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『戦場のコックたち』(深緑野分) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「馬鹿じゃねえのか、謎解き謎解きって……いい加減にしろよ。戦争中だぞ」
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単行本p.204


 第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を戦いぬいた古参兵のなかに、風変わりな男たちがいた。未使用パラシュートを集める理由、消えた粉末卵事件、ドイツ軍の猛攻撃のさなかに起きた密室殺人、戦場をうろつき回る幽霊。死が「日常」である戦場で起きた「非日常」の謎に挑むコック兵たちの姿を通じ、戦争の狂気を描く連作短篇形式のミステリ。単行本(東京創元社)出版は2015年8月、Kindle版配信は2015年8月です。


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 僕らの任務は、隊員に糧食を配り、食材と時間と場所に余裕があるときは調理をし、食中毒にならないよう衛生指導しつつ、仲間たちの胃袋を管理すること。コックと言っても僕は中隊管理部付きだから、戦闘となれば銃を取り、普通の兵と一緒に前線で戦う。
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単行本p.17


 戦場で起きたささいな謎にコック兵たちのチームが挑むという、意表をついた設定の戦争ミステリです。普通のミステリで殺人が題材になるのは、それが異常で非日常的な事件だから。しかし、戦場ではそれが逆転して、死は日常的なものとなり、むしろ「不必要に思える日常的行動」こそが異常で好奇心を刺激する非日常的な謎となる、という仕掛けには新鮮な驚きがあります。

 前半はマッシュ風の戦場ユーモアミステリという印象ですが、後半になると戦場の悲惨さと狂気がクローズアップされ、読者が好感を持っていた登場人物があっさり死んだり心を病んだりして潰れてゆく様に胸が痛みます。物語が(そして戦況が)進むにつれて、それまでとれていた戦争とミステリのバランスが坂道を転がるように崩れてゆく手際も見事で、読者の涙腺もゆるむ劇的な展開に。

 全体は5つの章から構成されており、連作短篇形式の長篇ミステリということになります。


「第一章 ノルマンディ降下作戦」
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「ねえ、昼間も考えてたんだけど、あのパラシュートは、何に使うんだろうね? みんなはどう思う?」
 怪訝な顔をしたスパークとブライアンは、ライナスの奇行を知らないらしい。そこで僕は説明してやった。ライナスが予備のパラシュートを集めていたこと、譲ってくれた奴にはシードルを礼として渡していること、それから、どうしてこんなことをしているのか訊いてもはぐらかされたこと。
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単行本p.50

 ノルマンディ上陸作戦。ドイツ軍占領下にあるフランスへ強襲降下した連合軍パラシュート歩兵連隊の一員であるコック兵たちは、ごくささいな謎に気づく。戦場で未使用パラシュートを集めている仲間。彼はなぜそんなことをしているのか。ドイツ軍に包囲され熾烈な戦いを繰り広げている間も、人は食べなければならないし、謎があれば考えてしまう。むしろ自分の死について考えないために、彼らはこの小さな謎解きに挑むのだった。


「第二章 軍隊は胃袋で行進する」
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「何箱盗まれたんだ?」
「聞いて驚け、6600ポンド(約3トン)だ。箱数にして600箱が消失した」
「6600ポンドだって?」
 ディエゴが口笛を吹いた。
「すげえな、卵を食わないと死んじまう手品師でも現れたか?」
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単行本p.97

 前線に送られてきた補給物資が大量に消えるという事件が発生。消えたのは乾燥粉末卵ばかり600箱。とても食えたものじゃないゲロまず食材が消えたことをむしろ喜びつつも、コック兵たちは首をひねることに。誰が何の目的で、あんなクソを大量に盗んだのか。しかも見張りに気づかれることなく。


「第三章 ミソサザイと鷲」
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「アレン分隊長、ヤンセン夫妻の両手は、どちらも祈るように握られていたんです」
 何だって? 他のみんなもどよめいた――妻だけならば、夫が撃ったあとに両手を組んで握らせたのだと思う。しかし本人までとなると、こめかみを撃ち抜いた後、祈りのポーズをする余裕があったということになってしまう。あり得ない。
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単行本p.167

 マーケット・ガーデン作戦。地獄のハイウェイ。ドイツ軍の戦車と狙撃兵によって次々と命を落としてゆく仲間たち。そして拠点にしていた民家の地下室で撃たれた夫婦。もし他殺であれば、犯人は厳重な見張りを潜り抜けて密室に出入りしたことになる。ドイツ軍のスパイか、それとも裏切りか。銃声と砲撃、迫り来る戦車のキャタピラ音が響きわたるなか、彼らは謎に挑む他なかった。


「第四章 幽霊たち」
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「ああ。昨夜コロンネッロと会ったのは君だね? おそらく何かの誤解があったんだ。君が会ったのは別の人物だよ」
「なぜです? 確かに暗かったので顔は見ていませんが、はっきりと名乗られました」
 すると先任軍曹は深々と溜息をつき、静かだがはっきりと言った。
「だがそれはあり得ないんだ。コロンネッロは、二十二日に死んだから」
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単行本p.248

 バルジの戦い。凄惨な塹壕戦のさなか、兵士たちの間に噂が広まる。殺された兵士の幽霊が森の中を歩きまわっていると。夜中に響く謎の怪音。何日も前に死んだはずの兵士が目撃され、姿なき襲撃者に襲われ重傷を負う兵士が続出する。死屍累々となった血染めの雪原でいったい何が起きているのか。戦争の狂気が彼らを蝕んでゆく。


「第五章 戦いの終わり」
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 その様子を見て僕の頭にひとつの考えが浮かんだ。その考えは閃くなり、あっという間にはっきりとした輪郭を持った。これまでの出来事が、まるでパズルのピースのように繋がる。
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単行本p.285

 ドレスデン爆撃。ホロコースト。飢餓、虐殺、民間人同士の殺し合い。憎悪と狂気と血に塗り潰された地獄のなかで、語り手はついに一つの真実に辿り着く。ノルマンディに降下してから今日まで、ずっと目の前にあったのに気づかなかった恐ろしい秘密。彼は最後の任務に取りかかる。誰から命令されたのでもなく、誰を殺すのでもなく、ただ友人を助ける、そのためだけにすべてをかけるのだ。

 そして戦争が終わる。だが、人生はまだ終わらない。


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 さて、どうやって生きる? これだけ巨大な動乱が起きた後、世界はどこへ転がっていくのか? 日々の平凡な暮らしに戻っていけるのだろうか?
 憎しみの渦も、飢えに苦しむ顔も、友人の死も見て、僕ら自身の手は血で汚れ、殺し尽くしておいて。
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単行本p.278


 凄惨な物語ですが、意外にも読後感は爽やかめなので安心して下さい。



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