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『SFマガジン700【国内篇】 創刊700号記念アンソロジー』(大森望:編) [読書(SF)]

 「平井和正『超革命的中学生集団』以来四十年ぶりにハヤカワ文庫SFから出る日本SFなので、そういう意味でもたいへん貴重な一冊です」(文庫版p.493)

 SFマガジン創刊700号を記念して発行されたアンソロジー、その【国内篇】です。


『緑の果て』(手塚治虫)

 「ふん 艇長 あんたがそんなにブラッドベリ派だとは知らなかったぜ」「新聞記者くん きみこそあっぱれなハミルトン派だ」(文庫版p.15、16)

 一面の草原が広がっている星に着陸した探検隊。植物しかいないはずなのに、様々なものが実体化するという怪現象に見舞われる。やがて死んだはずの恋人に再会した隊員が脱走して……。レムの『ソラリス』を連想させるアイデアストーリー。最後の「蛇足」に著者の照れが感じられて、ちょっと微笑ましい。


『虎は暗闇より』(平井和正)

 「この世は生地獄だった。もはやぼくの眼はふたたび人間を見ることはなく、暗闇から現われる虎だけを見るのだった。己れをも他をも破壊してとどまることを知らぬ狂気の虎を……」(文庫版p.53)

 事故で突然ある種の超能力に目覚めた男。しかし、それは呪われた力だった。人間が持つ救いようのない凶暴さ、残酷さをテーマにしていた初期の頃の代表作。


『インサイド・SFワールド--この愛すべきSF作家たち(下)』(伊藤典夫)

 「クラークってのは、意外に茶目で、きさくなんだなあ」「無口で、いかにもとっつきにくそうだけど、話してみるとフレデリック・ポールが、あのなかではいちばん誠実そうですね」「いやあ、メリルおばちゃんは、いい人だ」(文庫版p.69)

 1970年に日本で開催された国際SFシンポジウムの裏話を書いたエッセイ。ソ連の作家たちが夜中に遊泳禁止の琵琶湖に飛び込んだ話とか、ブライアン・オールディスがいかに嫌な奴かとか、メリルおばちゃんが「SFの人たちよりベ平連の人たちのほうが好きだわ」(文庫版p.74)と言い放った話とか。


『セクサロイド in THE DINOSAUR ZONE』(松本零士)

 「おーい みなさん みなさんは みんな オレのひと雫 ナレの果てだよ----」(文庫版p.108)

 興奮すると過去にタイムスリップしてしまう体質の男が、恐竜時代で出会った美しい女性の正体は。『セクサロイド』シリーズの一編で、思春期男子の妄想と肥大自意識が横溢する、この作者らしい作品。


『上下左右』(筒井康隆)

 「実験小説系の短篇集『バブリング創世記』に収められたが、文庫化版からは(おそらくサイズの問題で)割愛されたため、今回が文庫本初収録となる。字が小さくてすみません」(文庫版p.122)

 漫画のコマのように表現される四階建てアパートの各部屋。それぞれの部屋にそこで交わされている会話が書かれており、ページをめくるたびに時間が経過してゆく。途中で爆発が起きて部屋の壁や登場人物を表す文字が吹き飛んだり。タイポグラフィというか、文字で描かれた漫画のような作品。確かに文庫版だと字が小さくて辛い。


『カラッポがいっぱいの世界』(鈴木いづみ)

 「すきとおってて、にぶくて、明るいの。自分でも知らないの。知らないで、あるいたり、わらったりしてるの。魂なんか、ないの。ある、と信じてるけど。エネルギーがうしなわれていく、その最後のあがきって感じ」(文庫版p.156)

 バンドの追っかけ、アイドル、流行、ヨコスカ、本牧、原宿。若い女性たちの音楽談義を通じて、あの時代の空気を幻視する強烈な純文学短篇。


『夜の記憶』(貴志祐介)

 「信じられるだろうか。人間であったということ。音を聞き、光を見、二本の足で歩み、掌で物に触れるということ。あれは何という豪奢で贅沢な経験だったことか」(文庫版p.204)

 異星の海洋生物の視点から語られる冒険譚と、リゾート地でくつろいでいる男女の話が、交互に語られます。後半になって二つのパートがつながってゆくところがキモ。しかし、読み所はむしろ奇怪生物や異様生態系の描写にあり、その手際はさすが『新世界より』の作者。


『幽かな効能、機能・効果・検出』(神林長平)

 「それがなにかの役に立つ機械なのか、それとも機械に見えるだけの言ってみれば芸術作品なのか、おれたちにはわからなかった。そのような人間的な感覚を超えた想像もつかない物体なのだとなるとお手上げだが、おれたちは手を上げるためにそいつを手に入れたのではなかった」(文庫版p.207)

 異星人の遺跡から謎めいた物体を盗掘したジェイク&コーパスの二人組。さて、これは道具なのか、芸術作品なのか。そもそも異星人の遺物を前にその区別に意味はあるのか。あるとしても検証可能なのか。切実なのに浮世離れしてる、現実的なのに哲学領域にある、そんな議論を二人であーだこーだ延々とやるという、いかにも作者らしいユーモラスな一編。


『時間旅行はあなたの健康を損なうおそれがあります』(吾妻ひでお)

 「めしも食えんのにSFなんか読んでられっか! でもハインラインは読む」「ハインライン恐るべし」「○○なんてつまんねーー」「SFじゃねーよ」「こーゆースレたファンがSFを孤立化させてったのか」(文庫版p.240)

 早川書房からの依頼でタイムトラベルした吾妻ひでおが、自分の若い頃のSF人生を冷静に観察する。健康を損なうおそれがあるのは、時間旅行よりむしろSFですね。


『素数の呼び声』(野尻抱介)

 「このコンタクトで得た教訓はなんだろう」「『知性は寝て待て』ですか」「うむ……」(文庫版p.270)

 とある恒星系から、素数周期で発信されている電波源が見つかる。博士と美人助手はさっそく宇宙船に乗ってファーストコンタクトに向かったが……。軽快なノリで展開するユーモアハードSF。素数信号は知性の存在を意味するか、というメインアイデアに加えて、ラスト近くにおまけのように大ネタをいくつも出してくる贅沢な一編。


『海原の用心棒』(秋山瑞人)

 「他の誰が逃げようとも、わしだけは逃げてはいけないのだ。レッドレインと共に戦おう。(中略)レッドレインに命運を救われた“金切り声”一族(スクリーム・クラン)は四十二番群の最後の郎党として、その戦いを最後まで見届けよう。それが、わしの戦いだ。疾眼(スピードアイ)の戦いだ。待ってろ、相棒」(文庫版p.386)

 ならず者の四兄弟に襲われ壊滅した集落。生き延びた少年が出会ったのは流れ者のガンマン、レッドレインだった。圧倒的な強さを誇る四兄弟に敢然と戦いを挑み、一人また一人と倒してゆくレッドレイン。だが弟たちを殺され復讐心に燃える最強の長兄は、レッドレインに最後の決闘を挑む。果たして生き残るのはどちらか。その戦いを見届けるために、少年は命をかけた。

 西部劇調のプロットおよびタイトルから『荒野の用心棒』を連想しますが、むしろ『北斗の拳』に近いかも。ちなみに登場人物はすべてクジラと潜水艦。舞台は海。銃は魚雷です。


『さいたまチェーンソー少女』(桜坂洋)

 「いまのわたしにとってチェーンソーは、わたしのすべて、わたしの全存在。チェーンソーがあるからわたしがある。人間がなにかの目的を持って生まれてきたのであるなら、ぶった斬ることがわたしの目的だ」(文庫版p.448)

 失恋した少女が、元カレを殺して自分も死のうと思い詰める。今は亡きテキサス人の祖父が誕生日プレゼントにくれた巨大チェーンソーを振りかざし、学校の先生をぶった斬り、クラスメイトをぶった斬り、ついに親友までも真っ二つ。「わたしの前に道はない。わたしの後ろに血の海ができる」(文庫版p.443)。血塗られた恋路を歩む少女の前に立ちはだかるのは宇宙人の手先。だが、少女は負けない。「わたしの一族は百四十年もチェーンソーを使いつづけてきたのだ」(文庫版p.439)。唸れ、チェーンソー。戦え、さいたまチェーンソー少女。元カレをぶった斬るそのときまで。

 色々な意味で暴走している、『テキサス・チェーンソー』よりずっと面白い話。『All You Need Is Kill』に続いてハリウッド映画化が望まれる傑作。


『Four Seasons 3.25』(円城塔)

 「有限の記述で抑え込める無限などはせいぜい高が知れている。事実上、無限の前の塵に等しい。おれたちの宇宙はそんなちんけなものではなくて、想像を超えた無限の塵から成り立っている。方程式が抑えることができるのは、ほんのわずかな書き記すことのできる程度の確定記述だ。確定記述同士の間、刹那と刹那の間には、像の群れが大手を振って通り過ぎることができるほどの隙間が巨大な口を開けている」(文庫版p.476)

 市役所の窓口で時間を逆行する申請を行った男。すべての民意を叶えるというのが市長の公約で、公約であるからには実現されるのだ。『順列都市』(グレッグ・イーガン)に登場する「塵理論」を、さらに拡大したと思しき「隙間理論」を扱った作品。記述と記述の間、描写されてない隙間を利用したタイムトラベルが論じられます。どうしようもなく円城塔。


[収録作品]

『緑の果て』(手塚治虫)
『虎は暗闇より』(平井和正)
『インサイド・SFワールド--この愛すべきSF作家たち(下)』(伊藤典夫)
『セクサロイド in THE DINOSAUR ZONE』(松本零士)
『上下左右』(筒井康隆)
『カラッポがいっぱいの世界』(鈴木いづみ)
『夜の記憶』(貴志祐介)
『幽かな効能、機能・効果・検出』(神林長平)
『時間旅行はあなたの健康を損なうおそれがあります』(吾妻ひでお)
『素数の呼び声』(野尻抱介)
『海原の用心棒』(秋山瑞人)
『さいたまチェーンソー少女』(桜坂洋)
『Four Seasons 3.25』(円城塔)


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