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『短篇ベストコレクション 現代の小説2014』(日本文藝家協会、宮内悠介、月村了衛、万城目学) [読書(小説・詩)]

 2013年に小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、歴史小説からSFまで幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は、2014年06月です。


『線路の国のアリス』(有栖川有栖)

 「でたらめで薄っぺらなくせして、えらそうに何が裁判よ。あんたたち、みんなただの切符じゃないの!」(文庫版p.112)

 熱心に鉄道時刻表を読んでいる兄と一緒に川辺に座っていたアリスは、定刻発車、定刻発車、と焦りながら走って行く白ウサギ車掌を追って、深い穴に落ちてしまいます。気が付くと、そこはテツの国でした。

 鉄道マニアの世界におけるアリスの大冒険ですが、意外なほど原典に忠実に展開します。いつまでも開通しない「ふつう列車」、駅舎の屋根にいる「エキシャ猫」、それが乗車したら「キシャ猫」になったりと、日本語による鉄道まわりの言葉あそびが詰め込まれた楽しい作品。個人的なお気に入りは、急いではいけない「ゆーっくりと線」の列車を加速させたら、非ユークリッド空間になって線路が並行でなくなってしまった、という奴。


『御機送る、かなもり堂』(小川一水)

 「かなもり堂が呼ばれる場所に、誰もが不安なく従うことのできるルールはない。まだルールが作られる前の場所を、二人は渡り歩いている」(文庫版p.176)

 家族の一員として思い入れがあるロボットが壊れたとき、あるいは事情があって廃棄しなければならないとき、どうしてもきちんと「供養」したいと思う。それが人間の心理である。ロボット専門の葬儀社、かなもり堂に勤める二人は、今日も依頼主のためにロボット葬をしめやかに執り行うのだった。

 『お紺昇天』(筒井康隆)を連想させる短篇ですが、感傷的な話ではありません。いくつかの事例を提示しつつ、ロボットに対する人間の共感がどのように働くかを正面から扱った短篇です。


『機龍警察 沙弥』(月村了衛)

 「志朗の顔が透き通るように白さを増した。昂った感情が一線を越えようとするとき、血の気が引いて彼は氷のように白くなる。〈白鬼〉の所以である」(文庫版p.307)

 『機龍警察』シリーズに属する作品。やたらとアクが強いキャラクター群の中にあって、地に足ついた地道な警察小説を守り抜いている捜査班の由起谷主任の過去が明かされます。地元で〈白鬼〉と呼ばれ恐れられる粗暴な不良少年だった彼が、警官をめざすきっかけとなった事件の顛末とは。現時点での最新長編『機龍警察 未亡旅団』とリンクしているので、未読の方はそちらも合わせて読むことをお勧めします。


『廃園の昼餐』(西崎憲)

 「意識という大事なものがどこからきたか分からないのに全知だというのは妙な話ではあったが、自分は全知ということについては確信があり、確信があるからにはたしかにおれは全知だった」(文庫版p.343)

 母親の胎内にいる「おれ」は全知の存在であり、自分の人生も、両親の人生も、弟や飼い犬、いや世界中のすべての人々が何を考えどう生きていつ死ぬのかを熟知していた。時系列にとらわれない記述により、過去未来のすべてを知ることができる意識のありようを描いた短篇。和風『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)という趣もあって、本書収録作品のなかで個人的に最もお気に入り。


『インタヴュー』(万城目学)

 「本当に、あともう少しだったんだ。けど、最後の最後でトチっちまった。どうも余計な一文があったらしく、獲物の二人がおかしいって気づいてしまったんだ。注文が多すぎるのも考えものってことさ」(文庫版p.408)

 西の親分が仕掛けた一世一代の大勝負。知恵で人間を負かして喰ってやろうと、山の中に西洋料理店を開いたものの……。名作を逆の立場から描いてみせたユーモラスな一編。


『かぎ括弧のようなもの』(宮内悠介)

 「それは、かぎ括弧のようなもの、ではなかった。正真正銘のかぎ括弧だ。思わず、落ちているのを見て拾ってしまったのだ。(中略)真犯人を見つけ出すことを心に誓い、おれはその場をあとにした。逃亡生活がはじまった」(文庫版p.419)

 「かぎ括弧のようなもの」で殴られ死んでいた男。いや、凶器は本物の「かぎ括弧」だった。嫌疑をかけられ逃亡した「おれ」は、かぎ括弧工場に潜伏しながら、かぎ括弧のプロとなってゆく。どうにもバカ設定な話に、ハードボイルド調のシリアスな文章。その内容と表現の乖離が素晴らしく効果的な短篇。


『ソラ』(結城充考)

 「別人になりたかったんだ。全くの別人に。全部をやり直すために、な。ソラは頷いた。その時、初めてサイボーグの名前を意識した。サイボーグはシマと名乗った」(文庫版p.449)

 親に捨てられ、修道院で育った少年、ソラ。辛いこともあるが、修道院の暮らしはそれほど悪いものではなかった。友達も出来たし、守衛のサイボーグとも仲良くなった。そんなあるとき、修道院を訪れた夫婦が、ソラを養子として引き取りたいと申し出る。一方、世間では、サイボーグを遠隔操作して暴走させるテロ事件が頻発していた。ソラは、次第に事件の真相に近づいてゆく。

 現実の事件をモデルにしたと思しき、サイボーグ遠隔操作事件を題材とした作品。SF的な設定が使われていますが、むしろ人生の岐路に立つ少年の心理を描いたミステリ風味の短篇として読ませます。


[収録作品]

『獅子吼』(浅田次郎)
『線路の国のアリス』(有栖川有栖)
『大金』(大沢在昌)
『太陽は気を失う』(乙川優三郎)
『御機送る、かなもり堂』(小川一水)
『水を飲まない捕虜』(古処誠二)
『影のない街』(桜木紫乃)
『機龍警察 沙弥』(月村了衛)
『廃園の昼餐』(西崎憲)
『無用の人』(原田マハ)
『インタヴュー』(万城目学)
『かぎ括弧のようなもの』(宮内悠介)
『ソラ』(結城充考)
『泣き虫の鈴』(柚月裕子)


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