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『たべるのがおそい vol.2』(石川美南、宮内悠介、穂村弘、津村記久子、四元康祐、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

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 掲載作品はあるものは凄みを感じさせ、あるものは滋味を漂わせて、それぞれが繚乱と個性を発するさまは、まばゆいばかりです。
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「編集後記」(西崎憲)より


 小説、翻訳小説、エッセイ、短歌。様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第二号です。あいかわらず掲載作品すべて傑作というなんじゃこらあぁの一冊。文学ムック(書肆侃侃房)出版は2016年10月、Kindle版配信は2016年10月。


[掲載作品]

巻頭エッセイ 文と場所
  『立つべき場所、失った場所』(金原瑞人)

特集 地図―共作の実験
  『リャン―エルハフト』(石川美南×宮内悠介)
  『星間通信』(円城塔×やくしまるえつこ)
  『三人の悪人』(西崎憲×穂村弘)

創作
  『私たちの数字の内訳』(津村記久子)
  『チーズかまぼこの妖精』(森見登美彦)
  『回転草』(大前粟生)
  『ミハエリの泉』(四元康祐)

翻訳
  『遅れる鏡』(ヤン・ヴァイス、阿部賢一:翻訳)
  『カウントダウンの五日間』(アンナ・カヴァン、西崎憲:翻訳)

短歌
  『せかいのへいわ』(今橋愛)
  『公共へはもう何度も行きましたね』(大野大嗣)
  『忘れてしまう』(吉野裕之)
  『二度と殺されなかったあなたのために』(瀬戸夏子)

エッセイ 本がなければ生きていけない
  『すこし・ふくざつ』(倉本さおり)
  『無限本棚』(中野義夫)


『私たちの数字の内訳』(津村記久子)
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はじめから、鮎美が持っている好きなものへの情熱は、私たちと比べて破格で、四人全体を100とすると、95だとかそのぐらいのもので、私が2で知絵里が1で堂本さんが2とか、そんなものだったんじゃないかと思える。それは、個人の総体的な欲望のエネルギーの差を表してもいるような気がした。
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単行本p.19

 陸上競技のスター選手の追っかけをやってる四人。だが「何かを好きでい続けるエネルギー」の量で他を圧倒するリーダーを前に温度差を感じた語り手は、各メンバーが持っている情熱を数量化しては考え込んでしまう。やがてリーダーから距離を置いたとき、それまで見えていなかったものが視野に入ってくるのだった。

 対象にひたすら情熱を注ぐ者。そこを入口に自分の世界を広げてゆく者。何かを好きになって追いかける、というファン体験を瑞々しく描いた青春小説。


『チーズかまぼこの妖精』(森見登美彦)
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チーズかまぼこの妖精である妻は、遠く妖精の国へ旅立ってしまった。そうして僕は、『有頂天馬賊』を書き進めることができなくなった。妻が消えてしまった今、あらゆることが曖昧になってしまったように思える。かつて妻が人間であると安易に思いこんでいたように、『有頂天馬賊』が傑作であるというのも僕の思いこみにすぎないのではないか。そもそも僕は本当に文豪になれるのであろうか。
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単行本p.39

 「じつはわたくしはチーズかまぼこの妖精であったのです。あなたに正体を知られたからには、こうして一緒に暮らしているわけにはまいりません」(単行本p.30)と言い残して妖精の国へと飛び去っていった妻。残された未来の文豪である僕は、文学界を震撼させる傑作『有頂天馬賊』の原稿が進まなくなり、それどころか自分が文豪になるということすら危ぶむように……。いかにも作者らしいとぼけた調子で語られる怠け者妖精譚。


『回転草』(大前粟生)
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公開生放送なんてもうやめてほしい。でもまあ、新人の回転草に一発勝負を任せられないっていうスタッフの気持ちもよくわかる。けれど、スタッフは転がる僕を回収することをしたたか忘れ、僕は種子をまき散らしながら転がり続ける。リハーサルの四時間前からスタジオ入りしてたんだ、熱風を浴び続けて腹の調子があまりよくない。僕はそのまま舞台セットを抜けていく。一応この業界の大御所だから、だれも引き留めてくれず、僕は外に出てしまった。
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単行本p.110

 西部劇になくてはならない大事な役「回転草(タンブルウィード)」を長年演じてきたベテラン回転草が、撮影終了後も転がり続けて、スタジオから外へ。そこへ「〈アルマゲドン〉のときはまだほんの端役だったのに、最近じゃ引っ張りだこ」(単行本p.111)の人気隕石が落ちてくる。回転草はひょんなことから昔の知り合いと再会するが、二人の間には秘められた過去があった。浮き草人生ならぬ転がり続けるロックンロールな回転草人生とその情熱をスタイリッシュに描いた短篇。


『ミハエリの泉』(四元康祐)
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まっすぐ前を向いて泳ぎ渡らねばならない。生き延びるために命を賭して、未来のために過去と現在を投げ打って、ひとつの大陸から別の大陸へ、ある文明から別の文明へ、言語を越え、通貨を越え、宗教を越えて伸びゆく人間の波。誰にもその移動を妨げることはできない。怒れる氷の神にさえ。彼女は今うねりのひとかけらでありながら、無限の波を貫いてゆく波動の力そのものである。夥しい死が彼女を前へ前へと押し出してゆく。(中略)ファティマは不意に悟る、これがわたしのジハード(聖戦)なのだと。
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単行本p.155

 ドイツの公営プールに集まってきた、人種も文化も宗教もばらばらな人々。それぞれの人生の断片を通して、EU統合、グローバル化、紛争、民族浄化、難民、世界の様相がプールにあふれ出してゆく。人類が抱える問題を鋭利な幻想でえぐってゆく短篇。


『カウントダウンの五日間』(アンナ・カヴァン、西崎憲:翻訳)
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 上へ上へ、わたしたちは上昇する。信頼できない学生たちの頭上はるか、足下はるかに喧しい騒擾を置き去りにして。回転する鳥は静穏を求めるわたしたちを乗せ、空を翔る。翼のある超女性にわたしは目を向ける。スカゲラク海峡の輝きはその瞳のなかにはなく、瞳はロマンティックな睫毛に囲まれ、周囲は黒く縁取られている。
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単行本p.171

 子供たちを人種や国籍といった概念から切り離して育てることで戦争を根絶する、という理想主義的な試み。だが、そうして育てられた若者たちは、暴力や差別の権利と自由を求めて暴動を起こす。人間の本性を変えることで世界を救おうとする計画の挫折を神話的に描いた短篇。



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