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『叛逆航路』(アン・レッキー、赤尾秀子:翻訳) [読書(SF)]


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その瞬間が来たとわかった。二十年のあいだ宙に浮かんだままだったオーメンが落ちてきて、わたしに――そしてアナーンダに――散らばった姿を見せてくれる。(中略)恐れと疑念、動揺は消えていく。“静”のオーメンが反転し、“動”となった。“正義”はわたしの前に落ちてくる。確実に。疑う余地なく。
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Kindle版No.5156、5173


 人類が銀河に進出した遠未来。惑星を次々と侵略・併呑して版図を広げてきた専制国家ラドチ。その皇帝によって何もかもを奪われた戦艦AIが、復讐のために舞い戻ってくる。頼りにならない相棒と共に。前代未聞のSF賞七冠に輝く話題作。文庫版(東京創元社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年11月です。


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 現在とはかなり隔たった文化習慣を持つ人類が銀河全域にひろがった遠未来を舞台に、かつて宇宙戦艦のAIだった一人の兵士を中心に、宇宙を揺るがす陰謀と冒険、そして妖しく情熱的な人間関係を濃密に描く。ミリタリーSFやニュー・スペースオペラのアイディアも受け継いだ、新時代のエンターテインメント本格宇宙SFの開幕編。(中略)緻密で複雑な設定によって構築された多彩で奥行きのある世界で、個性的なキャラクターたちによる波瀾万丈の冒険が展開するストレートな娯楽作品だ。
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Kindle版No.6073、6097


 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、英国幻想文学大賞を初めとして、史上最多のSF賞七冠を達成した話題作です。

 銀河に広がった人類文明圏、強大な銀河帝国、愛する者と自分自身の復讐のために皇帝暗殺を誓う一人の兵士。なりゆきで同行することになった頼りない相棒。あらゆる試練を潜り抜け、二人はついに皇帝との謁見の場に立ったが……。

 プロットだけ見ると、銀河帝国版『始皇帝暗殺』というか、『デューン 砂の惑星』リブートというか、とにかく黄金パターンな復讐劇です。


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 アナーンダ・ミアナーイは三千年にわたり、ラドチ圏の絶対的かつ唯一の支配者として君臨してきた。十三の地域にある宮殿それぞれに居住し、侵略・併呑の際はかならずその地に存在した。そんなことができるのは、何千という分身をもっているからだ。そしてそのどれもが遺伝学的に同一で、かつ互いにリンクしている。
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Kindle版No.1525


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わたしは何をしている? どこへ行く気だ? たったひとつの体で、ひとりきりで、一対の目と一対の耳で、いったい何ができるというのだ? アナーンダに盾突くことに何の意味がある? わたしをつくり、わたしを所有し、わたしをはるかに超える力をもったアナーンダに?
 大きく息を吐く。わたしはいずれかならずラドチにもどる。最後は〈トーレンの正義〉にもどるのだ。たとえ命の火が消える間際でも。体がひとつであろうと関係ない。いまはやるべき仕事がある。
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Kindle版No.4018


 この専制国家ラドチの軍事体制を支えているのが、軍艦を制御しているAIソフトにより犠牲者の脳を強制的に上書きすることで、忠実な帝国軍兵士を作り出すテクノロジーです。まあ、要するに「屍者の帝国」。


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ラドチャーイは侵略のたびに住民を――成人の半数だったか?――連れ去っては、生ける屍に変える。そして軍艦のAIの奴隷とし、同胞と戦わせるのだ。
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Kindle版No.306


 語り手もこのようにして作られた兵士。たくさんの身体上で並列動作しているAIであると同時に戦艦の制御プログラムでもあるため、その意識は複数の場所にまたがって存在しています。通信リンクが途絶しない限り(ご想像の通り途絶しますが)、それぞれに自律的に考え動作するたくさんの兵士でありかつ統一された「わたし」であるという自意識の有り様。この同時多地点存在者の視点から描写される回想シーンは非常に印象的です。


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あのときの“わたし”は〈トーレンの正義〉であり、これは艦船そのものと属躰すべてを意味していた。属躰は各自、各任務を遂行するが、かといってわたしは各自、各任務に意識を集中しなくてもよい。しかしそれでも個々の属躰は切り離されることなく、つねに“わたし”なのだ。
 そして十九年後のいま、“わたし”はたったひとつの肉体、たったひとつの脳でしかない。
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Kindle版No.3276


 しかし、ラドチの絶対支配者であるアナーンダによって語り手はほぼすべてを奪われてしまいます。愛する者も、数多くの身体も、戦艦〈トーレンの正義〉も。残されたのはただ一つだけの身体。惨劇をかろうじて生き延びた語り手は、復讐を誓います。いつか必ずアナーンダを暗殺すると。


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 わたしは顔を上げた。箱から、銃から目を離す。十九年にわたる艱難辛苦をのりこえて、ようやくたどりついたもの。わずかな可能性にかけて目指したものが、いま現実のかたちとなってここにある。手をのばせば届くところに。
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Kindle版No.2614


 不死身のアナーンダを倒せる唯一の武器。ついにそれを手に入れた語り手は、ただ一つのチャンスにすべてを賭ける決意をします。誰にも知られず秘かに繰り広げられている、ラドチの「内乱」を利用する。


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 わたしは指令に従おうとした。しかし、自分自身の死から立ち直るあいだ、なんとかラドチにもどろうとしているあいだに、もっとほかにやるべきことがあると思った。わたしはラドチの皇帝に戦いを挑むのだ。そしておそらく、徒労に終わる。アナーンダは気づきすらしないだろう。
(中略)
 しかし。裏で繰り広げられている彼女自身の戦い。表面化することを、ひいてはラドチが大きく混乱することを明らかに避けている。そしておそらく、自分は矛盾のない一個の存在であるという確信が揺らぐことも。では、内部の葛藤がおおやけになったらどうなるだろう? 彼女はそれでもとりつくろうことができるだろうか?
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Kindle版No.4227、4234


 というわけで、展開は非常にゆっくりしており、特に設定や背景がよく分からないまま現在と過去を往復する前半は、けっこう読むのが辛いところがあります。共感できる魅力的な登場人物がほとんどいない(語り手を含めて)というのも苦しい。本書は三部作の第一部だそうで、大きな話の導入部だと思えば、まあそうかという気も。

 むしろ読み所は、文化・宗教・礼儀・社会制度・ジェンダー意識まで詳しく設定されたラドチ文明の存在感や、三人称代名詞に性別を持たないラドチ語によって引き起こされる読み手側のジェンダー意識の攪乱、同時複数存在者による一人称の語りの奇妙な魅力、あるいは『闇の左手』(ル・グィン)よろしく氷雪の惑星をジェンダーフリーな二人が彷徨うシーンなど、細部に凝っているところでしょう。

 ちなみに、付録として「用語解説」と「年表」が付いていますので、先にこちらに目を通して大枠を理解しておいた方が読みやすいかと思います。『デューン 砂の惑星』もそうだったなあ。



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