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『ラガド 煉獄の教室』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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「『ラガド』が警察を動かして再現をさせた目的は、もっとずっと別のところにあった。『緑色の鹿』を見つけたかったのです」
「緑色の鹿?」
「符丁です。あの凶行の数分間、あの現場ではなにかがおこっていた。なにかが存在したんです。『ラガド』にとっては喉から手が出るほど欲しいなにかが」
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単行本p.306


 いじめを苦に自殺した高校生。その父親が復讐のために刃物を手に教室に乗り込み、興奮のあまり錯乱状態に陥って無関係な生徒を刺殺してしまう。衝撃的ではあるが、事実関係にも動機にも疑いの余地はない殺人事件。だが、警察は現場となった教室の実物大モデルを作ってまで執拗に検証実験を繰り返す。背後には謎めいた国家機関の影が。いったい、この単純な事件に何が隠されているというのか。

 第13回日本ミステリー文学新人賞を受賞した両角長彦さんのデビュー作。単行本(光文社)出版は2010年2月、文庫版出版は2012年3月、Kindle版配信は2016年2月です。


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「このラガド機関が画期的な点は、『システムの超越性』にあります」
「システムの超越性? なんだそりゃ」
「必要に応じて司法、立法、行政、さらには警察、軍、マスコミ、あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつということです。
『ラガド』の命令とあれば、どの権力のどの部署でも無条件でしたがわざるをえない。日本の権力機構の場合絶対ありえないような、横断的な協力関係もとらなければならないのです。これほど高い自由度と干渉力を持つ国家機関が作られたのは、日本政府はじまって以来です」
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単行本p.144


 娘に自殺されアル中になった父親が、いじめの事実を認めない学校に復讐するために刃物を手に高校の教室に乱入。興奮のあまり錯乱状態となって無関係な生徒を刺殺してしまう。犯人、そして教室にいた生徒たちは、犯行当時の状況を詳しく思い出せない状態に陥っていた。

 非常に単純な事件に思えます。事実関係にも動機にも疑いの余地はなさそう。そもそもミステリに不可欠な「謎」に乏しい。容疑者が留置されている間に連続殺人でも起きるのかしらん、などと読者は予想しますが、そんなこともありません。

 むしろ謎なのは、警察の対応。容疑者の記憶を取り戻すために、犯行現場となった教室の実物大モデルを用意し、生徒役の警官を配置して、事件の再現実験を何度も繰り返すのです。なぜ、そこまでするのでしょうか。


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 記憶の混乱にみまわれているのは、加害者の日垣だけではなかった。被害者である2年4組の生徒たちもまたそうだった。
 事件直後の生徒たちは、無理もないことだが、全員がひどい興奮状態にあった。数時間たってから事情をきこうとしても、全員が「おぼえていない。わけがわからない」とくりかえすばかりだった。
 警察にとっては生徒たちがショックから立ち直るのをただ待っているわけにはいかなかった。この時間をつかって犯行の状況をたどる。“再現実験”のセットを組んで、日垣の記憶をよびおこすのだ。
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単行本p.45


 どうやら警察を背後で動かしているのは、謎の国家機関『ラガド』ということらしい。学園サスペンスミステリにイルミナティめいた秘密組織を出してくるなよ、と思いますが、これは作者の持ち味というものでしょう。後に書かれた作品では「超大国政府が支援していた」「霊界がサポートしていた」みたいな驚愕の真相を平気で繰り出してくるので個人的には慣れていますが、新人賞投稿作品でやってしまう胆力には驚かされます。

 しかし、それにしてもそんな強大な権力を持つ闇の組織がなんでまた高校生の刺殺事件に興味を持つのか。その謎を追うのは、この事件の「真相」を暴く特別番組を企画したTVプロデューサーと、学園理事長からもみ消しを命じられた秘書。動機が正反対で明らかに利害対立する二人が、何となく意気投合してしまい、協力して調査を進めることに。というわけでバディものに展開してゆきます。

 しかし、周囲をぐるぐる回っているようでなかなか辿り着けない真相。迫るタイムリミット。


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「現実をみつめろよ。甲田」石持はつめたい目で言った。「おれたちは負けたんだ」
「負けてない。おれはまだ負けた気がしない」
「そんなのは、あんたひとりの勝手な――」
「時間をくれ。1時間、いや30分でいい」甲田は必死だった。「なにかあるはずだ。いやあるんだ。逆転する方法が。なにかひっかかってるんだ。頭の中になにかが――」
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単行本p.241


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「なにが放送されるにせよ、茶番だ」盗聴者はつぶやいた。
「真相は誰にもわからない。なぜなら、誰もわかりたいとは思わない種類の真相だからだ」
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単行本p.301


 犯行のとき教室にいた生徒たちがどのように行動したのか。生徒全員の位置と動きを書き込んだ見取り図が付いています。付いているどころか、実に93枚!、平均して4ページ毎に1枚、見取り図が並んでいる様は壮観です。ですが、これが推理に必要なのかどうか。そもそも犯人も動機も分かっているのに「何」を推理すればいいのかもよく分からない。「あらゆる分野の命令系統のいかなる箇所にも自由に干渉できる権限をもつ謎の組織」の「動機」を推理しろと言われても……。

 というわけで、初手から両角長彦らしさ爆発という感じのデビュー作。個人的にはお気に入りの作風なんですが、はたして真面目なミステリ読者はどう受け止めたのでしょうか。



タグ:両角長彦
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