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『マゴニアへのパスポート』(ジャック・ヴァレ、花田英次郎:翻訳) [読書(オカルト)]

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 こうした話は、いったい何を意味しているのだろうか。宗教的な霊の顕現。妖精信仰。超自然的な力をもつドワーフのような存在についての話。前世紀におけるアメリカでの飛行船の話。そして現代におけるUFOの着陸譚。こういったものの類似性を描き出すことは果たして理にかなったことなのだろうか?
 私は「然り」と強く主張したい。それは「こうした様々な信仰を生み出したメカニズムは、すべて同じものだから」という簡単な理由による。彼らの人間との関係、彼らの人間に及ぼす影響といったものは一貫している。そして、この極めて深遠なるメカニズムを見据えることこそ決定的に重要なことである。
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単行本p.191


 ジョー・シモントンが「宇宙人」からもらったパンケーキには、塩が含まれていなかった。これはいったい何を意味するのだろうか。「円盤搭乗者」と「妖精」との驚くべき類似性に着目し、70年代以降のUFO研究にニューウェーブを巻き起こした伝説的名著、待望の日本語化。私家版発行は、2016年2月です。


  翻訳者によるサポートページ
    http://roguestates.web.fc2.com/

  翻訳者によるブログ
    http://macht.blog.jp/


 ETH(UFOの正体は異星人が乗っている宇宙船だという仮説)を退け、円盤体験を古の妖精伝承と結びつけることでUFO研究に変革をもたらしたジャック・ヴァレの『マゴニアへのパスポート』。半世紀近く前に出版されたにも関わらず、今なお伝説的に語られる一冊です。『定本 何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)では、次のように紹介されていました。


『定本 何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)より
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 西欧の妖精伝承にあっては、人間界と妖精界の間でケーキと水がしばしば交換されるといわれ、それのみならず、一部では妖精は塩を食べないとも伝えられていることを、彼は指摘したのである。シモントンの体験と過去の妖精伝承との類似はあまりにも明らかだった。こういった発見に導かれて、ヴァレは円盤と妖精との関連を論じた『マゴニアへの旅券』を1970年に発表、円盤体験の考察にまったく新たな地平を切り拓いたことはここで特筆しておいていいだろう。
(中略)
論証は粗っぽく資料調査も不十分という欠点はあるにせよ、彼の視点はいわば革命的といってよく、とりわけ欧州の円盤研究界において、ニューウェーブの研究者を輩出させ、ETHを崩壊させる契機となった。しかし、今から振り返ると、彼の研究態度はこのときかなり「やばい」方向に変質したような気がするなあ。
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単行本p.23、133


[参考]
  2013年12月03日の日記
  『定本 何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-12-03


 というわけで、個人的に待ち望んでいた三冊の日本語版オカルト本のひとつ『マゴニアへのパスポート』(ジャック・ヴァレ)が、私家版という形ではありますが、ついに入手可能となりました。労を惜しまず翻訳して下さった訳者に感謝します。とても、とても、嬉しい。

 ちなみに残された二冊、『呪われた者の書』(チャールズ・フォート)の日本語版と、『UFO超地球人説』(ジョン・A・キール)の復刊にも、期待したいところです。他人任せですいません。

 さて、本書はUFO研究にニューウェーブを巻き起こしたことで知られていますが、実際に読んでみると、決して論旨展開が明確で読みやすい本とは言えません。あまたの事例紹介に耽溺するうちに、論旨を見失い、迷走してしまったような箇所も散見されます。

 しかしながら、「円盤搭乗者と、妖精の類は、実は同じものである」というシンプルな主張は一貫しているので、読者が途中で迷子になって途方に暮れてしまうようなことはありません。何より、掲載されているたくさんの事例(その多くがETH派からは無視されがちな、いわゆるハイストレンジ事例!)が読めるのはもう大興奮で、『何空』の円盤パートが気に入った方なら問題なく楽しめることと思います。

 全体は五つの章から構成され、さらに本文と同じくらいのページ数を費やした「補遺」(本書刊行までの百年間に報告された、円盤着陸・搭乗者とのコンタクト事例のリスト)が付いています。


「第1章 パラレルワールドの幻視」
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その生命体はある種とらえどころのない胡散臭い存在であり、論理性やら物理法則やらを無視するようにふるまう。それはあたかも夢の世界、あるいは悪夢の中に出てくる怪物、あるいは我々が子供の頃に思い描く、予想外の行動をとる魔法使いといったものを想起させる。にもかかわらず、完璧に目覚めており、その時点で完全に正常であった目撃者たちの話によれば、彼らの飛行物体は地面に深い痕跡を残していたりする。
 これはいったい何を意味しているのだろう? どうやったら、このように明らかに矛盾しあう事実につじまじを合わせることができるのだろう?
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単行本p.32

 空からやってきた「超越的な種族」との接触という、神話や伝承にしばしば登場するモチーフ。よく考えてみると、それは現代のUFO目撃談や円盤搭乗者とのコンタクトとそっくりではないか、という指摘から本書はスタートします。

 同じ傾向は日本を含む東洋の歴史的記録にも見られ、どうやら西洋文明に特有の傾向というわけではないらしい。歴史を通じてこういった類似事例報告が世界中で記録され続けてきたのだとすると、「妖精遭遇譚は古い迷信だが、異星人とのコンタクト事例は科学的事実」といった主張はいささか信じがたくなってきます。


「第2章 善き人々」
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 米軍の依頼によって行われた分析が、シモントンがもらったパンケーキから検出されたものの中に「塩」を挙げていないことは実に興味深い。ウエンツは、ジェントリーにとても詳しいアイルランド人からこう聞いたという。「彼らは塩分を一切とらず、新鮮な肉と混じりっけなしの水を飲食する」。混じりっけなしの水とは、まさに円盤の乗員たちがシモントンからもらったものである。
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単行本p.37

 本書を一躍有名にした、シモントン事件(イーグル・リヴァー事件)の驚くべき分析。シモントンと「宇宙人」との間で行われた「飲食物の交換」という儀式は、まさに妖精の国からきた食べ物に関する民間伝承と一致する。これは何を意味するのであろうか。

 さらに、円盤着陸痕(ミステリーサークル)と妖精の輪(フェアリー・リング)、動植物のサンプル収集に熱心という「円盤搭乗者」と「妖精」に共通する行動パターン、さらにはともに人間を誘拐する癖があるところなど、豊富な事例とともに、どうやら両者に本質的な違いはなさそうだ、ということを明らかにしてゆきます。


「第3章 秘密の共和国」
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 空飛ぶ円盤や、その搭乗者について今日世界的に広まっている信仰は、より古い時代にあった妖精にまつわる信仰と同質のものである。空飛ぶ円盤の搭乗者として描き出される存在は、中世のエルフ、シルフ、リュタンと区別することができない。未確認飛行物体を目撃することを通して、我々は祖先たちが熟知していて、畏怖とともに見つめていた者どもと関わっているのである――そう、我々は「秘密の共和国」の出来事に頭を突っ込んでいる、というわけなのだ。
 では我々は、妖精とUFOという二つの信仰が本当に同質なものである、とハッキリ言い切ることができるのか。できる、と私は信じている。
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単行本p.77

 「バネ足ジャック」や「モスマン」といった現代の怪人たちと、民間伝承に登場する怪物の類似性を指摘した上で、天空に起きる奇現象、パラレルワールドからやってくる奇妙な存在たち、といった報告は、今も昔も共通しているという結論にたどり着きます。UFOにまつわる報告は、いまここに生まれ出つつある民話なのだ、と。


「第4章 マゴニアからの帰還」
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今までのところ、このようにUFOを合理的に説明しようという試みはずっと失敗してきた。最も人々を惹きつけてきた「UFOは他の惑星からきた探査機である」という説も、この現象が歴史的にみてどのような展開をみせてきたのかを視野に入れてみれば十分な説明とはなりえていない。
(中略)
これは今日までに提案されたすべての仮説に共通するものであるわけだが、UFOとともに現れる者、ならびにその行動についての説明ができていない。いかなる仮説であれ、そうした報告の一部を説明することはできるだろうが、それはその他の大多数の事例を無視した上に成り立つものである。
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単行本p.144、145

 いわゆるエイリアン・アブダクション事例と、妖精による誘拐の類似性を掘り下げてゆきます。時間経過の相対性(短時間滞在したあちらの世界から戻ってくると、こちらでは長い歳月が経過していたというモチーフ)、性的な接触、さらには生殖や異種交配といった側面についても、アブダクションと妖精による拉致には、薄気味悪い類似性があることが指摘されます。


「第5章 永遠の命を持つ幼児たち」
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 UFOについての考察を野放しにしておけば、その結果、扱いやすく無防備な大衆は、ありとあらゆるペテン師たちの犠牲になってしまうことだろう。つまり、我々の社会をぶち壊してしまおうと考えている組織であれば、円盤の神話を巧妙に利用することで社会の土台を堀り崩してしまうことも可能である、ということを私は言いたいのだ。彼らは、すべての「合理主義舎」の賛美を受けつつ、我々をマゴニアへと連れ去っていくことだってできるのだから。
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単行本p.170

 19世紀の米国における飛行船騒動をとりあげ、それが今日のUFOとそっくりであることを指摘。さらに円盤体験の報告が我々の想像力と文化に与えている影響について考察し、やがて「何者かが、UFO体験によって私たちを心理操作しているのではないか」というパラノイア的な陰謀論に近づいてゆきます。

 ジャック・ヴァレは円盤まわりの陰謀論(情報隠蔽疑惑ではなく、少なくとも一部の事例は策略として人為的に起こされたものではないかというセオリー)が好きらしく、それは彼が書いた小説『異星人情報局』(ジャック・ヴァレ、礒部剛喜:翻訳)を読んでも明らか。本書の結論もそういう方向を曖昧に示唆しているようです。


 一読して、円盤搭乗員とのコンタクトと妖精遭遇譚が同じものだという主張には強い説得力を感じるのですが、では同じものだとしてそれは具体的に何なのか、なぜ時代を超えた普遍性があるのか、どうして物理的痕跡を残すことが出来るのか、といった疑問が次々にわいてきます。著者もそういった疑問に踏み込んでゆくと、何とも答えることが出来ず、曖昧で混乱した記述になってしまうようです。

 ようやくETHの泥沼を抜けたと思ったら、さらに大きな困惑に立ちすくんで、一歩も先に進めなくなる。強烈な光に目がくらみ、車のエンジンが停止する。そして時間が跳ぶ。刊行から半世紀近くたったにも関わらず本書がいまだ古びていないという事実も、皮肉なことに、UFO研究の真髄を見せてくれるようです。


「補遺 UFO着陸の1世紀(1868-1968)」
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典型的なUFO報告の枠組みからは逸脱しているけれども注目に値する話――あまりの突拍子のなさの故に、最初は丸ごと否定してしまいたくなるほどの特異なディテールをもつ話を語ってくれる目撃者――しかも平均的な人々の間にあって何ら偏ったところのない人物を見出すことから、真の問題は始まるのだ。
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単行本p.145

 1868年7月「巨大な空飛ぶ構造物の至近距離での目撃(チリ)」から、1968年11月「青い輝きに取り巻かれたレンズ型の物体が野原へ着陸したのを12名が目撃(フランス)」まで、本書刊行までの100年間に報告された総計923件にも及ぶ円盤着陸・搭乗者遭遇事例が並んでいます。日本語ページ数にして158ページ、実に本文と同じくらいの圧倒的な分量。

 内容的にも、ライトを照らしつつ海中を移動する巨大物体、カエル男の出現、怪しい雲にまるごと拉致された軍隊、着陸円盤を見つけてハッチを開けたら無人だった、など、ぞくぞくするような奇天烈事例が並んでいます。もちろんヘンテコ宇宙人遭遇譚として有名な事例もいっぱい。



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