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『戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊』(モリー・グプティル・マニング:著、松尾恭子:翻訳) [読書(教養)]


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 本は武器であるという言葉は、決しておおげさな言葉ではないと思う。ヒトラーは無類の読書家だったそうだ。おそらく彼は、本の力をよく知っていたのだろう。だからこそ、一億冊もの本を燃やしたのではないか。そして、アメリカの図書館員や戦時図書審議会構成員もまた、本の力を知っていた。だからこそ、一億四千万冊もの本を戦場へ送ったのである。
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単行本p.257


 第二次世界大戦で従軍したアメリカ軍兵士にとって、書籍は食料や弾薬と同じく重要な戦略物資だった。兵舎の中で、艦艇の上で、塹壕の底で、彼らは本を読んでいた。それはファシズムと戦うための「武器」だったのだ。世界中の戦場に送られた、兵士のための特製ペーパーバック「兵隊文庫」、その全貌を明らかにする感動の一冊。単行本(東京創元社)出版は2016年5月、Kindle版配信は2016年5月です。


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「この戦争の現時点での最強の武器は、飛行機でも爆弾でも凄まじい破壊力を持つ戦車でもない――『我が闘争』である。この一冊の本が、高い教養を備えた国民を焚書へと向かわせ、人の心を自由にしてくれる偉大な本を灰にした。アメリカが勝利と世界平和を目指すなら、私たち一人一人が、敵よりも多くのことを知り、敵よりも深く考えなければならない……この戦争には本が必要である……本は私たちの武器である」
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単行本p.97


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 私たちは皆、本が燃えることを知っている――しかし、燃えても本の命は絶えないということも良く知っている。人間の命は絶えるが、本は永久に生き続ける。いかなる人間もいかなる力も、記憶を消すことはできない。いかなる人間もいかなる力も、思想を強制収容所に閉じ込めることはできない。いかなる人間もいかなる力も、あらゆる圧制に対する人間の果てしなき戦いとともにある本を、この世から抹殺できない。私たちは、この戦いにおける武器は本であることを知っている。
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単行本p.77


 第二次世界大戦は、単に戦力の戦いだけではなく、思想の戦いでもありました。ファシズムvs自由主義、思想統一vs思想の多様性。一億冊もの本を焼き払ったナチスに対して、アメリカは一億四千万冊もの本を戦場に届け、兵士たちに読ませたのです。それは本と思想をめぐって争われたもう一つの世界大戦。そしてやはり物量作戦でした。

 本書は、アメリカ軍が兵士たちに支給した「兵隊文庫」と呼ばれる特製ペーパーバックと、それを製作した戦時図書審議会の功績について書かれた一冊です。過酷な戦場で兵士たちを支え、戦後アメリカ社会に大きな影響を残した兵隊文庫。その知られざる歴史が明らかになります。


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 ページの隅が折ってある。かび臭くて湿気でぐにゃぐにゃになった本を持って、兵士は前線へ向かう。この南西太平洋の戦場の思いもよらない場所で、兵士は本を読んでいる。なぜなら、それが兵隊文庫だからだ。なぜなら、尻ポケットにも肩掛け袋にも忍ばせておけるからだ。兵士はいつも兵隊文庫を持っている……ホーランディアの海岸堡を確保してから三日後、若い兵士たちは腹をすかしていた……非常用の携帯食しか食べていなかったから。恐ろしく暗鬱なホーランディアの沼地は泥深く、兵士は尻まで埋まった。でも、彼らには兵隊文庫があった。鹵獲した日本軍機を略奪されないように見張りながら、あるいは浜辺の基地のベッドの上で、あるいは食事の後でぶらぶら歩きながら、兵士は本を読んでいる。
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単行本p.124


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オマハ・ビーチへ最初に上陸した部隊は、壊滅の憂き目に遭った。隊員は揚陸艇のランプから浜へ出ようとしたところで、ドイツ軍の機銃掃射を浴び、不幸にも、あえない最期を遂げた。第一波上陸部隊の隊員の死亡率は、100パーセントに近い。(中略)怪我をして先へ進めなくなり、疲弊した体を砂の上に横たえ、衛生兵が来るのを待った。同じ日に遅れて上陸した隊員の多くが、印象深い光景を目にしている。重傷を負った隊員たちが、崖のすそに体をもたせかけて、本を読んでいたのだ。
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単行本p.140


 兵士に愛され、彼らを支え、彼らを変えた「兵隊文庫」。それはどのようにして生まれ、どのような成果を挙げたのでしょうか。全体は11の章から構成されています。


「第1章 蘇る不死鳥」
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この部隊は、東ヨーロッパの375の公文書館、402の博物館、531の施設、957の図書館を焼き尽くしている。チェコスロバキアとポーランドではそれぞれの国が有する書籍の半分を、ロシアでは5500万の書籍を処分したと言われている。支配された地域の図書館は、閉鎖を免れても、ナチスの計画の実現に奴立つように改変された。
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単行本p.33

 最初の章は、ナチスの蛮行のうち特に焚書に焦点を当て、それがどれほどの破壊行為だったのかを明らかにします。


「第2章 八十五ドルの服はあれど、パジャマはなし」
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 陸軍と海軍の兵士に書籍が供給されたのは、第二次世界大戦の時だけではない。しかし、第二次世界大戦の時のように極めて多くの書籍が供給された例は後にも先にもない。
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単行本p.47


「第3章 雪崩れ込む書籍」
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 もっと多くの書籍が必要だった。海外の戦地へ向かう兵士に、訓練基地の書籍を持っていくように勧めていたため、訓練基地のものは減る一方だった。任務に向かう海軍の艦艇にも、寄付されたものが何千冊も積み込まれた。埠頭では、書籍を入れた箱がずらりと並ぶ光景が良く見られるようになった。(中略)膨大な量の書籍が兵士とともに海を渡るため、膨大な量の書籍を集めて補充しなければならなかった。
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単行本p.75

 大きな反響を生んだ図書の寄付運動。しかし、それだけでは限界がありました。より効率的で、より戦略的な、新しい書籍供給プロジェクトが必要とされた背景を明らかにします。


「第4章 思想戦における新たな武器」
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寄付される書籍の数には限界があり、役に立たないものも多かった。そのため、厳選した作品を兵士のために出版するという大々的な取り組みが始まっていた。(中略)書籍は求められていた――ただし、ハードカバーではないものが。陸海軍が必要としたのは、携行に便利な小さくて軽い書籍だった。
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単行本p.91、


「第5章 一冊掴め、ジョー。そして前へ進め」
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兵隊文庫は、アメリカで大量生産されたペーパーバックの中で、最も小さいペーパーバックだ。戦時図書審議会は、アイデアを考え付き、それから七か月の間に「計画を立て、準備を整え、効果的に実行した」。契約書を作成し、署名し、契約を履行した。兵隊文庫を製作し、兵士に届けた。
このプロジェクトは、すばらしい協力態勢の下で進められた、戦時の製作プロジェクトとして、歴史に残るべきものである。
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単行本p.119

 多くの人々の尽力により、ついに実現した兵隊文庫。本を、それも良書を、前線に送る。ただそのために、どれほどの努力が払われたのかが示されます。最終的に1200もの作品を厳選して収録することになる兵隊文庫。乏しくなる紙資源、膨れあがるコスト。次から次へとあらわれる難題に立ち向かう図書館員たち、戦場に届いた本を争って読む兵士。本に対する敬意に涙を禁じ得ないエピソードが続出します。


「第6章 根性、意気、大きな勇気」
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 軍が上陸作戦に関する情報を秘匿したため、戦時図書審議会は、集結地に兵隊文庫を送るという特別業務部の計画を知らなかった。(中略)委員の中には、兵隊文庫がそれほど関心を持たれていないのではないかと心配する者もいた。しかし、近く実行に移されるノルマンディ上陸作戦に向けて集結地から船に乗る兵士のために、軍が大量の兵隊文庫を取っておいているのだということを後で知り、委員は安心した。軍は、兵隊文庫を極めて重視していたのだ。
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単行本p.134


「第7章 砂漠に降る雨」
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世界各地から届いた手紙により、兵隊文庫が、戦時図書審議会の期待通りの役割を果たしていることが明らかになった。兵隊文庫によって、兵士は退屈を紛らし、元気になり、笑い、希望を持ち、現実から逃れることができた。(中略)兵隊文庫がぼろぼろになっても、兵士は大事にした。「僕たちは、おばあちゃんを打つことなどできません。それと同じように、兵隊文庫をごみ箱に捨てることなどできないのです」
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単行本p.175

 戦略物資として優先的に取り扱われた本。アメリカ軍がどれほど本の配給を重視していたかが書かれるとともに、戦場から寄せられた手紙の数々により、兵士にとって本がどれほど大切なものだったかが分かります。


「第8章 検閲とフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトの四期目」
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1944年の夏、兵隊文庫を称賛する声が続々と寄せられていた。その一方で、戦時図書審議会はひとつの戦い――検閲との戦いに直面していた。(中略)これは、戦時図書審議会が成し遂げた、最大級の功績のひとつである。
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単行本p.178、196

 兵士たちが本とともに前線で戦っていたとき、銃後でも戦いが繰り広げられていました。アメリカの社会問題を告発する本、性的な内容を含む本、戦争遂行にとって望ましくないと判断された本を、兵隊文庫に入れさせまいとする政府の圧力。検閲法との戦い。図書館戦争。戦時図書審議会もまた国内に広がるファシズムに立ち向かい、一歩も引かず勇敢に戦い、そして勝利したのでした。


「第9章 ドイツの降伏と神に見捨てられた島々」
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 太平洋戦線への派遣に対する不満が兵士の間に広がると、陸海軍は、戦時図書審議会に助けを求めた。甚だしい士気の低下を確実に防げるのは、兵隊文庫しかなかった。(中略)兵隊文庫は世界の隅々まで届けられており、兵士はそれを大事にしていた。そして、ほうぼうから不満の声が上がっていた。「まだ、本が全然足りない」
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単行本p.212、213

 ついに降伏したドイツ。だが兵士の多くは帰国がかなわず、そのまま太平洋戦線に投入されることに。そこは、緑の地獄。降伏よりも死を選ぶ日本軍との「無益極まりない」戦いと、過酷で無意味な犠牲。そこで兵士たちの心を支えたのは兵隊文庫でした。アメリカ軍兵士たちは、あのとき、読書をしていたのです。


「第10章 平和の訪れ」
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 1947年9月、陸海軍に最後の兵隊文庫が届けられ、兵隊文庫プロジェクトは終了した。(中略)兵士は、兵隊文庫から深く影響を受け、その影響はいつまでも残り続けた。故郷に戻った時、多くの兵士が、出征した頃とは変わっていた。読書を愛するようになっていたのだ。
 戦後、政府は、復員兵の社会復帰を支援するが、その時にも、書籍が兵士を支える力になる。
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単行本p.232、233


「第11章 平均点を上げる忌々しい奴ら」
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1947年から1948年には、アメリカの単科大学の学生の50パーセントを復員兵が占めている。また、単科大学と総合大学の学生の数が過去最高に達している。当初、一部の批評家は、復員兵は学問や読書に興味がなく、すぐに就職するだろうと考えていた。しかし、多くの復員兵が進学し、真面目な成人学生だと評価されるようになった。復員兵はきちんと授業に出席し、几帳面にノートを取り、一生懸命勉強し、トップクラスの成績を収めた。一般の学生は、復員兵が自分のクラスに入ってくるのを嫌がるようになるが、それは、復員兵が優秀で、平均点を上げたからだ。(中略)戦勝図書運動と戦時図書審議会の活動によって、兵士は本を読み、学ぶようになった。そのことが、戦後の兵士の人生を豊かなものにした。
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単行本p.242、245


 戦場における心だけでなく、戦後の生活をも支えた兵隊文庫。読書習慣を身につけることで、どれほど人生が豊かになるかを、復員兵たちは示してみせたのです。これこそ真の勝利というものではないでしょうか。


 というわけで、本に対する敬意に満ちた歴史書です。読書好きなら、きっと誰もが深い感動を覚えるはず。砲弾の雨が降り注ぐなか、塹壕の底で泥水につかりながら、命がけで本を読む。そのような真剣さで読書したことが自分にはあるだろうか。自らの読書姿勢を正したくなる、そんな一冊です。



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