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『スピンクの壺』(町田康) [読書(随筆)]

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「貧乏の子。毎日、洟たれてみっちゃんみちみち。駅弁の高価に驚きて、見上げればおばんのふんどし。女なんてさ、女なんてさ、嫌いさ、詳しくはWEBで! 北海河童のにぎりずし、ベトベトやんかいさ、詳しくはWEBで! 結局、なんでもWEBか? いえいえ、なにしろのろまな小僧なんで。なにしろのろまな小僧なんで」
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単行本p.211


 シリーズ“町田康を読む!”第49回。

 町田康の小説と随筆を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、町田家の飼い犬であるスタンダードプードル犬のスピンクが、家族と日々の暮らしについて大いに語るシリーズ、『スピンク日記』『スピンク合財帖』に続く第三弾。単行本(講談社)出版は2015年10月。

 日記、合財帖ときて、今回は壺。『つるつるの壺』とは関係ありません。いつもの通り、犬のスピンクが飼い主であるポチ(人間名=町田康)や他の家族との生活について語る楽しい連作エッセイです。


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 なにをやっても失敗ばかりしているポチ。バーベキューをして失敗し、レストランに出掛けて失敗し、自宅を購入して失敗し、リフォームをして失敗したポチ。というか、人生そのものが無惨な失敗であるポチ。可哀相なポチ。
 すっかりポチが気の毒になったので私は、元気を出せ、という意味で、ワン、と太い声で吠え、後ろ足で立ちあがって、前脚でポチの胸にドン突きを食らわせてやりました。
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単行本p.24


 『日記』の頃は生後数か月の仔犬だったスピンクも、今や立派な成犬になっています。これまでの人生を振り返って、スピンク談。


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 ありとあらゆる悪事に手を染めました。しかし、そういったヤンチャが許されるのはやはり四歳か、せいぜい四歳半くらいまでです。四歳ちょっと過ぎにそれに気がついた私はそうしたことの一切ときっぱり手を切りました。というと少し違うかな、まあ、いまでもときどき羽目を外すことはないわけではありません。
 しかしやはり、昔のように見境がない訳ではなく、自分で、やばいな、と思ったらやめますし、美徴さんに言われたら即、やめます。ポチの場合はケース・バイ・ケースですけどね、括弧笑。
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単行本p.46


 そんなスピンクとポチの楽しい生活はこんな感じです。


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「熱いのが、熱いのが値打ちなのだ。グラターン料理は。ああ。びばのんのん。ああ。びばのんのん。おまえたちがそうやって廊下でバカのように狂い回っているとき、本来であれば僕には飼い主としてそれをとめる義務がある。ところが僕はこんなバカな格好で固まってしまっていて、それができない。ああ。びばびば。こんなバカなポーズで固まっている無力な僕を許してくれ。ああ、びばのんのん。熱いのが値打ちなのに、熱いのが値打ちなのに、ゆげがてんじょからぽたりとせなかに」
 と言うポチは、興が乗ったのでしょうか。「熱いのが値打ちなのに」と何度も叫び、徐々に歌うような調子になっていきました。私はますます愉快な気持ちになり、ドウッドウッドウッ、と吠えながら走り回りました。シードも同様です。ポチも泣き叫んでいます。
「熱いのが値打ちなのに、熱いのが値打ちなのに、ぽたりとせなかに」
「ドウッ、ドウッ、ドウッ、ドウッ」
「キャンキャン、キャンキャンキャンキャン、キャン、キャンキャンキャンキャン」
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単行本p.106


 能天気にポチに懐いているスピンクですが、町田家にもらわれてくる前にひどい扱いを受けてきたキューティやシードは、彼らをシニカルな目で見ています。スピンクに対して、二匹は次のように語って聞かせるのです。


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私は疎んぜられるのが悲しくて吠えました。したところ殴られ蹴られ、痛いので吠えると、もっと殴られました。そして私はクレートに閉じ込められ放置されました。ご飯も貰えませんでした。散歩にも連れ出して貰えず、ずっとクレートにおりました。お腹が空いて、吠えても誰も来ず、なんだか闇雲な恐ろしさで頭がいっぱいになってなにがなんだかわからなくなりました。でも苦しみと恐ろしさはなくなりませんでした。(中略)大勢の犬が死にました。誰のせいで死んだのでしょうか。
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単行本p.118


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「ほらね。飼い主なんてのはそんなもんなんだよ。結局、僕たちを買ってきて自分の都合のいいときだけ可愛がって都合が悪くなったら殺すんだよ。そして毎日を楽しく生きていくのさ。映画を見たり、外食産業というところに行ったりな。ワイハというところに行く奴もいる。その間、犬は苦しみと悲しみのなかで苦しんでいるんだすよ。ばはははは、そんな飼い主の言うとおりにしてごらんなね。命なんてものは幾つあっても足りませんわ。(中略)あはははははは。あほほほほほほ。君はあの主人・ポチを信用できるのか。あのカッパを。マッハGOGOGOの歌を歌いすぎてクルマを岩にぶつけるような粗忽な男を。朝から晩まで愚にもつかぬたわごとを書き散らし、書きすぎてバカになってしまった男を」
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単行本p.119、122


 というわけで、スピンクだけでなくキューティやシードも語るシリーズ第三弾。犬好きの読者にお勧めです。猫エッセイも続けてほしいです。


タグ:町田康
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