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『共謀罪とは何か』(海渡雄一、保坂展人) [読書(教養)]


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 私たちの社会は、市民の自立的な活動によって、政府の政策が変えられる社会です。しかし、共謀罪の組み込まれた社会では、人間の自由なコミュニケーションは不可能となり、市民の活動によって社会を変えていくことは非常に難しくなるでしょう。そういう意味で、共謀罪の問題は、どういう社会を私たちが選択するかという問題に直結しているのです。
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単行本p.70


 これまで何度も廃案になってきた共謀罪が、東京五輪に向けたテロ対策という名目で「復活」しようとしている。十年前に行われた議論を振り返り、どのような危険が指摘されたのかをまとめる一冊。単行本(岩波書店)出版は2006年10月です。


2016年8月27日付け東京新聞朝刊より
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 政府は、重大犯罪の計画を話し合うだけで罪に問えるようにする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を、九月召集の臨時国会に提出する検討を始めた。政府高官が二十六日、明らかにした。「共謀罪」の名称を「テロ等組織犯罪準備罪」に変え、対象となる集団を絞り込むなど要件を見直す。二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックを見据えたテロ対策強化を強調している。〇三~〇五年、三回にわたって国会に提出されるたびに国民の反発で廃案となった法案が、復活する可能性が浮上した。
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 ほぼ十年前に出版された、共謀罪の問題点をまとめた岩波ブックレットNo.686です。共謀罪が「テロ準備罪」として再提出されようとしている今、かつての議論を振り返るのに便利。

 「テロ予防のために有効」「国際条約を守るために必要」「一般市民が処罰されることはない」といった主張を厳しく批判しています。また、拡大解釈や濫用の危険性についても詳しく説明されています。

 全体は七つの章から構成されています。


「第一章 ただの「目配せ」で共謀罪成立? ――共謀の定義と成立要件」
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これで、「共謀共同正犯」と「共謀罪」の共謀の定義の同一性と成立要件を重ね合わせた論戦は、結論にたどりつきました。共謀罪が運用上拡大されていくのではなくて、最初から「目配せ」で成立することもあるという答弁です。これでは拡大解釈も意のままになってしまいます。
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単行本p.13

 まず共謀罪の対象となる「共謀」の定義に関わる議論をとりあげ、それが極めて曖昧で拡大解釈が容易であること、取り締まる側が恣意的に犯罪をでっち上げることも簡単だという危険性を指摘します。


「第二章 犯罪の手前から引き返してくる「黄金の橋」を焼き捨てていいのか」
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「テロや重大犯罪を防ぐために仕方がないのではないか。かえって安心だし、私たち一般市民の生活とは関係ないし……」という声があがってきそうです。しかし、そうではありません。共謀罪ではテロとはおよそ関係のない六一九種類もの犯罪が対象になるのです。
(中略)テロと関係のありそうな犯罪には、共謀罪(陰謀罪)がすでに日本には存在しています。(中略)「共謀罪がないと爆弾テロも実行されるまで手を出せない」などと言いますが、これは正確ではありません。
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単行本p.17、18

 破壊活動や国家転覆をめざした準備活動を処罰する法律はすでに存在しているにも関わらず、619種類もの犯罪を対象とした共謀罪を新たに制定する必然性は薄く、むしろ無関係な一般市民が巻き込まれる冤罪が懸念されることを指摘します。


「第三章 共謀罪の対象となるのは、組織的犯罪集団に限らない」
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 気になるのは、「共謀罪」の対象をできるだけ幅広く拡張しておこうという法務省の意思が、何のために、誰のためにあったのかということです。(中略)数多くの市民団体が共同で2006年4月19日に、共謀罪が制定されたときには、自分たちの行ってきた活動が、業務妨害やテロ資金供与にあたるとされ、その協議に加わった市民が共謀罪で逮捕される危険性は否定できないとして、法案の成立に強く反対するアピールをしました。(中略)共謀罪は、市民活動を行おうとする市民を萎縮させ、市民の言論を封じ、市民の力で社会を良い方向に変えていく途を封じる悪法なのです。
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単行本p.35

 社会を良い方向に変えて行こうとする市民活動が共謀罪の対象とされる危険性、その恐れによる萎縮効果と言論封殺の悪影響を論じます。


「第四章 「共謀」を実行に移す「行為」とは何か」
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「実行に必要な準備行為」とすっきり言えずに、「準備その他の行為」と書かれていると、「その他の行為」が多くの瑣末な行為を包括してしまうのではないかと心配になります。(中略)法律の条文で「その他」と書けば、幅広い解釈・運用が可能です。なぜ、こうした幅広い解釈の余地をつくろうとするのか、そこが問題です。
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単行本p.40

 共謀罪が具体的に取り締まりの対象とする「行為」についての定義をとりあげ、それが極めて解釈の余地が大きく、運用次第で暴走しかねないことを指摘します。


「第五章 共謀罪はなぜ生まれたか」
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 少なくとも、今回の国連の条約は、それが定義する組織犯罪を対象とし、最初からテロは対象外なのです。政府や与党は、共謀罪は条約を批准するためという説明と、テロ対策のために必要だという説明を繰り返しています。しかし、テロ対策のためという説明は明らかに誤っています。
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単行本p.49

 国際条約を批准するための国内法整備として共謀罪の設立が必要、という主張の嘘を指摘し、今回の法案が単なる便乗であることを明らかにします。


「第六章 国連条約に基づくあらたな犯罪捜査がもたらす監視社会」
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「共謀罪」が仮に成立した場合、捜査機関はその捜査をどのようにして実施するのでしょうか。共謀罪はまだ結果が発生していない段階で成立するところに特徴があります。そこでの犯罪の証拠としては、人々の会話や電話・メールの内容など、人と人とのコミュニケーションしか残っていません。
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単行本p.53

 共謀罪を立件するための証拠集めという名目で、密告推奨、盗聴、自白強要、公共の場における監視、など市民の権利を侵害するような捜査手法がまかり通ってしまう恐れを指摘します。


「第七章 共謀罪は不要――国連条約の批准をめぐって」
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既存の犯罪規定の整備によって、組織的犯罪集団に関連した主要犯罪についてはすでに、未遂以前の予備段階から処罰できる体制がほぼ整っているといえるでしょう。ですから、条約五条との関連では、これらの制度が全体として国連条約の求めている「組織的犯罪集団の関与する重大犯罪の未然防止のために必要な国内立法の範囲」をほぼカバーしており、条約批准のための新しい立法はまったく不要である、あるいは、ごく部分的な法整備で足りるという議論は十分可能だと考えられるのです。
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単行本p.67

 国際組織犯罪防止条約を批准するために共謀罪の新設が必要という議論を掘り下げ、法的にも現実的にもその必要性はないということを明らかにします。


 内容はもちろん十年前の法案に対するものなので、この秋に国会に提出されるという「テロ等組織犯罪準備罪」にそのまま当てはまるかどうかは分かりません。というより、これらの議論を踏まえた上で、野党や弁護士連も納得するような必要性明確化と条文案の改善が行われていることを当然のこととして期待したいところです。

 懸念されるのは、十年前に比べて野党が弱体化していること、東京五輪というプレッシャーを利用できること、そして、拡大解釈や濫用の危険性を承知の上でまさにそれによる(自分が気に入らない)組織や団体に対する弾圧を期待するような声が一部に出てきていること、などです。本書で指摘された論点を念頭に、国会の議論を見守りたいと思います。



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