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『記憶の盆おどり』(町田康) [読書(小説・詩)]



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 なんたることだ。俺の脳は一体どうなってしまったのか。けれども、だったら、これから先、どんな馬鹿なことをしても、自分のせいではない、脳が悪いからだ、と脳のせいにすることもできるな、と私は狡猾に考えていた。
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Kindle版No.210


 シリーズ“町田康を読む!”第54回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、現代の文豪による記憶欠落『夢十夜』。Kindle版配信は2016年11月です。

 飲酒のせいで、あるいは断酒のせいで、記憶がときどき抜け落ちてしまう語り手。知らない美人と、引き受けた覚えのない仕事の打ち合わせなどしつつ、気づいたら、何でか知らんが彼女の部屋のベッドの上で酒など飲んでいている。どうしてこうなったのかさっぱり分からない。


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 そして恐ろしかったのはそれが酩酊中でないときにも起きるということで、酔って言ったことややったことを覚えていないというのは誰にでもあることだが、酒を飲んでいないときにした約束などを忘れるのは、かなりござっているに違いない。
 ということでそういう後付けの理窟にも力を得て断酒が続いて、もうすぐ一年になろうとしている。最初の頃は酒のことばかり考え、酒を飲めないことを悲しんでばかりいた。しかし、日が経つにつれ酒を飲みたいという気持ちは薄れ、酒のことを忘れている時間が次第に長くなって最近は酒のことなんてすっかり忘れている。体重が減り、記憶の飛びもほぼなくなった。けれども。ときどきなにかがすっぽり抜け落ちる。そして頭のなかに雨が降る。
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Kindle版No.13


 語り手の記憶欠落がだんだんと激しくなってゆき、最後は幻想小説の領域に突入してしまいます。何がどうしてこうなっているのか、語り手が色々と思い出せないので、読者はそれなりに想像で補いつつ読まなければなりません。


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 という風に考えてみるとある時期までのことははっきりしている。ところがある時期から後がぼんやりしている。そしてその境目がいつだかわからない。ただいまのことはわかる。いま、女はシャワーを使っている。私は女が出てくるのを待っている。出てきたら情交する。それはわかるが、その少し前のことがわからない。なんで私は女と一緒に部屋にいるのか。確か女が訪ねてきたような気がするのだが、なにをしにきたのか。奈良漬けの販売か。わからない。少し時間が経つと記憶が闇に消えていく。真っ暗ななかを手燭ひとつで歩いているように。
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Kindle版No.301


 ここに至る経緯が分からないままどうやら事態が悪化してゆくというのに、かなり適当で無責任な語り手。


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もちろんこのことは厄介な問題となるだろう。しかしそれがなんだというのだ。自分はなにもかもを忘れるという奇病にかかっている。問題が起きたらそれをよいことにして忘れた振り、なにも覚えていない振りをすればよいだけの話だ。というか私は実際に忘れてしまうだろう。
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Kindle版No.282


 ついには、数行前に書いてあったことすら忘れてしまうようになり、何が何だかぐにゃぐにゃへろへろ『夢十夜』、読者も酩酊気分になってゆく作品です。



タグ:町田康
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