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『「昔はよかった」病』(パオロ・マッツァリーノ) [読書(随筆)]


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 どういうわけか少なからぬ日本人が、日本人の倫理や品性はむかしより劣化したと決めつけてます。 これは自虐ではありません。いまの日本人はむかしよりダメになったと主張するかたがたは、「自分以外の日本人が劣化した」と考えているのですから。
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Kindle版No.150


 近頃の若造ときたら、わがままで根性がない。それにつけても昔は良かった。犯罪も少なく、うるさいクレーマーもいなかったし、何より人情が厚かった。まったく、今の日本人は堕落しておる!
 しかし、それ本当なのでしょうか。調べてみると、実情は全然ちがーう。お馴染みパオロ・マッツァリーノが庶民文化史の捏造をばっさり斬る一冊。新書版(新潮社)出版は2015年7月、Kindle版配信は2016年1月です。


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「古き良き」と対になる常套句が、「むかしはよかった」。2500年前の孔子も口癖だったくらいだから、「むかしはよかった病」は、現実に失望した中高年ホモサピエンスが必ずかかる病なのでしょう。
 庶民文化史の研究者にとって、「むかしはよかった」は鬼門です。その手の美談の裏をとると、多くのケースで矛盾が見つかり、たいていは個人の記憶のほうが無意識に捏造・改竄されていることがわかるからです。
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Kindle版No.26


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悪い話は記憶から都合よく抹消され、良かったことだけが盛りに盛られて記憶に残ります。そういう歪んだフィルターを通していまのよのなかを見るから、悪いことばかりが強調されて見えてしまうのです。
 じつは、もっとも捏造されやすいのは庶民史(庶民文化史)なんです。戦争など大きな歴史は研究者も多いので細かく検証されますが、庶民史については年長者のいいかげんな証言が、検証されることなく広まってしまいがちです。
 史料から客観的に判断すると、むかしの社会もむかしの人間も、ちっともよくなんかありません。いまのほうがずっといい。あるいは、むかしもいまもたいして変わらない。それが歴史の真実です。
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Kindle版No.32


 タイトルの通り、「昔は良かった」と思い込む錯誤を、具体的なデータを元にばっさばっさ斬ってゆく本です。扱われているテーマは、犯罪率、安心安全、クレーマー、人々の絆、熱中症、敬老精神、商店街の賑わい、など多岐にわたります。なかには、コーラやウーロン茶などの普及過程とか、「ハイテンション」という言葉の意味の変遷、といった意外なものもあります。

 文章は辛辣。毒舌も相当なものなので、当事者の皆さん(老人、町内会、商店街の方々など)は腹立たしく感じるかも知れませんが、そこはぐっとこらえて、「いまのほうがずっといい。あるいは、むかしもいまもたいして変わらない」という結論が与えてくれる解放感を味わった方がいいのではないかと思います。


「第1章 ありがた迷惑、火の用心」
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 明治時代から、火の用心や拍子木をありがた迷惑に感じてた日本人は普通に存在しました。これが歴史の真実です。
 現代人がわがままになったのではありません。こらえ性がなくなったわけでもありません。
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Kindle版No.245

 夜回りや防犯パトロールなど火事や犯罪を未然に防ぐ大切な活動に文句をつける自己中心的な人が増えた。けしからん。昔は良かった。……果たしてそうでしょうか?


「第2章 治安のいい日本で暮らせてよかった~!」
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振り込め詐欺なんかにはダマされるはずもない教養あふれるみなさんなら、振り込め詐欺の認知件数は、ここ10年くらいで4分の1に減ってる事実も、当然、ご存じですよね?(中略)被害件数が“激減”した事実は報じずに、被害額の“過去最悪”ばかりを声高に語って恐怖をあおるのは、詐欺まがいの行為なのでは?
(中略)
空き巣・ひったくりから殺人・強盗にいたるまで、ほとんどの犯罪が10年前との比較でも大幅に減ってます。現在の日本の治安は、戦前戦後を通じて“過去最良”といってよい状況にあるのです。
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Kindle版No.280、299、346

 若者の凶悪犯罪のニュースが世を騒がせ、詐欺の被害額は過去最悪だというではないか。これというのも豊かになったせいで道徳心が失われたせいだ。それにつけても昔は良かった。……いやいや、治安はどんどん良くなっているんですよ。


「第3章 長くて短いクレーマーの歴史」
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 戦後、日本人の価値観と家族のありようが変化して、お国のためより家族や自分のためを重視する自己チューが大量発生したことが、近年クレーマーが増えた原因である、とかなんとか、まことしやかな説明をしてるマナー講師やクレーム対応コンサルタントがいますけど、よくそんな見てきたようなウソを平気でつけるもんです。自分だって戦後生まれのくせに。戦前のことなんか調べてもいないくせに。
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Kindle版No.477

 堪え性がないというか、何でも他人に文句をつけるクレーマーが激増しているそうではないか。しかも「クレーマーなんて昔からずっといた」と主張する怪しい自称イタリア人が書いた本まで出ていると聞く。何ともなげかわしいことだ。昔は良かった。ツッコミは略。


「第10章 熱中症時代 戦前編」
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 自分の少年時代には学校の集会で倒れる子なんていなかったと投書者は嘆いてますが、明治時代から、日本中でたくさんのこどもや若者たちが熱中症で倒れてます。気合いや鍛錬は無関係なんですよ。
(中略)
 明治・大正・昭和の新聞にも、日射病・熱射病など、いまでいう熱中症で人が倒れたという記事は普通に存在します。むかしの人が現代人より暑さに強かったってわけじゃなさそうです。
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Kindle版No.1514、1519

 今の子供は甘やかされて育っているせいで軟弱きわまりない。何が熱中症か。冷房がいかんのだ。夏になると子供は外で元気に遊び回っていたもんじゃ。ああ、昔は良かった。以下略。


「第11章 ありのままの敬老の日」
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 戦前は、敬老精神が存在するという集団幻想をみんなで共有していただけ。戦後に失われたのは、敬老精神そのものではなく、それが存在するというタテマエのほうなんです。(中略)老人への不満は、口に出さなかっただけで、むかしからどこの家族も共有していた感情だったと考えるのが自然です。
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Kindle版No.1649、1658


「第13章 注文の多いブラック商店街」
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 デパートを新参者扱いして敵視してきた商店街ですが、自分らのほうがデパートよりもあとに登場してるんです。
 戦前の商店街や個人商店の実情ときたら、かなりヒドいものだったらしい。
(中略)
 商店街の衰退は、いまにはじまった話じゃありません。商店街はそのはじまりから、つねに淘汰の波にさらされてきました。戦前からすでに、商店街の疲弊・衰退が慢性的に叫ばれていたんです。
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Kindle版No.1985、2018


 途中から面倒になって説明を省略しましたが、こんな感じで次々と「歴史(庶民文化史)の真実」が明らかにされてゆきます。世にまかり通っている過去美化言説にうんざりしている方にお勧め。



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