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『SFマガジン2016年6月号 特集:やくしまるえつこのSF世界』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2016年6月号は、やくしまるえつこ特集に加えて松永天馬さんの新作も掲載され、相対性理論やアーバンギャルドのファンにもお勧めの一冊となりました。


『月の合わせ鏡』(早瀬耕)
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鏡の中に現在を見ることはできない。光にも速度があるので、鏡像は過去である。
もしも月に鏡があったら、そこに映るのはいつの自分だろう
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SFマガジン2016年6月号p.77

 有機素子コンピュータによって作り出された「合わせ鏡」。多数並べられた「仮想スローガラス」により可視化され、画面のなかに同居する過去と現在。過去が現在を規定するのか、それとも現在が過去を作るのか。時間の可視化に触発された「意識と時間の関係」に関する思索は、やがて思いがけない転換に至る。

 SFマガジン2016年2月号に掲載された『有機素子板の中』(早瀬耕)のストレートな続篇で、どうやら連作になるようです。前回はチューリングテスト、今回は受動意識仮説というSF直球テーマを扱いながら、一般小説のように読めるところがポイント。


『双極人間は同情を嫌う』(上遠野浩平)
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「ムビョウは、他人に褒められるのが嫌いなんだよ」
「私はあいつの弱みが知りたいのよ。あいつが嫌がることをしたいの」
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SFマガジン2016年6月号p.234

 製造人間ウトセラ・ムビョウと同居する少年が出会った奇妙な二人の少女。ウトセラは彼女らを食事会に招待するが……。微妙に噛み合わない会話、背景としての銃撃戦や爆撃という、おなじみのシリーズ第三弾。


『牡蠣の惑星』(松永天馬)
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学校は秋葉原の地下に開く。秋葉原は東京の眼球だからね。見られることに特化した街。視覚だけがやたらと発達して嗅覚や味覚や触覚がほとんど麻痺した我々二十一世紀人を象徴する街。聴覚は爆音でトッカータとフーガニ短調が流れているせいでぶっ壊れているしね。そこで君たちがやるべきは二次元を三次元に変えることなんだ。立体化させることなんだよ。
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SFマガジン2016年6月号p.314

 先生に拉致監禁された少女は、日常系アニメ三次元化のための「学校」に通うことに。そこは秋葉原の地下、少女の殻のなかにあるつるっとした剥き身に触れたい小人さんが集う牡蠣の惑星。アーバンギャルド全開の濃密少女小説。


『天地がひっくり返った日』(トマス・オルディ・フーヴェルト、鈴木潤:翻訳)
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きのう目覚めたときには、この腕のなかにきみがいた。ぼくはきみの胸のあいだに、きみの心臓がある場所にそっとくちづけをした。きみはまだぼくのものだった。なのにいまぼくは、世界という船の底から下ろされた錨みたいにぶら下がっている。船はもう動こうとしない。
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SFマガジン2016年6月号p.325

 失恋の翌日、天地がひっくり返ってしまった。文字通り。地面は頭の上にあり、足元には無限の彼方まで広がる虚空。彼女が残していった金魚を届けるために、ぼくは命がけの冒険に出る。世界が終わってしまっても、どうしてもきみに会いたいんだ。

 「君がいなくなって世界は何もかもひっくり返ってしまった」というありがちな言いぐさをそのまま書いた短篇。重力の向きが逆転し、空に向かって落ちてゆく人々。しんみり切ない読後感を残す短篇。


『失踪した旭涯人花嫁の謎』(アリエット・ドボダール、小川隆:翻訳)
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 アメリカ人で旭涯にいるということは――本物のアメリカ人という意味だ、教会にいくプロテスタントであって、道教や仏教に改宗したような手合いではない――自分の力でやっていかなければならないということだ。どんな会社からも雇ってもらえない。部屋を貸してくれる数少ない家主はとんでもない家賃をふっかけてくる。やっていくのはたいへんだった――だから、分別には目をつむって何嬋李の事件を引き受けたのだ。
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SFマガジン2016年6月号p.342

 わけありでアメリカからロッキー山脈を越えて旭涯(中国)に逃げてきた探偵が、失踪した花嫁を探してほしいという依頼を受ける。背後にちらつく犯罪組織の影。彼は娘の足取りを追って大メヒカ(インカ帝国)に向かうことになるが……。

 SFマガジン2012年7月号に掲載された『奇跡の時代、驚異の時代』(アリエット・ドボダール)と同じく、北米大陸が米国・中国・インカ帝国の三国に分かれた歴史改変世界を舞台にしたシリーズの一篇。


タグ:SFマガジン
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