。「もう十年、誰も入ってないの」というその納屋に、恋人も、その母親も、決して入ろうとしない。そこに何があるのか。なぜ十年も放置されていたのか。なぜ自分に掃除をさせるのか。事情が分からないまま、じわじわと怖さが盛り上がってゆく傑作。


『愛はいかづち。』(最果タヒ)
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 ご説明すれば、私は美人なのです。そして美人で、感情の起伏が荒く、てのひらの感情線は乱れがち。いえす、恋に落ちやすい。すぐ落ちて、すぐ別の恋にも落ちて。落ちっぱなしの私に、頭脳明晰たちがマシンをつけた。いえす、恋でふるえる精神のビート、心臓のビートを蒸気にかえて、発電するマシンよ。私の恋は必ず閾値にたっして、雷になる。背中の避雷針がそれを、キャッチするっていう仕組み。
(中略)
 恋はいかづち。ラズイズサンダー。美しい雷が私の避雷針に飛んでいった。私。私はそれできみのことを忘れ、また明日から恋を売りさばく。ラブイズサンダー。私は美人。
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単行本p.107、110

 愛はいかづち、いえす、恋でふるえる心臓のビート、ラブイズサンダー。頭が炉心溶融するような言葉からつくり上げてみせる鮮烈な現代詩すごいな。


『コアラの袋詰め』(藤田貴大)
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「でもコアラってどの程度、恐いのだろうか」
「握力が強いらしいよね」
「ああ、へえ」
「それと意外と足も速いらしいよ」
 なかなかコアラについて詳しい彼女に感心しながら、爪を噛んでいた。
「いやでも、ぼくは陸上部だったしさあ」
「ああ、短距離だっけ」
「だからたとえコアラに追われたって、ぼくならだいじょうぶだよ」
「あんまりみくびらないほうがいいよ、コアラ」
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単行本p.166

 首都圏をコアラが直撃。コアラ警報発令。コアラを袋詰めにして歩いている渋谷のひとたち。「捕獲しないと、こっちがやられてしまうからなあ」。十年後の日本は、コアラのマーチ、らしい。奇妙な読後感を残す短編。


『履歴書』(松田青子)
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働いていると、「女」「女の子」「女」「女の子」扱いされた記憶だけが日々蓄積されていき、ほかのことは全部こぼれ落ちていくような気分になる時がある。目の前の書類ではなく、「女」「女の子」「女」「女の子」らしく振る舞うことが、そういう扱いをされることが、わたしの「仕事」だったんだろうか。(中略)10年働いても、一度もちゃんと「仕事」だった気がしない。いつもいろんなことがよくわからない。次の10年も、よくわからない10年だろう。
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単行本p.181、182

 女だというだけで軽んじられ、なめられ、ぞんざいに扱われ、セクハラされ、まともな仕事はさせてもらえず、女は知らなくていい女にはわからない女は気楽でいいよなと言われ続け、いつもいつも「一身上の都合により、退社」。十年たっても何にも変わらない日本の会社の仕組みを直球でえぐる短編。


『希望』(吉村萬壱)
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 そして或る文字が現れた時、私は目を見張りました。沢山の人々が声もなく落ちていくのです。誰かが発した「ひどい!」という叫び声が耳にこびり付いています。想像すらかなわない希望の言葉が絶望を生み、遂に彼らの気を狂わせたのです。
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単行本p.217

 後ろ向きに宙吊りにされたまま運ばれてゆき、〈希望〉〈愛〉〈家族〉〈絆〉〈母親〉といった言葉が現れるたびに悲鳴を上げて奈落に落下してゆく女たち。弱い立場の人間を踏みつけるための「美しい」言葉が蔓延する地獄、というか要するに今の日本社会をストレートにえがく短編。



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