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『ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録』(カスパー・ヘンダーソン、岸田麻矢:翻訳) [読書(サイエンス)]

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私には、動物寓意譚にはもっと古く、もっと根源的なものの痕跡が見い出せるような気がしてならない。アリストテレスが生まれる千年以上も前、古代エジプトやクレタ島の壁画に描かれた鳥やイルカの姿よりも、さらに遠い昔に存在していた何かだ。(中略)
人新世の動物寓意譚という試みであるこの本----紹介する生物はすべて現実に存在し、進化の過程にあり、その多くが絶滅の危機に瀕している----を通じて私が問いかけたいのは、私たちが何を尊重すべきか、なぜ価値判断を誤るのか、そしてどうしたら変われるのか、ということだ。
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単行本p.10、22

 切断部位を完全に再生できる類を見ない脊椎動物、アホロートル。全身に分布している視覚が全体として一つの複眼として機能するクモヒトデ。人間と同じ体重でありながら空を飛べるケツァルコアトルス。ボルヘスの『幻獣辞典』に触発されて書かれた、生物の知られざる能力を軸として縦横無尽に語られる動物寓意譚集。単行本(エスクナレッジ)出版は2014年10月です。


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生き物に対する興味は、どの文化においても岩からほとばしる湧き水のように満ちあふれている。単なる野次馬的な好奇心のこともあれば、熱心な自然保護活動家もいるだろう。しかし関心の程度に差こそあれ、他の生命に対してまったく無頓着な人はいない。
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単行本p.13


 モロクトカゲ、ミツクリザメ、イエティクラブのようなあまり知られていない生物から、イルカ、タコ、ハエトリグモのようなよく知られている生物、さらには「人間」に至るまで、様々な生物の知られざる能力や習性を紹介する本です。

 ただし、ボルヘスの『幻獣辞典』に触発されて書かれた人新世の動物寓意譚集、と著者自身が語っているように、単なる生物学の本ではありません。生物から始まった話題は、歴史、文化、技術、社会、様々な分野を飛び回ってゆきます。


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結果としてこの本は、少々変わったものになった。紹介している生物自体とはほとんど関係のないたとえ話が含まれていたり、話があちこちに脱線したりするので、特には不自然に思えるかもしれない。でもそれは私が意図したところでもある。その動物をきっかけとして、それ以外のことにも視野を広げ、私と一緒に考えてもらえれば幸いだ。
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単行本p.16


 例えば「オウムガイ」の項目では、アンモナイトの化石の話から古代生物学を経て、潜水艦の技術開発史に話題が進んだかと思うと、カメラと写真の歴史へと移り、写真が私たちの意識をどう変えたかという話になって、そのまま終わったり。

 もちろん生物学的な話題だけでも充分に楽しめます。

 アホロートルが「切断されても完全に機能する手足を再生できるという、脊椎動物でもほかに類を見ない性質」(単行本p.48)を持っていること。

 クモヒトデの身体には「高度な視覚を有する眼点が体中にびっしりと散らばっていて、それらは神経系を通じて互いに結びつき、一つの複眼のように機能している」(単行本p.68)と考えられていること。

 白亜紀後期に生息していた翼竜ケツァルコアトルスは、「背丈はキリンほど、翼を広げた時の幅はスピットファイアー戦闘機くらいあったにもかかわらず、体重はヘビー級のボクサーよりも軽かった」「人間と同じくらいの重さのものが自力で空を飛ぼうとしたら、一体どれだけ奇妙な姿をとらなくてはならないか(中略)よく物語っている」(単行本p.255)。

 ハエトリグモ、ウツボ、タコといった私たちになじみ深い生物にも、驚くべき能力が秘められています。


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ハエトリグモは驚異的な視覚を持ち、ユニークな方法で獲物を捕る。好物は蜂や昆虫だが、ほかのクモを食べることも珍しくない。いくつかの種は自分の100倍以上も体が大きな猫よりも視力が良く、その視野も広い。(中略)また体の大きさに比して考えると猫よりも優れたジャンプ力を持ち、体長の50倍もの距離を飛んで正確に着地する。
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単行本p.199

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いったいどうやって獲物を捕らえているのだろうか。2006年に初めて明らかになったその答えは、驚くべきものだった。ウツボの喉の奥には第二の顎があり、それが高速で飛び出して獲物をつかむやいなや奥へと引っ込み、そのまま食道へと獲物を引きずりおろすのだ。(中略)
 この極めて可動性の高い咽頭顎は非常に特異なもので、これに類するものは地球上にはほかに存在しない。(中略)唯一近いといえるのは、観客に究極の恐怖と嫌悪感を与えるべく生み出された想像上の生物、映画『エイリアン』に登場するモンスターだろう。
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単行本p.101


 ウツボの咽頭顎にも驚かされますが、何よりそのことが「2006年に初めて明らかになった」という事実にびっくりです。

 真面目で格調高い雰囲気で書かれていますが、決して堅苦しいものではありません。ときにユーモラスで皮肉に満ちた記述も。


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 モンスターとしてのタコは、映画『メガ・シャークVSジャイアント・オクトパス』といった偉大なる芸術作品の中にいまだ健在である。しかしこの21世紀に入って最も世間の耳目を集めたタコといえば、ドイツ片田舎の水族館で暮らしていた小さなタコをおいてほかにないだろう。2010年のサッカーワールドカップで、マダコのパウル君は決勝戦を含むさまざまな試合の結果を的中させ、世界的な名声を手にした(中略)
タコだって世間の人々の心をつかめるのだ、ということである。予知能力やサッカーを持ち出さなくても、普通のタコが十分に驚くべき生物だということを、もっと多くの人々が気付いてもよさそうなものだ。
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単行本p.248、249

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どういうわけか恐竜の化石の発見がニュースになるたび、世界各地で翼竜を目撃したという人が続出する。テキサスでケツァルコアトルスの化石の発掘が行われた直後には、その上空を飛ぶ翼竜を見たという情報がいくつも寄せられた。
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単行本p.270

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一年間でサメに殺される人の数は、世界で十人程度だという統計を覚えておくといい。落ちてくるココナツのせいで死ぬ人の数のほうが断然多いのだ。反対に、人間は毎年数千万匹ものサメを殺している。これはわずか数年で多くの種を絶滅させかねない、壊滅的な数字だ。
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単行本p.308


 人間の文化と生物との関わり合い、進化と生態系、そして自然保護といったテーマが全体をまとめています。生物学にはさほど興味がない方でも、圧倒的な話題の幅広さで最後まで楽しめる良書です。個人的には、生物の興味深い話に合わせて提示される、自然保護に関する警句が印象に残りました。


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世界の25の最大絶滅危惧種のすべての個体を一つのサッカースタジアムの座席に座らせたとしても、まだ一杯にならないという。
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単行本p.158

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問題は、人間には知恵が欠如しているということではなく、その愚かさがもたらす力が手に負えないほど圧倒的だということだ。どれだけ技術が発達しようが、精神が拡張されようが、そこにつける薬はない。
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単行本p.355

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うんざりするような問題が山積みになっているのを見て絶望するのはやめよう。うまくいきそうなこと、役に立ちそうなこと、自分にできることに集中しよう。そうすれば、簡単には諦めなくなる
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単行本p.189


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