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『夜は終わらない』(星野智幸) [読書(小説・詩)]

 「今から私は自分の物語を語り始める。そうして夜の時間を続けよう。私の物語は長い。果てもなく終わりもない。だから夜が終わることはない。終わらない夜の中で、私は語り、クオンは聞く。私たちは物語を与え合い、お互いの物語を生きる。それが夜の中の人生」(単行本p.518)

 私を満足させる物語を語りなさい、そうすれば命を助けてあげる。婚約者を次々と殺害してきた女に向かって、男は語り始める。やがて果てしなく連鎖してゆく物語そのものに二人は飲み込まれてゆき……。『千夜一夜物語』を使って物語の力そのものに挑む、連作短篇集を内包した渾身の大長編。単行本(講談社)出版は2014年5月です。

 『俺俺』から四年、ついに出版された待望の新作です。

 主な登場人物は二人。まずは、過去何人もの男と婚約しては金をしぼり取った後に殺してきた女、玲緒奈(レオナ)。殺す前に、彼女は男に物語を要求する。

 「私は出逢った男たちに物語を語らせる。私の物語を語ることのできる人間を探すために。私の生がどんな物語なら充実するのか、感じ取れる者と生きるために。私の物語なんて、しょせんは幻想にすぎない。けれど、人間は物語というファンタジーがなければ生きられもしない」(単行本p.28)

 そして彼女に拘束され、夜を徹して物語を語り続ける男、久音(クオン)。

 「今は夜であって、ぼくは話し続けなくてはならなくて、玲緒奈は聞き続けなければならない。話を止める力は、玲緒奈にもぼくにもないんだよ」(単行本p.461)

 こうして物語が始まります。

 カワイルカに恋した娘の話。

 物語の中から戻ってこれなくなった恋人の話。

 人里はなれた山荘に閉じ籠もって謎の人物から届く指示通り演技を続ける男女四人の話。

 自分がタンゴであることに気づいた男の話。

 過去と現在を変えてしまう力を持つ日記の話。

 ジン(精霊、魔人)やジンナが活躍する奇想天外な魔法の物語から、原発(核融合炉)推進グループと反対グループの間で二重、三重、四重スパイをやるはめになった工作員の話まで、時間も空間も、むろんジャンルも越えて語られる様々な物語たち。

 物語は完結せず、ある物語がいよいよクライマックスかというところで、その登場人物が次の物語を語り始めます。物語は物語を産み、その連鎖が果てしなく続いてゆきます。

 続きは翌日の夜ということで、さらに次の夜に、また次の夜に、という具合に「クオンを殺すか否か」の判定は、夜から夜へと持ち越され続けることに。

 「クオンが話を終わらせない限り、玲緒奈にクオンの話を終了させることはできないから。それは自分が一番よくわかっていた。クオンの話を断ち切ってその先を聞くのをやめることなど、もう自分にはできないのだ。それほどまでに、聞きたい欲望が玲緒奈を司っている」(単行本p.152)

 物語に耽溺し、物語の力に支配されてゆく二人。物語を語ること聞くこと、それ以外は何もかもどうでもよくなってゆきます。

 「覚醒している自分のほうがとりあえずの存在であるように、玲緒奈は感じた。今や、クオンの語る物語だけが自分の生きている場所のようで、この部屋で夜を待っている自分は、ただの控えだった。クオンの話が始まるまでの、場つなぎの存在」(単行本p.210)

 そうしている間にも、彼女の犯行に気づいた警察が次第に近づいてきます。「昼」がやってくるのです。

 クオンは生き延びるのか。枠物語の中にいる玲緒奈は逮捕されるのか。それとも「夜」へと脱出できるのか。そして物語の中の物語の中の物語の中で自分が登場人物であり存在しないことに気づいてゆく登場人物たちによって語られる登場人物たちによって語られる登場人物たちの運命やいかに。

 「夜が長すぎる、と玲緒奈は感じた。夜に囚われて時間も止まっているような気がする。いったいいつからこの話を聞き続けているだろう。最初を思い出せない。これはクオンの意思なのか、クオンも何かに従っているだけなのか。(中略)これではまるで、と玲緒奈は体が冷えていく心持ちで思った。まるで私はクオンの話の登場人物みたいではないか」(単行本p.461)

 個々の物語はそれ自体が非常に面白く、魅力的です。途中で朝が来て語りが中断される度に、読者も早く続きが知りたくて焦れる感覚を味わうことに。物語の力に囚われる物語に、読者も巻き込まれてゆくのです。個人的に、同じく『千夜一夜物語』を題材とした『アラビアの夜の種族』(古川日出男)を思い出しました。

 星野智幸さんのこれまでの小説は、虚構を通して現実社会の真の姿を幻視させるような、主に描写や文章そのものの力で読ませる作品が多かったという印象を持っています。それが本作では個々の物語そのものが魔術的な吸引力を持っていて、読みやすさ、面白さ、という点では文句なしに一番でしょう。これまで敬遠していた方にも、あるいは『無間道』や『俺俺』を読んで鬱になったという方にも、ぜひ一読をお勧めしたい傑作です。


タグ:星野智幸
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