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『ギケイキ 千年の流転』(町田康) [読書(小説・詩)]


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私は小さきものです。幼きものです。寄る辺なきものです。けれども速いです。猛烈に速いです。私は努力して速くなったのです。私はどんなところにでも現れることができます。私は遍在です。私の努力は人間の限界を超えていました。なぜそんなことが可能だったか。それは私は私なりに説明できますが、それは多分に文学的です。すればするほど説明と言うより弁明になっていくでしょう。
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Kindle版No.914


 シリーズ“町田康を読む!”第53回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、室町時代初期に成立したという軍記物『義経記』の巻1から巻3までを、義経はんご本人が、活き活きとした言葉を駆使したぶっちぎり現代文学として語り直してくれるギケイキパンク長篇。単行本(河出書房新社)出版は2016年5月、Kindle版配信は2016年5月。


 いわゆる義経伝説を確立させたことで名高い『義経記』。無教養なので“ヨシツネキ”と読むのだとばかり思っていたのですが、実は“ギケイキ”が正しい読みなんだそうです。そして今、『ギケイキ』。タイトルからして原典に忠実。話の展開も原典に忠実。語りは現代文学。義経はんご本人が、平成を生きる私たちのために、非常に分かりやすい言葉で自身の人生を語りまくってくれます。あおりまくってくれます。


 どのくらい分かりやすいかというと、例えば、地名は「千葉県」「岡山県」といった具合に現代のものになっていますし、細かい場所の説明はこんな感じ。


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 ってことで私は今若の兄さんの阿野庄のお宅にお邪魔した。阿野庄というのは、いまも言うとおり沼津の辺で、つい先日、偶然、通りかかって、あっ。ここだった。と、八百四十年前のことを思い出した。ハックドラッグとか、なんか変なラーメン屋とかはできてるけど、あの辺、あんま変わってない。
 今若さんの家はいまで言うと国道一号の原東町の交差点から県道一六五号に入り、県道二二号、通称・根方街道にぶつかって、左に曲がってちょっと行ったあたりにあった。
「いやあ、どうもどうも」
「どうもどうもどうもどうも」
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Kindle版No.862


 登場人物の紹介はこんな感じ。


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 そんなこんなで京都に着いたのだが、とりあえずどこかに落ち着かんとあかんね、ちゅうことで、山科の知人のところに行った。
 というとその知人って誰? と多くの人がすぐ問うだろうが、申し訳ない、言えない。なぜ言えないかというと、その末裔がいまもって京都に住んでいるからだ。というと、ナール。ここで実名を出すとその人たちが迷惑するんだね。という人があらっしゃるだろうがそうではない。実は私はその人たちを極度に嫌っており、ここで実名を出すことによってその人たちが、「ほーらね、私たちは、かの有名なギケイキに名前が載るほど有名で由緒正しい家系なのよ」と鼻をふくらませて誇るのがむかつくから敢えて名前を出さない。おほほ。ざまあみろ。ぼけが。
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Kindle版No.1708


 しかし、何といっても素晴らしいのは、声がそのまま聞こえてくるような、臨場感たっぷりの会話でしょう。


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「だから、近頃、なにかと噂の、源氏のあの人ですよ。左馬頭殿の息子に決まってるじゃないですか」
「あの、謀叛を企ててるという?」
「そうですよ。すっげぇ、すっげぇ。本物の源氏の大将ですよ。ナマ源氏ですよ」
「バカな男だな。鼻血出てるじゃないか。そのナマ源氏がなんの用でオレのところに来たんだよ。こっちには用はないよ」
「ところが向こうにはあるんですよ。なんの用、って決まってるじゃありませんか。謀叛ですよ、謀叛。それであなたのところに来たんですよ。なんで、って、あなたに味方になって貰おうと思って来たんですよ。怖っ。ああ、怖っ」
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Kindle版No.1802


 手に汗握る対決シーン。


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「じゃあ、リーダー。洞に向かって怒鳴ってください」
「おお。いま呼ぶわい。呼ぶけどあれやなあ、なかにもしそいつがおったらええけど、もしおれへんかったら儂、アホみたいやな。こんな凶悪な恰好して、だーれもおれへん木ぃに向かってアホンダラとか言うてんねんもんなあ」
「まあ、そう言わんと怒鳴ってください」
「わかった。ほんだら怒鳴るでぇ。おいっ、こらあっ。落ち目の源氏のヘタレ、来とるやろ。来てんねやったら隠れてんと出てこんかい、あほんだらっ」
「じゃかましわいっ。おどれが湛海かっ。殺したら、ぼけっ」
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Kindle版No.2210


 心の葛藤と超克、繊細な心理描写。


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 初めのうちは、情けない思いが優勢であった。情けない思いは強い気持ちを見て爆笑し、「ぶっ細工のくせに、なにが、高貴の血ぃじゃ。近所に高須クリニックなかったんか」などと言った。言われた強い気持ちは激しく傷つき、額がぱっくり割れた。情けない思いはその割れた額をスパナで無慈悲に打った。強い気持ちはもんどり打って倒れた。そこへ、情けない思いが、膝を落としてきた。ところが、強い気持ちはすんでのところでこれを躱した。その結果、情けない思いは膝を激しく打ち付け、のたうち回って痛がった。強い気持ちは、「なめとったらあかんど、この、ど庶民があっ。確定申告はお早めにー」と絶叫しながら、その後頭部を蹴りつけた。情けない思いは血反吐を吐きながら俯せに倒れた。後はもう一方的であった。
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Kindle版No.2979


 そして政治。


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「定刻までまだちょっと時間がありますが全員揃いましたので会議を始めさせて頂きます。ええっと、まず、お手元の資料にあります、議案1、熊野別当弁聖による姫君拉致問題とこれにかかわる熊野攻略問題、でありますが、これについて事務局から説明させます。おいっ、事務局、説明して」
「はいっ。ええ、事務局の、ハセベ、と申します。本日はよろしくお願いします。いま、左大臣様よりお話のありました、議案1、熊野別当弁聖による姫君拉致問題とこれにかかわる熊野攻略問題について私の方からご説明申し上げます」
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Kindle版No.2546


 謀略。


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 そしてなにより効いたのが呟き作戦で、恰も呟きのごとき短い文章を紙に書き、これを町や村の至るところに貼って歩くのである。
 どんなかというと、「@shugyosha 書写山の学頭って菊門のことしか考えてないよね」とか、「@shugyosha 修行者の人は書写山だけは行かない方がいいよ。書写山は修行者を使い捨てにするブラックテンプルだよ」とか、「@shugyosha 知り合いの彼女が昨日、自殺しました。戒円って人にレイプされたそうです」とか、「@shugyosha 書写山の本尊ってパチモンらしいね。張りぼて」といったようなことを書いた紙を貼って歩くのである。
 そして、そんなことを人々が容易に信じたのか、というと、人々はこれを呆れるほど簡単に信じ、「おい、知ってるか。書写山の坊主って毎晩、酒飲んで麻薬吸うて乱交パーティーしとおるらしいど」「ほんまかいな」「ほんまやがな」って感じで噂が広がっていった。
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Kindle版No.3272


 そしてロマンス。


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「ねぇ、姫君」
「なに」
「その開け放した戸から見える夜空をごらん。お星が、うんとうんと綺麗だよ」
「あっ、本当だ。本当に綺麗だ。ねぇ、クロクロ様」
「なんだい、姫君ちゃん」
「あそこでふたーつ、くっついて光ってるお星様があるでしょ。あれって私とクロクロ様みたいじゃない?」
「え、見えないよ」
「え、なんでなんでなんで、あそこで、ほら、すっげぇ、光ってるじゃん」
「ぜんぜん見えないよ」
「ええええっ、なーんで。なんで見えないのー」
「うそうそ。見えてるよ」
「もー、イジワルー」
「ごめんね、怒った?」
「怒ったあ」
「ああ、姫君ちゃんを怒らせてしまった。僕はなんてひどいことをしちゃったんだろう。死のうかな」
「うそ。怒ってない」
「ホントに?」
「ぜんぜん怒ってない」
「ホントに?」
「ホントに」
「好き?」
「好き」
「僕も好き」
「好き好き」
「好き好き好き好き」
「好き好き好き好き好き好き好き」
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Kindle版No.1950


 なぜ書き写そうと思ったのか。


 そういうわけで、それはそれはもうギケイキパンクなのですが、ときおり義経はんがこっちに向かって、思わず、ぎくっ、とするようなことを言い放つMCすごいのです。


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あの頃は神威・神徳、霊異・霊徳、というものが目に見えて実際にあったので、そういう実際的、現実的感覚だった。神仏を祈れば現実の戦いに勝つことができたし、敵がもっと祈れば負けた。
 そして祈りもまた実際的だった。だから権力財力のある奴の祈りには勝てない。金融資本主義とどこが違うの? って感じでしょ。
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Kindle版No.213


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 でもそれって戦場での話でしょ。って、アホか。人の話のなにを聞いているのだ。あの頃、私たちに「日常」なんてなかったのだ。暴力。そして謀略。これをバランスよく用いなければ政治的に殺された。だからみんな死んだんだよ。私も死んだんだよ。
 っていうか、いろんなマイルドなもので擬装されてわかんなくなってるけど私から見ればそれはいまも変わらない。っていうか、擬装されてわかんない分、いまの方がやばいかも知れない。謀略がいよよ激しいのかも知れない。知らない間に精神的に殺されてゾンビみたいになってる。奴隷にされているのに気がつかないで自分は勝ち組だと思ってる。おほほ、いい時代だね。
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Kindle版No.996


 というわけで、打倒平家の旗揚げをした源頼朝のもとへ義経はんが駆けつけるところで本書は終わります。原典でいうと、巻1から巻3まで、だいたい全体の1/3に相当します。ですからあと二冊はギケイキするだろうなー、と。続きが楽しみです。



タグ:町田康
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