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『ネットロア ウェブ時代の「ハナシ」の伝承』(伊藤龍平) [読書(オカルト)]


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 一般的に「ネットロア」という語からイメージされるのは、ネット上で生まれた説話だろう。本書で扱う例でいえば、「くねくね」や「八尺様」「南極のニンゲン」などがそうである。しかし、本書ではそれに加えて、口承・書承の説話が源の話であっても、ネット上で流通しているものはすべて「ネットロア」と呼ぼうと思う。もとが書承説話であっても、口頭で流通していれば口承説話と目されるのと同じ理屈である。
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単行本p.15


 くねくね、八尺様、南極のニンゲン、探偵!ナイトスクープの封印回、杉沢村。ネットで流布する現代説話「ネットロア」、そしてその伝播媒体である「電承体」は、従来の地域共同体ベースの口承説話・書承説話と比べてどのような特性を持っているのだろうか。電承説話という、現代におけるハナシの伝播に関する研究書。単行本(青弓社)出版は2016年2月です。


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 おそらく、ネットロアを本格的に論じるのは本書が最初になるのではないかと思う。とかく新しいことに取り組もうとすると反発や戸惑いを招くこともあるが、いま・ここの説話伝承について考えるうえで、インターネットの存在を抜きにすることはできない。(中略)将来的には、口承・書承・電承の三ジャンルを往還する研究が説話研究の中核を担うようになると予想されるし、また、そうならなければいけないとも思う。
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単行本p.16、37


 台湾における説話伝承を追った『現代台湾鬼譚 海を渡った「学校の怪談」』の著者によるネットロア(電承説話)の研究書。ちなみに前作の紹介はこちら。


  2014年02月06日の日記
  『現代台湾鬼譚 海を渡った「学校の怪談」』(伊藤龍平、謝佳静)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-02-06


 ネットを媒体として伝承される説話=ネットロア。それは口頭や書籍による伝播と比べて、単に速度や規模の違いだけでなく、様々な意味で従来なかった新しい特性を備えていることが分かる一冊です。全体は7つの章から構成されています。


「第1章 ネットロア「くねくね」と電承体について」
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「くねくね」の話は、解釈しようという欲求にかられる2ちゃんねらーの潜在意識に作用するのだろう。通常、怪異は解釈されることによって非日常から日常へ変換されるが、「くねくね」の場合、解釈すると発狂するのである。解釈されるのを拒む怪異――それが「くねくね」の怖さであり、この怪談の生命力の強さもそこに由来するのだろう。
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単行本p.36

 まずは2ちゃんねる発祥の怪談「くねくね」を題材に、電承説話という研究対象について紹介します。


「第2章 再び「くねくね」と電承体について」
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「くねくね」を育んだ「2ちゃんねる」にはカテゴリーごとに七百を超える多種多様な「板」があり、それぞれの板のなかにはさらに数十から数百にも及ぶスレが生動している。そのスレの一つ一つが、電承体を生み出すネット空間の世間といえるだろう。口承の説話では見ることができない「世間」が、可視化されたものといえる。
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単行本p.54

 2ちゃんねるログの時系列分析結果をもとに、多様なスレ上で生成消滅を繰り返しているネットロア媒体たる「電承体」の特性を明らかにしてゆきます。


「第3章 『探偵!ナイトスクープ』の「謎のビニールひも」について」
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 各メディアには、媒介可能な領域と不可能な領域がある。先に挙げたような、テレビをテレビたらしめる要素の多くは、文字媒体では伝導されない。「謎のビニールひも」は、その媒介可能な要素を捨象して文字化したときに、怪談としての生命力を保持していたのだ。(中略)この問題について考える際、テレビからネットへとメディアを変えたときに生じる語りの変容に注意を払う必要がある。テレビで媒介可能な領域と不可能な領域、そしてネットで媒介可能な領域と不可能な領域、その間隙に新たなネットロアが生じる可能性もあり、反対に、消滅する可能性もある。
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単行本p.85、86

 テレビで放映された人気番組の特定の回が、あまりにヤバいので封印されたという噂。動画共有サイトが存在しない時代に、他人が確認したくても出来ない「テレビ目撃談」がネットで流布してゆく過程を追い、甚大な影響力を持つ従来メディアとネットとの相互作用から生まれるネットロア、という現象について考察します。


「第4章 「八尺様」とネットの身体について」
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背後にいる八尺様は画面に映されない。動画を見ている受け手はたいがい一人で、視聴時間も夜中が多いはずだ。この点も、意識された作りだと思われる。これを文字電承の八尺様と比較してみると、動画電承の特性がよくわかる。口承説話でも書承説話でも不可能だった体験を一人称として受け手に放り投げることが、電承説話では可能なのだ。(中略)そして、「怪異の見える風景」を「怪異の風景」に見せるために、八尺様動画の送り手は受け手の身体を想定して技巧を凝らした。
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単行本p.110

 受け手に「怪異を疑似体験させる」ことを可能にした電承説話を取り上げ、ネットにアクセスしているときの身体意識が伝承媒体の一部として機能する、という新たな特性を明らかにしてゆきます。


「第5章 鳥居みゆきの黒い笑いについて」
「第6章 『あまちゃん』がいる「郷土」について」
「第7章 「南極のニンゲン」とネット時代の「秘境」について」
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デジタル・ネイティブ以降の世代が抱く奇妙な全能感は、ネットへの幻想によって生み出されている。すなわち、検索することで森羅万象、あらゆるものにたどり着けるはずだという感覚である。ならば、検索でたどり着けない場所こそが、ネット時代の「秘境」といえるのではないか、ということになる。
 ネットロアのなかには享受者が検索して話を探し続けることを前提としたものがあるが、それなどはネット上の「秘境」を活用しているといえる。
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単行本p.179

 杉沢村、鮫島事件、きらさぎ駅、そして南極のニンゲン。かつて謎の怪物が棲息し奇怪な事件が起きる場所だった「秘境」が、今ではネット内に移動し、そこに辿り着こうとする人々が検索を繰り返すことで新たなネットロアが生まれ、拡散してゆく。芸人、ドラマ、怪生物など幅広いトピックをもとに、実際の土地とは異なるネット空間内「秘境」と一体化したネットロアの特性を考察してゆきます。



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