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『短篇ベストコレクション 現代の小説2016』(日本文藝家協会:編) [読書(小説・詩)]

 2015年に各小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、ミステリからハードSFまで幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は、2016年6月です。

[収録作品]

『さようなら、妻』(朝倉かすみ)
『分かれ道』(大沢在昌)
『成人式』(荻原浩)
『線路脇の家』(恩田陸)
『辺境の星で』(梶尾真治)
『おっぱいブルー』(神田茜)
『茶の痕跡』(北村薫)
『降るがいい』(佐々木譲)
『わが町の人びと』(高村薫)
『涙の成分比』(長岡弘樹)
『寿命』(新津きよみ)
『ヴァンテアン』(藤井太洋)
『持出禁止』(本城雅人)
『胡蝶』(三浦しをん)
『鞄の中』(宮木あや子)
『頼れるカーナビ』(両角長彦)


 なお、収録作品のうち『ヴァンテアン』(藤井太洋)は『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』にも収録されています。紹介はこちら。

  2016年07月12日の日記
  『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、藤井太洋、宮内悠介、上田早夕里)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-07-12


 その他、個人的に気に入った作品を紹介します。


『線路脇の家』(恩田陸)
――――
 見通しの悪い住宅街では、歩いているうちに思わぬ場所に出ることがある。まさにこの時がそうだった。
 へえ、こんなところに出るんだ。
 そう思った私は、すぐそばに異様な気配を発するものがあることに気付いた。
 なんだろう、これ。
 私は顔を上げ、思わずハッとして立ち止まった。
 そこには、あの家があったのだ。
「線路脇の家」が。
――――
文庫版p.134

 出張で電車に乗るたびについつい見てしまう線路脇の家。その部屋の窓から、いつも三人の家族が見えるのだ。しかし、平日の昼間、同じ部屋に、同じ三人が、いつも同じ姿勢でいるのは変ではないだろうか……。ホラーなのかミステリなのか判然としないまま、エドワード・ホッパーの名画『線路わきの家』と、それにインスパイアされたという映画『サイコ』、その不穏なイメージが付きまとう印象深い短篇。


『茶の痕跡』(北村薫)
――――
「でも、警察もあきれたでしょうね。本の汚れで喧嘩だなんて」
「いやいや。愛書家の本への執着というのは侮れないぞ。火をつけたとか、人まで殺したなんて話は、他にもある」
――――
文庫版p.224

 昭和初期、本に茶の染みがついたというささいなことで喧嘩になり、人死にが出る騒ぎになった、という話を聞いた語り手。後に父親にそのことを話すと、父親は事件の背後にある意外な動機と真相を推理してみせる。愛書家の心理を巧みに織り込んでなるほどと思わせる、日常ミステリ短篇。


『わが町の人びと』(高村薫)
――――
 とまれ、そんなやり取りがある一方では、人間は何を成したかではなく何になったかだ、そうだ、俺は部長になった、俺は係長になった、わたしは母親になった、わたしはおばあちゃんになった、ぼくはヘルニアになったなどと、それぞれに得心する人びとがいて、お別れ会はしばし怪しげな自己肯定の充実感に包まれるが、まあ陰気よりはマシとしよう。土台、代議士秘書の挨拶自体が喪主のそれではないし、話の中身もどこに身が入っているのか分からない冷凍カニほどスカスカだが、腐ってもカニはカニ。生臭さは一昔前の自己啓発セミナーなど足下にも及ばない、まさに政治の世界のそれではある。
――――
文庫版p.267

 どこにでもありそうな地方都市。どこの地方都市にもいそうな人々が集まって、いかにもありがちなイベントに参加している。新入りの住民がつぶやく。「この町の人びと――つまり皆さんのことですが、せいぜい十数人の劇団員が一人何役もこなして住民を演じているような感じというか――」(文庫版p.266)。
 地方都市とその住民の、類型的というか無個性ぶりを風刺した作品ですが、語りの調子が素晴らしく、個人的には本書収録作品中で最もお気に入り。


『胡蝶』(三浦しをん)
――――
 千夜太にとっての現実は、未千の夢の世界だ。では、世界が終るという千夜太の夢見も、未千にとっての現実にまでは影響しないのだろうか。それとも、未千の体を通して、未千にとっての現実にも侵食してくるのだろうか。
 わからない。培ってきたはずの理性や常識がまるで通用しない世界は、いったいいつからはじまっていたのか。千夜太を妊娠したときか、高熱をきっかけに夢を見るようになったときか。祖母の夢の話を聞いていた子ども時代か。いや、未千も祖母も生まれるまえ、遠い遠い先祖がアフリカの大地で生まれたときから、夢の世界と現実は互いに影響しあい入れ子になって、地球も宇宙も神も人間もその狭間で生じた幻影のごときものにすぎないのかもしれない。
――――
文庫版p.480

 予知夢、いやむしろ現実を侵食してくる夢を見る「夢見」の力を持つ女性が、夢のなかで妊娠・出産する。朝、目が覚めると子どもはいない。夜、眠りに落ちると、子育てという毎日。やがて、母よりも強い「夢見」の力を持つようになった子供は、繰り返し「世界が滅びる夢」を見るようになる。夢のなかの他人が見る予知夢は、何を侵食してゆくのだろう。数多く書かれてきた「夢と現実が逆転する話」のなかでも、忘れがたい強い印象を残す傑作。


『鞄の中』(宮木あや子)
――――
 そのあとも何度か奈々はごめんなさいと繰り返した。美和子は娘の謝罪の言葉に胸を満たされたあと、振り返って再びベッドに戻った。そして再び大根の刺さったフォークを奈々の口の前に運んだ。
 奈々の柔らかな唇が開き、白い歯が厚い大根に刺さる。んん、と小さな呻き声と共に奈々は大根を噛み切った。よく噛んで食べなさいよ、と言うと奈々は頷き、恐る恐るといった表情でそれを口の中で咀嚼した。何度もえずいて背中を震わせる奈々の口を美和子は手のひらで押さえ、嚥下させる。ほら、全部食べなさい。まだ残ってるわよ。奈々は両の目から涙を溢れさせ、大根に歯を立てる。愛しくてたまらなかった。
――――
文庫版p.533

 娘の鞄の中身を周到に確認し、携帯の着信履歴を執拗にチェック。GPSを使って地図上で娘の行動を監視する。過保護を通り越してストーカーまがいの行動に走る母親。愛情と一体化した支配欲の暴走。子供に対する精神的虐待を冷徹な筆致で描いて読者の肝を冷やすサイコホラーの逸品。


『頼れるカーナビ』(両角長彦)
――――
“やってください”
「ええっ!?」
“あの男は逃走のさまたげになります。排除しなければなりません”
「そんな!」
 ポルシェが再びパッシングをしてきた。
“あなたが運転できなければ、私がかわりに運転しましょうか?” カーナビの声には、嘲りがまじっているように感じられた。彼はもう何が何だかわからなくなった。それと同時に、自分でも思いがけないほど強烈な暴力への衝動がわいた。彼は叫んだ。
「自分でやる!」
――――
文庫版p.547

 カーナビの機能はどんどん向上。いまや自動運転機能はもとより、轢き逃げの際の逃走経路ナビ、目撃者始末アドバイス、捜査攪乱オプションまで、何でもサポート。頼れる相棒。だが、最後に運命を分けるのはドライバーの覚悟だ! ……いや、違うよね。
 カーナビやスマホなどのデジタル機器にこき使われているうちに判断力を喪失してしまった現代人を鋭く風刺するユーモア短篇。



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