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『シングルマザーの貧困』(水無田気流) [読書(教養)]

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 今、「家族の現実」は大きく変わってきている。それにもかかわらず、「家族の理想像」は驚くほど変わっていない。家族問題は、あまりにも身近で見えにくい、明るい闇のようなものである。こうあるべきという理想像が煌々と明るく喧伝され、その陰で理想にそぐわない現実は「あり得ない」「例外的」なものと、消し飛ばされてしまう。その結果、多くの人々の生きた現実が見えにくくされていく。
 シングルマザーに凝縮して現れる日本社会の問題は、これらを開示して見せる現実の切断面といえる。
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Kindle版No.414


 経済的困窮、時間の圧倒的な不足、そして公的支援の不足。それなのに世間の目は厳しく、すぐに「自己責任論」をもって苛烈な非難を受ける。それはなぜなのか。

 様々なデータに基づいてシングルマザーが置かれている状況と構造を明確にし、少子化問題、労働雇用問題、福祉問題、ジェンダー問題など今日の日本社会が抱えている深刻な課題との関係性を明らかにしてゆく一冊。新書版(光文社)出版は2014年11月、Kindle版配信は2014年12月です。


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 シングルマザーの貧困問題は、日本の社会問題の集積点である。それは、就労・家族・社会保障制度の3分野にまたがる問題を凝縮したものといえる。
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Kindle版No.3


 「日本の社会問題の集積点」であるシングルマザーの貧困問題を軸に、日本の様々な社会問題に切り込んでゆきます。全体は序章と6つの章から構成されています。


「はじめに」
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日本では、子どものいる一般世帯の平均年収は高いものの、ひとり親世帯となると途端に貧困率が跳ね上がる。前者は貧困率が16% 弱であるのに対し、ひとり親世帯の貧困率は5割を超える。
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Kindle版No.6


 まず序章である「はじめに」では、シングルマザー世帯が置かれている厳しい状況を明らかにします。多くの統計データが示すその惨状。経済的困窮、公的支援の不足。それなのに世間の目は厳しく、すぐに「自己責任論」をもって苛烈な非難を受ける。

 いったい、なぜなのでしょうか。どうしてシングルマザーの困窮は「ないこと、真剣に考えなくてもよいこと」にされがちなのでしょうか。

 本書全体を通じた論点の多くがここにまとめられています。


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シングルマザーになった理由は8割が夫との離別であり、それゆえ「自己責任」とみなされがちである。ただ、その場合の選択とは積極的になされたものだろうか。(中略)
現実的には、多くのシングルマザーが「わがまま」で離婚したとは言い難い実態がある。母子の精神、健康、ときには生命すら脅かされての止むを得ない選択が少なくない。
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Kindle版No.25、30

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 この国は、「個人」には個性的な生き方を推奨しつつ、「家族」には「普通」の同化圧力をかけ続けている。このため、あえていえばシングルマザーは、「あってはならない」存在とされるのではないか。ゆえに、この国の社会環境のエアポケットに落ちやすい存在ともいえる。(中略)
 今日の社会では、あらゆる側面で自由競争が標榜される一方、実質的に女性が一人で子どもを産み育てる自由は乏しい。それは、この国の女性が本当の意味では「産む自由」を手にしてはいないことの証左ではないのか。
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Kindle版No.38、49


「第1章 シングルマザーの貧困問題」
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概算して、子どものいる8世帯に1世帯は、ひとり親世帯。この数値は、決して小さいものではないことが分かるだろう。(中略)
子どもの数も、世間で考えられる「両親揃った“普通の”家庭(=標準世帯)」も減っているのに、それに反比例して、シングルマザーに育てられる子どもは増加の一途を辿っているのである。
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Kindle版No.186、190


 第1章では、シングルマザー世帯の経済状況を確認してゆきます。それが決して「一部の特殊な世帯の話」ではなく、今日の日本が抱えている重大な、すぐにでも解決しなければならない大きな社会問題であることがはっきりと分かります。シングルマザーの貧困、それは子供の貧困へとつながり、貧困の世代連鎖を引き起しているのです。そしてその人数は増加の一途を辿っています。事態は深刻です。

 それなのに、この国を覆っている「母性神話」によって思考停止し、見ないよう考えないようにする私たち。こうしてシングルマザー貧困問題は「まるで見せしめのように放置されている」のです。


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母子世帯は、平均して一般世帯の36%程度の年収しかなく、さらに実際に働いて得ている収入は29%程度ということになる。(中略)経済的自立には、「働いて得た収入で食べていくことができる」ことが必須条件だが、これでは非常に厳しいと言わざるを得ない。
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Kindle版No.228、232

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子どものいる世帯の貧困率を示す「子どもの貧困率」は16.3%となり、過去最低を記録した。これは、子どもの6人に1人が貧困に陥っていることを示す数値である。(中略)何と日本の現役世代のひとり親世帯の貧困率は、30か国中最下位となっている。相対的貧困率で見れば、日本より深刻なはずのアメリカよりも10%以上も高い。
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Kindle版No.250、265

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 日本では、女性には「母性」が備わっていてしかるべきという社会通念が強い。宗教が冠婚葬祭の儀礼以上の意味が希薄なこの国で、「母性神話」は最も強い「信仰」なのかもしれない。それゆえ、ある意味では人の道から外れること以上に、母の道から外れることに対して激しい非難の声があがる。
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Kindle版No.333

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母親を非難する人々の多くは、母親による安定した子育てという理想と、それが実現できない人々の現実との間に横たわる溝が見えない、ないしは見ようとしていない。(中略)
現実を覆い隠して余りあるほど、この国の母性神話は今なお根強いように見える。それは、シングルマザーのみならず、多くの女性を苦しめている。よき母たる理想像は、母親になるためのハードルを際限なく押し上げ、結果的に女性たちの不安や負担を増やし続けているからだ。
 一方、その不安を裏打ちするように、この国のシングルマザーの経済的貧困は、まるで見せしめのように放置されている。
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Kindle版No.379、382

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 今、「家族の現実」は大きく変わってきている。それにもかかわらず、「家族の理想像」は驚くほど変わっていない。家族問題は、あまりにも身近で見えにくい、明るい闇のようなものである。こうあるべきという理想像が煌々と明るく喧伝され、その陰で理想にそぐわない現実は「あり得ない」「例外的」なものと、消し飛ばされてしまう。その結果、多くの人々の生きた現実が見えにくくされていく。
 シングルマザーに凝縮して現れる日本社会の問題は、これらを開示して見せる現実の切断面といえる。
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Kindle版No.414


「第2章 離婚貧国・日本----豊かな国の貧しい社会政策」
「第3章 近代家族の矛盾」
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経済的により困窮している割合の高い母子世帯でも、養育費に関し取り決めをしているのは4割以下であり、受給している世帯は2割だが、4年を経過すると 16% を切ってしまう。しかも、そのことについて半数近くが誰にも相談していない
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Kindle版No.940


 第2章と第3章では、離婚によって生ずる不利益を主に母親に背負わせ、結果として経済的困窮状態に追いやっている日本の離婚をめぐる状況が明らかにされます。そして、またもや「家族の理想像」から外れた世帯に対する世間の冷たい目、そこから生ずる公的支援の欠如。

 現実から遊離した、家族/母親/女性の「理想像」への固執。その大きな歪みが、弱い立場に置かれた人々を容赦なく追い詰め、圧殺してゆく。結果として進む少子化により、社会全体の未来が蝕まれてゆく。希望が失われる。その悲惨な現実に、息を飲みます。


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若年層の経済状況に鑑みれば、若年層は知識不足で産めないのではない。端的に、経済的不安で産めないのである。(中略)
現状では、「問題なく機能する標準世帯」の理想像が、細やかな段階的支援のための視点を曇らせている。
 シングルマザー問題は、この視界不良から起こされている。
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Kindle版No.694、725

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 仮に抽象的に「理想像に固執するよりも、実態を直視し、不当な構造的な差別は是正すべき」と述べれば多くの人は賛成するだろう。だが、こと「家族」に関しては、このような合理的判断が退けられ、理想像や世間一般などを根拠に、ときに苛烈なまでの反発が見られる。
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Kindle版No.1075

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さまざまな統計データや調査から明らかになるのは、すでに破綻した家族像を守ること以上に、DVなどによる被害者を救済し、とりわけ弱い立場に置かれた子どもたちの生命・健康、そして教育をはじめとする環境を整えることのほうが、ずっと重要で緊急性も高いという点である。(中略)
社会政策は、何よりもまず子どもの生命と健康を第一に考えて組み上げるべきだ。親だから、家族だから、子どもを保護してしかるべきだという理想像は、現実の危機を見る目を曇らせている現状を考え直さねばならない。
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Kindle版No.631、668


「第4章 シングルマザーの「時間貧困」」
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 子育てにとって今が大切なときであることは分かっている。しかし、仕事をしなければ食べていけない……。綱引きのように心も体も揺れていく。(中略)
 まさに家計責任と家庭責任のジレンマといえる。なぜ日本社会では、ひとり親がその双方の責任を負うには、これほどまでに「時間が足りない」のだろうか。
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Kindle版No.1341


 第4章では、シングルマザーが置かれている「どうしようもなく時間的余裕がない」状況をつぶさに見てゆきます。それが「特別なものではなく、今後日本の雇用や家庭に頻出する問題の先取り」だということが明らかにされます。

 あらゆる労働者に、「育児、介護、看護など家族のケアワークに時間を割く必要性ができたら、たちまち経済的に困窮する」という甚大なリスクを押しつけ、それを見ないようにすることで成り立っている日本型雇用慣行。それはもちろんシングルマザーだけの問題ではなく、私の問題でもあり、あなたの問題でもあるのです。


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日本では今なお企業で主流労働者とされているのは、「妻にケアワークを丸投げ」で仕事に専念し得る男性社員である。その働き方を「基準」とすれば、シングルマザーはもとより、育児や介護など家族のケア負担を抱えた人材は、雇用市場で非常に不利となる。これは、現在日本の働き方が、家事・育児・介護などの家庭責任を、経済活動の「外部」として位置付けてきたことによる。
 このため、家庭責任と家計責任を双肩に負うシングルマザーは、二重の「時間貧困」に陥る。夫婦世帯ならば分担し協業しえる責任を、すべて担わねばならないからだ。
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Kindle版No.1229

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 よく言われる「女性の仕事と家事育児の両立」は、字句通り目指されるのであれば、それほど困難ではない。だが、現在の日本では、就労の場も家庭もそれぞれ無尽蔵に時間を要求する。ここで求められるのは、「会社人間になりながら家庭責任を全うすること」であるが、現実的にはそれは不可能である。このため、今なお女性が結婚や出産を機に正規雇用の職を辞する慣行は継続している。
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Kindle版No.1357

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現在の日本の雇用慣行では、被雇用者が育児、介護、看護など家族のケアワークに時間を割く必要性ができたら、たちまち従来型正規雇用の仕事はできなくなり、さらに非正規雇用に転換したら生活水準が保てない……というリスクを内包している。(中略)
シングルマザー世帯に見られるさまざまな不利益やニーズは決して特殊な家族形態に見られる特別なものではなく、今後日本の雇用や家庭に頻出する問題の先取りともいえる。
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Kindle版No.1387、1392


「第5章 選択的未婚の母」
「第6章 根強い日本の文化規範」
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 改めて思い知らされたのは、この国の家族規範の強固さである。それは、女性たち自身にも深く刻み込まれているため、客観的にながめること自体が困難だ。
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Kindle版No.1977


 第5章と第6章では、「まともな家族/生活は、こうあらねばならない。そこから外れた“変な”人たちは無視し、もし問題を起こせば自己責任論をもって徹底的に非難し排撃する。そうすることで結束を確認しあい安心する」という日本社会の規範が、どれほど私たちを生きづらくさせているか、シングルマザーの貧困問題を通して見えてくるその陰惨さが追求されます。


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 昨今、判で押したように言われる「女性のライフスタイルの多様化」だが、こと出産・育児に関しては驚くほど変化に乏しい。(中略)
 果たして、「多様化」の中身とは何か。さまざまな統計結果から明らかになるのは、「結婚しなくなってきた」ことと、「非正規雇用が増えた」こと、この2点に集約される。晩婚化・非婚化が進行し、かつ現在、女性の被雇用者は過半数が非正規雇用だ。この事実は、女性の人生の安心安定の礎が崩壊してきていることを意味する。
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Kindle版No.1695、1699

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 率直に言って、この国の女性たちの置かれた雇用環境は貧困である。女性は非正規雇用者も多いが、年間を通じて給与所得がある者でも7割が年収300万円以下である。さらにこれまで述べてきたような、「子どもをもつと極端に拡大する男女の賃金格差」や、「出産・育児と就労の両立困難」および「第一子出産後の高い離職率」などに鑑みれば、多くの女性にとって、シングルマザーという生き方の選択が貧困に直結することは一目瞭然である。
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Kindle版No.1757

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 国際比較からみても高すぎる日本の母役割の基準は、多くの女性を苦しめている。そして、自らの不完全さに寛容になれなければ、自分を責め続けることとなる。(中略)
子どもをもつ女性の多くは、母親としてのあり方を自己のアイデンティティの拠り所としているが、一方で高すぎる「普通の母」役割との落差にも苦しんでいる。
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Kindle版No.2040、2042、

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政治家は日本の低出生率を「女性の怠惰と愛国心のなさ」のせいにし、ときに子どもを産まない女性は社会貢献していないとみなされ、公然と批判される。医療や教育関係者たちは子どもの病気や問題はそのほとんどが母親の無知や怠惰のせいにしている(中略)
公的な場における暴言がさして珍しくもないほど、日本社会の女性へのまなざしは旧態依然としている。日本で「家族」に関することがらを問う難しさは、ここに根差している。
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Kindle版No.2045、2069

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日本社会の大きな問題は、個人が旧来の性別分業型標準世帯から零れ落ちると、たちまち経済的にも時間的にも貧困に陥ることである。そのリスクは、誰にとっても他人事ではない。
 私たちは、「普通の家族」の価値が高騰している時代に生きている。それにもかかわらず、旧来の文化規範を強固に保持したまま、女性たちに就労も出産も子育ても望む言説があふれているようにみえる。
「女性活用」や「少子化対策」が叫ばれる昨今だが、その内実はまだまだ女性に過酷だ。あえていえば日本の女性たちは、完全には子どもを産む自由を獲得し得ていない。安定した職に就く男性の法律婚パートナーでなければ、実質的に子どもを産み育てることは極めて困難である。この問題をつきつめると、選択的未婚の母が極端に少なく、また離婚した女性の貧困リスクの高い日本社会の構造的背景にいきついた。
 シングルマザーの貧困は、日本社会の問題の集積点である、とかねてより思っていた。本書執筆にあたり、この事実をあらためて確信した。
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Kindle版No.2368


 というわけで、シングルマザーの貧困問題を軸に、日本の様々な社会問題が吹き出している病根に果敢に切り込んでゆく好著です。統計データに基づいた冷静な論調には大きな説得力があり、思わず身震いするような現実が迫ってきます。あらゆる人に読んでほしい、必読の一冊です。


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