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『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』(赤池学) [読書(サイエンス)]

 「ここ数年、科学者たちの間で、新たに注目されている領域がある。(中略)生物の形態や機能、仕組みなどを上手に模倣、あるいは活用した科学技術の開発である。こうした科学技術は、一般的に「生物模倣技術」と呼ばれている」(新書版p.14)

 生物が進化によって獲得してきた能力を模倣して開発された科学技術、バイオミミクリー(生物模倣)。その最前線を一般向けに紹介した一冊。新書版(NHK出版)出版は2014年7月です。

 「生存競争の中で生き残ってきた生物と、市場競争の中で勝ち残ってきた技術の間に、明らかな共通点がある(中略)そもそも生物の持つ技術とは、38億年という生物進化の過程で、安全性と機能性、そしてその有効性と持続性が証明されてきた「時を経た技術」にほかならない」(新書版p.3、6)

 こうした生物模倣技術の全体像を広く紹介する本です。

 全体は五つの章から構成されています。最初の「第一章 生物の形をまねる」では、生物の形態に注目し、それを模倣して開発された技術が紹介されます。

 「従来の方法論を覆し、スポーツ水着の新時代を開いたのが、2000年のシドニーオリンピックに向けて、ミズノとSPEEDO社が共同開発して発表した「ファーストスキン」だった。いわゆる「サメ肌水着」である。結果、競泳種目出場選手の6割がこの水着を着用し、それらの選手だけでメダル総数151個のうち、なんと100個のメダルを獲得した」(新書版p.40)

 硬骨魚類の体表にある微細な突起と溝が作り出す極小渦が、水の摩擦抵抗を抑える。生物が進化によって獲得してきた「早く泳ぐための形」を取り入れたのです。他にも、ハコフグの形状を模倣して開発された自動車は、同種の車と比べて空気抵抗係数を1.6倍、燃費を20パーセントも向上させたといいます。

 ハムシが水中歩行するメカニズムを応用した水中接着技術。光によって表面微細構造を制御できる機能膜を使って、バラの花びらやハスの葉の超撥水効果を再現。カタツムリの殻に汚れがつかない理由である「ナノ親水」作用を実現した防汚建材。トンボの飛行原理を応用した、低風量で発電できるマイクロ風力発電機やエアコンの送風機。

 まだまだ続きます。ネコの毛繕いと毛玉吐きにヒントを得たサイクロン掃除機、タマムシの翅がもつ微細構造を応用して開発されたカラーフィルム、光を効率的に集めると同時に無反射というガの眼の特性を再現したモスアイパネル。

 「トンボは昆虫の中で最も低速で滑空できる生物である。このことは、たとえごくわずかな風しか吹いてなかったとしても、それを浮力に変えられることを意味する。これは、航空機の翼とまったく逆の性質である。高速化や高出力化を目指して進歩してきた近代社会に対し、自然界には逆の、高速では使えないが、低速では高性能を発揮するテクノロジーが存在していたのである」(新書版p.56)

 「私たちヒトは、メートルサイズの生物である。私たちの身の回りにはさまざまなものがあふれているが、それらはすべてこのメートルサイズを基本として開発され、調整されたものだ。(中略)サイズの小さな生物や、逆にサイズが大きな生物たちは、私たちとはまったく異なる世界で生きているのである。こうした生物世界のリアリティを理解することは、私たちに必ずや新しい視座や尺度を与えてくれるだろう」(新書版p.69)

 単純に「生物の真似をする」というだけでなく、原理的なレベルにまで踏み込んだ洞察を行い、その結果として、いわば思想として新しいテクノロジー領域を切り開く。生物模倣が持っている可能性に目がくらむ思いです。

 「第二章 生物の仕組みを利用する」では、生物の身体が持っている機能に着目して開発された技術が紹介されます。

 ザゼンソウが持っている発熱システムを応用した温度調節計。ホタルの発光メカニズムを使った食品衛生検査用の微生物測定システム。ネムリユスリカの仮死化(クリプトビオシス)能力を応用した臓器や血小板などの常温保存技術。魚類やハチなどの群れが自律制御されるアルゴリズムを使った自動車の自動運転システム。

 そしてもちろん、生物を模倣した様々なロボット技術も開発されています。昆虫の脚や翅の分散制御を応用した昆虫型ロボット、アメーバのように変形しながら動くモジュラーロボット、ヘビの移動方式を応用したヘビ型ロボットなど。共通する特徴は、中央制御方式ではなく、構成ユニットがそれぞれ自律的・適応的・シンプルな判断で動作し、全体として調和のとれた動きが実現されるということ。

 「多数の粗雑なものをうまく束ねることで全体としては、元の粗雑さからは想像もできないような優れた機能を発揮するという生物の設計原理があり、その辺りのカラクリが自立分散制御の鍵なのではないか」(新書版p.104)

 予測不能な環境変化や状況変化に対しても柔軟に対応し、最適化や効率化よりも「とにかく生き延びる」ことに成功してきた生物。そこから学ぶことで、全く新しい発想の技術が生まれてくるのです。わくわくします。

 「第三章 生物がつくったものを活用する」および「第四章 生物そのものを扱う」では、生物由来の物質などの利用について紹介されます。

 「人工的につくったガン細胞の中に、モズク由来のフコイダンを入れると、24時間後にはほとんどのガン細胞が死滅するのである。これは、フコイダンがガン細胞の自殺遺伝子にスイッチを入れる「アポトーシス」を起こさせるためだと考えられている。(中略)ただし、抗ガン剤に匹敵するといわれるフコイダンの生理活性効果の詳細なメカニズムはいまだ解明されていない」(新書版p.118、119)

 薬学・医療の分野では、他にもカブトムシの幼虫から作られる「耐性菌を生まない抗生物質」、ヤママユガの幼虫から作られる「ガン細胞を休眠させ増殖を止める物質」などの画期的な新薬の研究開発状況が紹介されており、胸が躍ります。

 「すでにミドリムシから抽出したバイオ燃料を混合した燃料で、いくつかの航空会社が、テストフライトを実施している。2020年頃には、ジェット燃料の代替として、本格的に導入が開始される予定だ」(新書版p.150)

 他にも、ハエや幼虫を利用したリサイクルシステムから、海水で農作物を育てる海上農業システムまで、様々な技術が紹介されています。

 「第五章 生態系に寄り添う」は、さらに一段階レベルの高い生物模倣、つまり生態系そのものを維持する仕組みに学んだ技術が紹介されます。

 土砂崩れを防ぎながら自然環境や景観を保全するノンフレーム工法。生物多様性維持と生活の両立を目指すゼロエミッションハウス。

 「自然界は、自立性、多様性を維持したまま、見事に調和している。ここから得られるヒントは、ものづくりにとどまらず、これから望まれる持続可能な農業や、まちづくり、社会システムに対しても、必ずや大いなるイノベーションをもたらすはずである」(新書版p.174)

 そして最後には、技術そのものではなく、技術を育ててゆくやり方そのものを生物進化から学ぶ、というテーマにまで到達します。

 「ここ最近、最先端技術関連の展示会に行くと、完成した商品ではなく未完成のシステムやコンセプト技術のみを展示・解説するブースが目立っている。そこでクライアントとの要望のすり合わせが行なわれ、初めて商品化というアクションが起こされる。つまり、限られた素材やラインで、ベースとなる未完成品をつくっておき、集団や社会の中で、よりよいものへと仕上げていくのだ」(新書版p.207)

 というわけで、生物模倣技術の数々を紹介しつつ、技術開発の新しい方向性を力強くアピールする一冊です。進化が磨いてきた様々な能力、人間が考えた工学とはまったく異なる原理で動作している生き物、多種多様な種が共存し調和している生態系など、まだまだ私たちがそこから学び、これまでとは違った方法論や基本原理にもとづいて技術を発展させてゆく余地は十分にあるのだ、ということがよく分かります。


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