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『金毘羅』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 生まれてまもなく忘れてしまった名前。でも思い出せた。思い出した時には四十を越えていた。だけれども金毘羅は私の中にあった。だから、----。
 金毘羅と呼んだ時それは蘇った。骨の中から、過去の胚から、海底から。
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Kindle版No.349

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 金毘羅になって何か良かった事があるのでしょうか。
 あると思います。私はなぜ自分がここにいるのか判るようになった。なぜ自分が生きにくいのか判るようになった。それで十分です。
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Kindle版No.4149

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第101回。


 我は神、我は幸い、その名は金毘羅、我執をも叶える、鰐と翼の神。

 自らの人生を通じて、権力によって見えなくされた土俗的民間信仰の歴史が、神話が、まつろわぬ個人の祈りが、蘇ってゆく。「私」視点を失わぬまま世界を語る驚異の金毘羅一代記。単行本(集英社)出版は2004年10月、文庫版(河出書房新社)出版は2010年9月、Kindle版配信は2015年2月です。


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 森羅万象は金毘羅になるのだ。金毘羅に食われるのだ。
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Kindle版No.3012


 なぜ自分はこんなに生きにくいのか。そう問い続けてきた作家が、あるとき、ついにその理由を思い出します。自分は人ではなく「金毘羅」だったのだ。生まれた時から、ずっと。


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 いきなり出てきた上にさっきからそのまま平然と説明なしでずっと言ってるけど、そうです、私は金毘羅です。(中略)

 金毘羅というこの名を覚えてください。信じてください。そのうちに金毘羅の正体が知れてきます。なんと言ったってこれは金毘羅の関係者による金毘羅一代記なのですから。
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Kindle版No.234、249


 金毘羅。それはいったいどんな神でしょう。例えば、日本神話のどこら辺に位置づけられていますか。


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国家は一番偉い強い神を権力者の神にしておきたがる。というか権力者の神が偉い神なのだ。それ以外の神は消されてしまう。或いは妖怪化したり性神になってたり、神様らしくない外見にされたり見えなくされる。そして政府は一番偉い神に国家鎮護とか税金取り立てとかそういう事しか頼めないようにする。だけど庶民にだって、ね、神が必要です。(中略)

 そして個人の祈りに引き寄せられて、時には滅んだ人々の思いに引き寄せられて、古い神は戻って来る、オカルト性のない新興宗教の中にさえも、現世利益とルサンチマンとマイノリティの側の倫理を背負って。----金毘羅、それはそのようなカウンター習合の代表、トップ、である。
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Kindle版No.1254、1267

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 んなわけで金毘羅はディテールだけ見てたってわけの判らないものだ。というより構造だけの存在、反逆的なものだ。その反逆性が人の信仰を自在にさせる。そここそが金毘羅の実体である。
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Kindle版No.446

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 さあこれが纏めです。金毘羅は発達した土地によってまるで違います。だけど結局、ふうーん、どうせっ、全部がっ、へっへーんだ、----金毘羅です。
 けーっ。何か御質問はございますかっ。
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Kindle版No.3135


 ご理解いただけたところで、さあ、金毘羅一代記のはじまりです。


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 一九五六年三月十六日深夜ひとりの赤ん坊が生まれてすぐ死にました。その死体に私は宿りました。自分でも判らない衝動からです。というか神の御心のままに、そうしたのです。
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Kindle版No.18


 生まれてすぐ死んだ女の子。その身体を乗っ取った幼い金毘羅は、人間のふりをして、というより自分の正体に気づかぬまま、人間の女性として、生きにくい人生を歩んでゆきます。


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 金毘羅の本分、高慢も孤立も人間の体で徹底する事はまず不可能です。それ故に激しく死にたくなる、同時にまた孤立の砦である体は金毘羅の大切な城になってしまう。人間に宿る時、その矛盾の上に金毘羅は生きなくてはならないのだ。
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Kindle版No.3117

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 私の金毘羅としての生はドラマチックなものです。が、つまりそれは平凡に生きている人間の中で、頑張って金毘羅をやっているという事が、艱難辛苦だという意味に過ぎないのでした。(中略)

 結局、金毘羅が人間の中に入ってしまった所を外から見ると、単なるぼんやりしたいいかげんな奴に見える事が多いのです。そして実際にそうでした。(中略)

金毘羅の発達とは人間の愚行を、自らの中でひたすら解析し、人間としては追い詰められて行く行為であったのだ。
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Kindle版No.581、735、977


 空気を読むどころか、何事も正しい言葉やロジックを通してしか理解しようとしない金毘羅。もちろんそんな人間は、特にこの国では、徹底的に排斥されます。もっと楽な人生を送ってほしいと願う母親の「教育」も、無駄でした。だって、金毘羅だもの。


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私は何もかも他人事のように涼しい顔をし、人を罵倒しながら、それを他人にユーモアと感じさせ、なおかつ自分がいつも一番正しいいい立場にいる事、を母から、期待されていました。それこそが「男」になる方法だったから。(中略)

 右と左の区別が出来ない人間が「医者以外の女の職業は全部ホステスだわ」などと言う母と家庭にいる。ホステスの実態を別に母は知りません。昔はそう言って人を小馬鹿にする事になっていたのです。それはただ家では「女」という意味に使っていたのでした。
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Kindle版No.980、989


 金毘羅はその本性である高慢と孤立をいかんなく発揮し、長じて作家となります。しかし、結局は自分の居場所を守るためにひたすら戦うしかない宿命を背負い、信仰を求めて苦悩することに。


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 見えなくされた真の女を世の光にあてて下さい。見えなくされ黙殺され抑圧された言論がどうか見えるように。小さくされたもの、軽くみられた怒りがここにあるという事を明らかにして、私がひたすらに戦ってきた事を文学の世界にしらしめてください。こういう祈り方を私はするようになった。(中略)

 国家的神話の系統からはずれたところに、神の、心の祈りのコアな部分が存在している、それは少し「不遇な」人間の体感の中にあったりする、そう思いました。国家から規定された神社ではなく、規格外れになってこそ自分達のものになる神々です。
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Kindle版No.2769、2906


 金毘羅視点で語ることで、また一つの文章のなかにさえ様々な文体や口調を混在させる超絶的な多声法を駆使することで、

「私」の人生を、「私」の祈りを、語るうちに、それが土俗的な民間信仰の歴史へとつながってゆき、「私」から離れないまま大きな宗教史を生きて、自らの来歴がそのまま神話となる、

そういった離れ業が軽々と実現されている様には驚嘆の他はありません。

 「私」視点を失わないまま歴史や世界を語ることが出来る金毘羅。本書以降に書かれた長篇の多くが、そうした「金毘羅」の設定を受け継いでいます。そういう意味で近作の「原点」となる代表作なので、ぜひ多くの方に読んで頂きたいと思います。


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 金毘羅は戦わねば、或いは耐えねば権力に消されてしまうような存在である。つまり、この国が黙殺する、「異形」の魂である。世界見渡しの「物語」を語る存在である。そんなとんでもない主人公がどうして現実の私、この作者自身と行き交い私小説や自伝のフレームに納まったのか、……ともかく一旦背負ってしまえば死ぬまでその場所に立ち続けるしかない。語り終えるまでそこにいよ、と「彼女」は言う。消えてはいけないと、生き残れと、死んでも蘇れと。さらに言う、死後も作品を消されるなと、亡霊になっても誹謗中傷と作者の抹殺には化けてでよと。子々孫々祟れと。
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Kindle版No.4329


タグ:笙野頼子
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