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『八月の暑さのなかで』(金原瑞人:編集・翻訳、佐竹美保:イラスト) [読書(小説・詩)]


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 ずっとずっと、こんな短編集を作りたくてしょうがなかった。
 そう、『ホラー短編集』だ。(中略)
 ひと言でいってしまえば、怖い物語を集めた本だ。
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単行本p.247


 海外の名作ホラー短篇から選ばれた傑作13篇を収録した、対象年齢「中学以上」の岩波少年文庫。すべて新訳。単行本(岩波書店)出版は2010年7月です。


[収録作品]

『こまっちゃった』(エドガー・アラン・ポー)
『八月の暑さのなかで』(W・F・ハーヴィー)
『開け放たれた窓』(サキ)
『ブライトンへいく途中で』(リチャード・ミドルトン)
『谷の幽霊』(ロード・ダンセイニ)
『顔』(レノックス・ロビンスン)
『もどってきたソフィ・メイソン』(E・M・デラフィールド)
『後ろから声が』(フレドリック・ブラウン)
『ポドロ島』(L・P・ハートリー)
『十三階』(フランク・グルーバー)
『お願い』(ロアルド・ダール)
『だれかが呼んだ』(ジェイムズ・レイヴァー)
『ハリー』(ローズマリー・ティンパリ)


『こまっちゃった』(エドガー・アラン・ポー)
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ポーは短編の名手だ。(中略)けど、もちろん駄作もある。この本の一番はじめにのっけたこの短編なんか、そのいい例だ。
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単行本p.249

 いきなり駄作と断言した上で、強引に「翻案」してしまう金原瑞人さんのちからわざ。本書でしか読めないであろう一篇。


『八月の暑さのなかで』(W・F・ハーヴィー)
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 もう十一時を過ぎた。あと一時間もすればここを出ていける。
 しかしそれにしても、この暑さは耐えがたい。
 頭がおかしくなりそうだ。
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単行本p.33

 ある画家が出会った石工。彼が彫っている墓石には、まさに自分の名前が刻まれていた……。具体的に怖いことは何も起こらず、ひたすら予感だけで読者の不安をかきたてる名作。


『開け放たれた窓』(サキ)
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ときどき、こんな静かでおだやかな晩、ぞくっとすることがあるの。三人があの窓からもどってくるんじゃないかって……
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単行本p.40

 一人の少女が語る不気味な幽霊譚。そのとき、開け放たれた窓から、いるはずのない人影が近づいてくるのが見えて……。サキの代表作の一つ。いつ読んでもその巧みなプロットに感心させられます。


『ブライトンへいく途中で』(リチャード・ミドルトン)
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おじさんはまだ先までいったことはないと思うけど、すぐにわかるよ。ぼくたちはみんな死んでるんだから。この道を歩いてる人間はみんなそうなんだ。みんな疲れきっているけど、ここから逃げられない。
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単行本p.52

 雪道を歩き続ける失業者が、謎めいた少年と出会う。この少年は幽霊なのではないかと思えて怖くなりますが、読み終えたとき、そもそも私たちは生きているのか、みんな死んでるも同然の人生をおくっているのではないかという、もっと怖い考えがわいてきます。


『谷の幽霊』(ロード・ダンセイニ)
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わたしはたえがたい孤独に襲われた。話す相手もなく、目の前にそそり立つ霧の柱もまたわたしと同じくらい孤独そうだった。わたしはつい話しかけたくなった。そのとき、頭の中に奇妙な考えが生まれた。話しかければいいじゃないか。だれもきいている人はいないし、答えてもらわなくてもいいんだから。
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単行本p.57

 散歩中に幽霊と出会った老人。しかし同じく年寄りの幽霊は「昔は良かった」式の愚痴を口にするばかり。物悲しさ、孤独感、そして依怙地なユーモアがまぜこぜになった奇妙な一篇。若い頃はラスト一行が滑稽だったのですが、今や悲哀を感じる歳になりました。


『顔』(レノックス・ロビンスン)
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風の強い冬の夜で、太陽は沈んで、青白い三日月が出ていた。あの顔がこのときほどはっきりと、美しくみえたことはなかった。母親の棺に土をかぶせたとき、ジェリーは悲しくてたまらなかったけれど、いまはおだやかな満ち足りた気持ちだった。もう、この顔以外にいとしいものは何もないのだ。この顔にならぶものはない。ありったけの愛を注ぐことができる。
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単行本p.67

 誰も近寄らない湖。湖面に浮かぶ女の顔。とり憑かれたようにその顔を眺め続ける男。ある日、顔はゆっくりと目を開く……。幻想小説の傑作で、日本でいうなら雪おんな系の怪談ですが、怖いというより儚さが心にしみる一篇です。


『もどってきたソフィ・メイソン』(E・M・デラフィールド)
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わたしがぞっとしたのは、かわいそうな女の子の幽霊をみたからではないのです。しかし、あのときほど恐ろしい思いをしたことはほかに一度もありません。
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単行本p.102

 かつて少女を殺して逃げた男。今や成功して成り金となった彼が、現場近くの屋敷に戻ってきた。その晩、テーブルを囲んだ関係者たちが見たものとは……。本当に怖いのは幽霊ではなくて人の心、というテーマの作品で、個人的にはいつも山岸凉子さんの『あやかしの館』を思い出すのです。


『後ろから声が』(フレドリック・ブラウン)
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トニー・グロースの話をこれからしようと思う。彼は、呪われた森に踏み入った農夫のように、後ろから声をかけられた。しかしそれは悪魔じゃなかった。いや、もしかしたら……?
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単行本p.109

 サーカスの砲弾男トニーは、痴話喧嘩の挙げ句すべてを捨てて逃げる決意をする。だけど、ただ一言でいいから、愛する彼女が自分に声をかけてくれさえすれば、そうすればやり直せるのに。男女のすれ違いをドラマチックに描き出し、都会の孤独と絶望を浮かび上がらせる切ない作品。ブラウンはSF系の馬鹿短編が最高ですが(個人的見解)、感傷的なミステリ・サスペンス系の短篇も好きです。


『ポドロ島』(L・P・ハートリー)
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まだ猫のことが頭を離れないらしい。生き物をいじめる喜びにとりつかれたようにみえた。ぼくはポドロ島にこなければよかったと思い始めていた。ここにきて後悔したのはこれが初めてじゃなかった。
「ねえ」アンジェラがふいに話しかけてきた。「今度つかまえられなかったら、殺しちゃおうかしら。浜辺の石を投げつけてやれば、簡単に死んじゃうわよね」
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単行本p.135

 悪い噂がたえないポドロ島に、美しい娘といっしょにやってきた語り手。彼女は飢えた子猫を見つけて保護しようとするが、なかなかつかまらない。やがてこのまま放置するのは可哀相だから殺してあげなきゃ、と言い出し、執拗に猫を追いかけて島の奥に入り込んでゆく……。「信頼できない語り手」の技法を駆使した、不気味で忘れがたい読後感を残す作品。


『十三階』(フランク・グルーバー)
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 返事はない。こだまも返ってこない。ジャヴリンはまた立ち止まった。右をみて、左をみて、あたりをみまわして、それから自分のやってきたほうをふり向く。だれもいない。
 ふいに、店内が妙に寒いのに気がついた。
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単行本p.158

 百貨店に出かけた主人公は、十三階の売り場で美しい娘に出会う。デートの申し出をすっぽかされた彼は、翌朝、もう一度百貨店に出向くのだが、当店には十三階は存在しないと言われるのだった。トワイライトゾーン迷い込み系の怪談。


『お願い』(ロアルド・ダール)
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 男の子は立ち上がって、色あざやかな死の絨毯をよくみようと階段をのぼってみた。いけるかなあ。黄色のところ、あんなに少しでだいじょうぶかなあ。やるんなら真剣にやらなくちゃ。失敗すると死んじゃうんだから。
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単行本p.192

 絨毯の黄色いところだけ踏んでドアまで辿り着けたら助かるけど、赤や黒を踏んだら死んでしまうんだ。幼い子供の謎挑戦(横断歩道の黒いところにはサメがうようよとか)を臨場感たっぷりに描いたサスペンス作品。


『だれかが呼んだ』(ジェイムズ・レイヴァー)
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ええ、そのとおりです。幽霊の出没する部屋は、その家でもっともいい部屋と相場が決まっています。ですから、その部屋をご用意しておいたのです。もう少しコーヒーをいかがですか? それともリキュールでも?
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単行本p.201

 幽霊屋敷で一晩すごすことになった一行。出る、といわれる部屋に泊まった女性が体験した恐ろしい出来事とは。読者を怖がらせておいてから、タネあかし、その上で「しかし待てよ、じゃあいったい誰が……」式で背後から膝を狙ってくる洒落た作品。


『ハリー』(ローズマリー・ティンパリ)
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 あれからもう何年もたつ。でも、わたしは恐怖におびえながら生きている。
 こんな、なんでもないものが恐ろしい。日射し、芝生に落ちたくっきりした影。白いバラ。赤毛の子ども。それから名前――ハリー。どこにでもある名前なのに。
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単行本p.244

 施設から引き取った幼い娘が、「空想の友だち」と熱心に話している。友だちの名前はハリー。ときどき、白いバラのしげみからちらりと赤毛が見えたり、芝生に影が落ちたりする。母親は不安にかられるが、夫はとりあってくれない。孤立無援で脅える母親の心境、ハリーをめぐる真相の恐ろしさ、ラスト近くの衝撃的展開など、いつ読んでも強く胸に迫り来る忘れがたい名作。



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