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『ヒッキーヒッキーシェイク』(津原泰水) [読書(小説・詩)]


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「決まったな。君は才能に満ちている。君たちは実際に世界を救うよ、バグだらけのヒッキーズが」
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単行本p.199


 何年も自室に引きこもっている四人が、胡散くさいカウンセラーにあおられた挙げ句、互いに顔も合わせないままチーム「ヒッキーズ」を結成。奇妙なミッションに取り組むうちに、四人はそれぞれに自分の人生を見つけてゆく。『ブラバン』の津原泰水さんによるひきこもり青春小説。単行本(幻冬舎)出版は2016年5月、Kindle版配信は2016年5月です。


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「ワークショップか。その表現はいいね。なんだか善い事をしてるような気がしてくる。うん、インターネット上に人間を創出するワークショップだ」
「誰のための」
「君さ。あと三人のヒッキーを見繕っといたから、うまく力を合わせてくれ」
「ヒキコモリ同士で、力を?」竺原の弁とはいえ、さすがに耳を疑った。
「べつに全員がヒキコモったままでいいから。自己紹介なんかもしなくていいし。どうせ君らの現実は半分以上がインターネット空間のなかだ。そこでだけの話だよ」
「ちょっと……唐突すぎて、参加できるかどうか、したいかどうか、とにかく具体的に話を聞いてみないことには」
「どうせ君は参加するさ」
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単行本p.58


 ハッキング、アート、音楽。それぞれに才能を持ちながらも、他人や社会との折り合いをつけられず、ヒキコモリをしている四人。各人に接触したいかにも怪しいカウンセラーの口車に乗せられて、ヒキコモリだけのグループ「ヒッキーズ」を結成することに。

 ローズマリー、パセリ、セージ、タイム。互いにハンドルネームで呼び合うバーチャルな仲間たち。どこまで信用できるのか。というか信用できるやつがいるのか。互いに不信感に満ちたまま、とにかく最初の計画「アゲハ・プロジェクト」が始まった……。


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 ただ願わくば、アゲハ・プロジェクトの作業を貫徹し、すこしばかりの自信を得てからにしたかった――「なにをしている」と問われ「仲間たちのために絵を描いています」と云える程度の。(中略)仲間たち? 葵さんたちと接触できた嬉しさに、いま私、現実を忘れかけていた。あの陰険なローズマリーが仲間? 虫の死骸を送り付けてくるタイムが? 一言も信用できないJJや、その手下のようなセージが?
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単行本p.158


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ヒキコモリたちを言葉巧みに連携させるという単純なアイデアで、まんまとアゲハの幻影を生じさせつつある手腕には感嘆する。行き場を失っている自分がつい頼りたくなる人物でもあるが、ことさら危険な場所に踏み込んでいく無鉄砲さも、彼に対しては感じている。どこかの時点で俺は涙を呑んで踏み止まり、チームから離脱するべきかもしれない。
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単行本p.162


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なにか裏があるような気がするし、本来は気っ風のいい人間が、以前は露悪的にふるまっていたようにも思える。竺原の内心が、洋佑には未ださっぱりと分からない。
 気まぐれなお人好しか、狡猾な詐欺師か。常に疑念を懐きつつも、洋佑は彼を嫌いではない。
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単行本p.166


 あからさまに胡散臭く、まったく信用できないものの、どこか人を惹きつけるところがあるカウンセラーの巧みな煽りに乗せられて、「ネット上に人間を創出する」「新たなUMAを創り出す」といった妙なミッションに協力して取り組むメンバーたち。何となくの流れでチームを組んだ彼らは、しかし、自分が本当にやりたかったことに気づいてゆく。自信と覚悟が定まってゆく。


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「苦労を厭う気は……ありません。これは本当なんです。私は世の中に何かを遺したいんです」(中略)
 自分を直視しなくては、と芹香は痛感した。ほかの人生は無いのだ。
 ほかの人生は無いのだ!
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単行本p.


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 全員が間違っている。
 竺原に手を貸してしまったパセリやタイムも含めて、全員が罪人だ。もちろん自分も。
 なのに、なんなんだろう……涙が止まらない。バスケットボールの試合での自分への声援を、かたとき聖司は幻聴した。任せろ。必ずシュートを決めて見せる。
 俺は罪人かもしれないが、役立たずではない。(中略)
 恥ずかしいことなどどこにも無い。次に白雲さんと出逢えたなら、堂々と自己紹介しよう……僕はヒッキーズの一員ですと。気持ち悪いと嫌われたって構わない、でも存在は無視しないでほしい。そう正直に頼もう。
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単行本p.343


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「君なんぞに云われるまでもない。私は挫折したことがない。人生最後の一日まで、私は挫折しない。私の前にロックスミスはいないし、私に続くロックスミスも現れないだろう。セージ、記憶の破片の海でもがいている君に、プレゼントしたい言葉がある」
「拝聴します」
「自分を騙し続けろ」
――――
単行本p.353


 それぞれに傷つき引きこもっていた登場人物たちが、共同作業を経て次第に回復してゆく。騙されていると分かっていても、嘘だと知っていても、その嘘や詐欺に救われる物語。津原泰水さんといえばホラーやSFを連想するのですが、本作はむしろ『ブラバン』を思い出させるさわやかな青春小説です。



タグ:津原泰水
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