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『書き下ろし日本SFコレクション NOVA+ 屍者たちの帝国』(大森望:編、藤井太洋、津原泰水) [読書(SF)]

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計劃氏が書きたいと願っていた小説のひとつが、言うまでもなく『屍者の帝国』だった。その長編を計劃氏にかわって完成させるつもりだという話を円城氏の口から初めて聞いたのは、その夜、千葉から東京にもどるガラ空きの電車の中でのことだったと思う。たしか、「こうなったら、やるしかないでしょう」みたいなニュアンスだった。目的は、“伊藤計劃の名を語り継ぐこと、その忘却を阻止すること”(円城塔、『屍者の帝国』文庫版あとがきより)。そのために、できることはなんでもしよう。口に出して確認したわけではないけれど、それがその場に居合わせた関係者たちの共通の思いだったし、僕にとっては、その夜が Project Itoh の出発点だった。その延長線上に円城版『屍者の帝国』があり、劇場アニメ「屍者の帝国」があり、本書『屍者たちの帝国』がある。
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文庫版p.376


 伊藤計劃の遺稿を円城塔が書き継いで完成させた『屍者の帝国』。その世界観を共有する8篇の書き下ろし新作短篇を収録した異色のSFアンソロジー。文庫版(河出書房新社)出版は2015年10月です。


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 本書『屍者たちの帝国』は、それらと同じく、伊藤計劃版「屍者の帝国」に記された世界観のもと、新鋭からベテランまでが新作短編を競作する書き下ろしアンソロジーである。いわゆるシェアード・ワールドものってやつですね。一部、長編版の記述に準拠した作品もある。(中略)
 キャリアも活動領域もさまざまな八人の書き手がそれぞれ違う角度から“屍者”にアプローチし、パロディあり、アクションあり、ペーソスあり、哲学あり、バラエティ豊かな八編が誕生した。長編版やアニメ版とは、同じ土から生まれたきょうだいのような関係なので、本書を楽しむために、必ずしもそちらを先に読んでいる/観ている必要はない。
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文庫版p.5、6


[収録作品]

『従卒トム』(藤井太洋)
『小ねずみと童貞と復活した女』(高野史緒)
『神の御名は黙して唱えよ』(仁木稔)
『屍者狩り大佐』(北原尚彦)
『エリス、聞えるか?』(津原泰水)
『石に漱ぎて滅びなば』(山田正紀)
『ジャングルの物語、その他の物語』(坂永雄一)
『海神の裔』(宮部みゆき)
特別インタビュー『屍者の帝国』を完成させて(円城塔)


『従卒トム』(藤井太洋)
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 四十九名は赤黒い血をまき散らして前進し、次弾を装填するサムライたちへ銃剣を突き入れる。
 十九世紀が生んだ最強の兵器、屍兵だ。
 対抗するには、同じように屍兵からなる部隊をぶつけて損耗させ合うしかない。より多くの屍兵を投入できた方が戦争に勝つ。それが米国を二分した内戦で生まれた常識であり、トムが二年前まで嫌というほど目にしてきた現実だ。
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文庫版p.23

 傭兵として四十九名の「部下」と共に日本に派遣されてきた、黒人奴隷出身である米国人のトム。彼は、忌み嫌われる屍兵部隊の指揮官として、部下の練成に熱心に取り組んでいた。いかなる相手をも物量によって容赦なく切り裂いてゆく無敵の部隊。だが、その前に、たった一人のサムライが立ちはだかる。江戸開城前夜の知られざる戦いをえがいた、荒唐無稽にして感動的な作品。


『小ねずみと童貞と復活した女』(高野史緒)
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   けーかほおこく 一  三がつ○にち
 ケルンせんせいがぼくにおこたことおかいておきなさいていった。あとでやくたつからとケルンせん生はいいました。ぼくはレふ・ニコラえビチ・ムイシュキンとう名まえです。
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文庫版p.83

 『カラマーゾフの妹』の著者が、再びドストエフスキーの「続編」に挑む。今度のターゲットは『白痴』。あの事件の後、白痴に戻ったムイシュキン公爵はどうなったのか。その運命が今明らかに。

 実は、開発されたばかりの知能向上薬により、実験動物であるネズミ(名前はアルジャーノン)と共に天才化していたのだった。ドウエル教授の首との共同研究により彼は、ナスターシャを屍者としてではなく、本当に復活させる方法を探し求めていた。だが、答えは意外に簡単なところにあったのだ。そうだ、惑星ソラリスに行けばイイじゃん(以下略)。


『神の御名は黙して唱えよ』(仁木稔)
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ムスリムには屍者を受け入れる用意ができていた。審判の日にはすべての死者が生前そのままの姿で復活する、とコーランに記されているばかりではない。広く浸透した神秘主義は、死者の在りようを理想の生き方とする。生前そのままの姿を保ち、自我意識に悩まされることもないという屍者は、敬虔なムスリムにとって好ましい存在だったのだ。
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文庫版p.136

 自意識を捨て、無我の境地に至ることで神との合一を目指すイスラム神秘主義。その理想は、つまるところ屍者そのものではないだろうか。ロシア辺境で起きたある奇怪な事件により、イスラム神秘主義の修行者が行うズィクルと屍者制御ネクロウェアとの意外な接点が明らかになる。


『屍者狩り大佐』(北原尚彦)
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「しかし」とわたしは言った。「人間以外の動物のクリーチャ化に成功した者は、まだひとりもいないはずだ」
「では、あの虎が第一号ということだな」とバーナビーは、こともなげに言った。
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文庫版p.187

 ワトソンたち一行が日本を訪れる前、インドの寒村で出くわしたのは、ライフルで撃たれても倒れない屍者化された人食い虎だった。誰が、どうやって、そして何のために、そのような恐るべきクリーチャーを作り出したのか。謎を探るうちに、事件の背後にかのモロー博士がいることを突き止めた一行だが……。

 例によって「知られざる事件」です。むろんホームズは登場しませんが、後に著名事件に関わる人々が色々と登場するので要注意。


『エリス、聞えるか?』(津原泰水)
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 林太朗は独逸語で、「エリス、聞こえるか?」
 寺西は顔を上げて振り返り、「聞こえていらっしゃるかと存じます」
 林太朗は泪を堪えるために唇を嚙んだ。それから微笑して、「動かぬ、口もきかぬ嫁との暮しは、どういったものだろうね」
「お小言を聞かずに済みますよ。そのぶん淋しいですけど」
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文庫版p.242

 森林太郎(森鷗外)を追って日本にやってきたエリス。だが、既に彼女は生者ではなかった。『舞姫』のラスト「エリスが生ける屍を抱きて千行の涙を濺ぎしは幾度ぞ」という一行から紡ぎだされた感傷的な一篇。というだけに留まらず、「外部から操作される意識」という伊藤計劃っぽいテーマが、混ぜるな危険、ということに。


『石に漱ぎて滅びなば』(山田正紀)
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漱石は一週間日付をまちがえたのであろうか。だとしたら、わずかに一行だけのことであり、どうして一月二十六日の記述を消さなかったのか。なぜ訂正せずに、わざとのようにそれを残したのであろうか。
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文庫版p.247

 ロンドンの貧民街を巡回して行き倒れの死体を回収してまわる謎の霊柩車。その後を追うは夏目金之助(夏目漱石)たち一行。秘かに倫敦塔に集められた死体は、どのように使われているのであろうか。明治34年1月26日の日記の記述「女皇ノ遺骸、市内ヲ通過ス」という一行から紡ぎだされた奇想天外な一篇。


『ジャングルの物語、その他の物語』(坂永雄一)
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 かつて私は、彼らを勇ましくも恐ろしい生き物に空想した。父はそれを優しい生き物に描きかえた。電灯に照らされた彼らはその二重写しだった。(中略)光と視線を受けた一瞬に、地中の闇のなかで眠る獣たちに父の手による霊素が吹き込まれる。父はまぎれもなく本当の人狼部隊を知っていた。その想像力は正反対の方向を示していたかもしれないが、父もまた彼らの友だったのだ。
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文庫版p.323

 屍者技術により作り出された半人半獣の屍者からなる軍団、人狼部隊。そこから生まれた二つの空想物語が交差する。『フランケンシュタイン』とはまた別の、屍者から生まれた物語についての物語。


『海神の裔』(宮部みゆき)
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「トムさんは海の向こうから来て、古浦村の漁師の骨を拾ってくれた上に、磯の漁場を平らして(元に戻して)くれたんじゃあ。有り難え神様じゃで、丁重にお祀りするのがいちばんええ」
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文庫版p.348

 大戦中に田舎の小さな漁村に流れ着いた一人の屍者。最初はおそれていた村人たちも、次第に彼と親しくなってゆく。活き活きとした方言を駆使して、『屍者の帝国』を日本昔話にしてみせた一篇。


特別インタビュー『屍者の帝国』を完成させて(円城塔)
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──どのようなお気持ちで、「やるしかない」と思われたのでしょうか。
円城 死者が動いてる話じゃなければ、やらなかったです。当人が死んじゃったので、「それは冗談的にも誰かやらなきゃだめだろう」と。SF業界の「人の悪さ」みたいな。業界ごとの冗談の特性ってありますよね。伊藤計劃自身もそういう成分があるわけですが。この「人の悪さ」はなんとかしなきゃ、そんだけ「人の悪い仕事」を受けるのは僕しかいなくない? と。
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文庫版p.359

 円城塔氏へのインタビュー。死者が書き残した原稿を使って、屍者を動かす話を完成させることで、死者を動かし続ける。そこらへんの事情が率直に語られます。基本、悪趣味な冗談。



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