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『SFマガジン700【海外篇】 創刊700号記念アンソロジー』(山岸真:編) [読書(SF)]

 「“眠っていた秀作”であることに違いはないが、SF史、日本SF史、翻訳SF史、〈SFマガジン〉史に欠かせない巨匠から新鋭までの超有名作家ばかりを選んだ」(文庫版p.460)

 SFマガジン創刊700号を記念して発行されたアンソロジー、その【海外篇】です。


『遭難者』(アーサー・C・クラーク)

 「すでにはるかな高みに到達した今も、上昇速度は落ちる気配がなかった。地平の視界がおよそ五万マイルに及ぶと、下方にひろがる大黒点の全貌が見えはじめた。彼には、目も、それに類する視覚器官もなかったが、からだをつきぬけていく輻射線のパターンによって、身もすくむような眼下の光景を知ることができるのだった」(文庫版p.10)

 太陽フレアによるコロナ質量放出により宇宙空間に放り出されてしまったプラズマ生命体が、まっすぐに地球に向かう。果たして人類は、その存在に気づくことが出来るのか。太陽系内ファーストコンタクトを扱った古典的傑作。


『危険の報酬』(ロバート・シェクリイ)

 「あのもの静かで、礼儀正しく、法を遵守する人々は、おれに逃げてほしくないのだ、とレイダーは悲しい気持ちに襲われた。彼らは殺しが見たいのだ」(文庫版p.48)

 多数の追手から必死に逃げ回っている平凡な男。彼が出演しているのはTVの殺人ゲーム番組。制限時間いっぱい逃げ切れなければ、本気で殺されるのだ。視聴者の皆さんは、善良なる大衆は、彼の逃亡を助けるという設定だったが、実際には大違いだった……。

 いわゆる「リアリティ番組」を予見した作品。これが1950年代に書かれたというのも凄いのですが、その風刺も古びていません。そして何より、今読んでもサスペンス小説として抜群に面白い。


『夜明けとともに霧は沈み』(ジョージ・R・R・マーティン)

 「人が必要としているのは知識だけなのか? そうは思わんね。人には神秘も必要なんだ。詩情も、ロマンも。思索と驚異を経験するためには、答えの出ていない謎も多少はあったほうがいい」(文庫版p.96)

 霧に包まれた惑星。その霧のなかには魑魅と呼ばれる謎めいた怪物が住んでおり、迷い込んだ人々を殺してしまうという。観光客はそのロマンに惹かれてこの星にやってくるが、あるとき大規模な科学調査団が魑魅の正体を暴こうとする。

 いわゆるUMAを扱った作品。超常現象に神秘とロマンを求めるか、謎解きと合理的説明を求めるか、その対立がドラマの軸となります。しかし何と言っても本作の読み所は、異星の風景描写の素晴らしさでしょう。


『ホール・マン』(ラリイ・ニーヴン)

 「あの機械の中には、おそろしい密度と質量をもった何かがはいっている。そいつを支えておくには、とてつもない莫大な強さの場が必要だ」(文庫版p.113)

 異星人が残した基地を調査するうちに、重力波通信機を発見した科学者。その中には量子ブラックホールが入っていると言い張ったことで仲間から馬鹿にされ、プライドを傷つけられた彼がとった行動とは。

 アシモフの『反重力ビリヤード』みたいな展開になるハードSF。原子核よりも小さい量子ブラックホールという発表当時(1973年)最新のネタを扱ったものの、翌年にホーキング放射(ブラックホールの蒸発)が発見され、ハードSFとしてはいきなり古びてしまったのはお気の毒。


『江戸の花』(ブルース・スターリング)

 「おまえに、おまえたち日本人に、おれのために働いてもらいたい。おれをうけいれて自分たちのものにしてしまえば、おまえたちのほうが不器用な外人よりうまくやれるぜ。おまえたちみんなを金持ちにしてやるぞ。江戸は世界一の都会になるのさ」(文庫版p.172)

 文明開化に湧く明治初期の東京を舞台としたサイバーパンク。急激なテクノロジーの流入により社会と人間が容赦なく激しく変化してゆく様をブルース・スターリングが書いたらそれは誰が何と言おうとサイバーパンク、ということで納得する他はありません。


『いっしょに生きよう』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)

 「この生き物の心には何かを希う気持が長いあいだ強く働いており、それがわたしの思いとよく似ているのだ。倒木の壁がなくなってほしいとわたしがいつも願っているように、これも何かを求めている」(文庫版p.180)

 異星に着陸した探検隊が遭遇したのは、テレパシー能力を持った植物のようなエイリアンだった。妻を失って悲嘆にくれていた隊員は、そのエイリアンに不思議な共感を覚える。ファーストコンタクトSFとロマンス小説を合体させたような短篇。


『耳を澄まして』(イアン・マクドナルド)

 「人類が宇宙に進出し、いままでにだれも想像したことのないほど途方もないものを経験したり、理解しなければならない領域に踏み入る場合、人の意識、知覚は、そこに見出すものを包容できるように変えられなければならない」(文庫版p.254)

 暴走したナノマシンによる疫病が猛威を振るっている世界で、疫病を生き延びた少年が隔離された孤島に送られてくる。孤島に住んでいるただ一人の住人である修道士は、少年を見守り、その様子に耳を澄ませ、来るべきものに備えるのだった。

 静かな隔離病棟ものかと思わせておいて、堂々たるポストヒューマンSFへと展開してゆく作品。クラークの『幼年期の終わり』を連想させる雰囲気もあります。


『対称』(グレッグ・イーガン)

 「ビッグバンの温度では、四つの力のあいだの対称性が復活する……でも、その上にもう一段階ある。非常な高温では、四つの次元すべてが等価になるだけのエネルギーを、時空それ自体が吸収する」(文庫版p.277)

 モノポール衝突実験で作り出される高エネルギーにより超対称性理論を検証していた粒子加速器で事故が発生。調査に向かったグループも消息を絶ってしまう。第二次調査団がそこで目撃したものは、時空そのものが変容した姿だった。

 ビッグバンの前には時間と空間の「対称性のやぶれ」が起きておらず全ての次元が等価だった、というアイデアを元にした、がちがちのハードSF。対称性次元と、それが再凍結したエキゾチック時空間の描写に息を飲みます。


『孤独』(アーシュラ・K・ル・グィン)

 「母はしだいに理解するようになった。成人の女は他人の家に入らず、たがいに話をしあうこともなく、男と女はほんの短い気まぐれな関係をしばしば結ぶだけで、男は生涯孤独な生活を送るのだが、それでもある種のコミュニティは存在するということ、繊細で確かな意図と抑制、つまり社会的な規律をもつ薄く広い見事なネットワークが存在することを」(文庫版p.327)

 ある惑星のロストコロニーを調査している文化人類学者。彼女にとってその社会は貧しい原始的なものだったが、そこで暮らし学んでいる幼い娘にとっては、それはきわめて自然で豊かな社会と文化だった。調査期間が終わり、娘は母と共に人類文明へと帰還する。だが、「故郷」から引き離され、異質で馴染めない文化への同調圧力をかけられ続ける生活に、娘は次第に衰弱してゆく。

 人類学テーマSFの大傑作。展開は『アルプスの少女ハイジ』(ヨハンナ・シュピリ)ですが、登場する架空の異星文化に説得力があり、また人類文明(つまり西洋白人文化)との文化摩擦に苦しむ姿には、強い共感を覚えます。著者の幼少期が重ねられていることもあり、本書収録作のうち個人的に最も感動した一編。


『ポータルズ・ノンストップ』(コニー・ウィリス)

 「いま見学したキャビンと、一冊のパルプ雑誌と、ありあまる想像力から、すべてがはじまったのです」(文庫版p.388)

 何も面白みのない田舎町にやってくる不可解なツアー団体。彼らはどうやらSF作家ジャック・ウィリアムスンを崇拝しているらしいのだが……。米国SF界のグランドマスターを賛美しまくる、ファンがファンのために書いた一編。


『小さき供物』(パオロ・バチガルピ)

 「わたしは容器を持ち上げ、投入口にあてる。胎児は吸いこまれて焼却炉へ消える。母親の化学物質をたっぷりかかえて。これは供物だ。次の子に未来をあたえるための、血と肉と人間性の柔らかな犠牲」(文庫版p.422)

 環境汚染により奇形や重度障害を抱えた子供ばかりが生まれるようになった時代。その対策として開発された生殖技術が、妊婦たちに厳しい倫理的葛藤を突きつける。アイデアとしては先行作品がありますが(例えば津原泰水さん)、『第六ポンプ』など同作者の他作品と共鳴することで奥行きが増してくる傑作。


『息吹』(テッド・チャン)

 「あなたがたの命も、われわれの命とおなじように終わる。万人の命が必ずそうなる。どんなに長くかかるとしても、いつかはすべてが平衡状態に達する。願わくば、そのことを知って悲しまないでほしい。願わくば、あなたがたの探検の動機が、たんに貯蔵庫として使える他の宇宙を探すことだけでなく、知識への欲求、宇宙の息吹からなにが生まれるかを知りたいという切望であってほしい」(文庫版p.450)

 局所的にエントロピーを減少させることで持続する生命、そして最終的に不可避な宇宙の熱的死(ヒートデス)。この概念をものすごく拡大して、とんでもない原理で活動し思考する知的生命たちの思索を描いた作品。基本的にバカSFなんですが、それを感動的に読ませてしまうところが凄い。


[収録作品]

『遭難者』(アーサー・C・クラーク)
『危険の報酬』(ロバート・シェクリイ)
『夜明けとともに霧は沈み』(ジョージ・R・R・マーティン)
『ホール・マン』(ラリイ・ニーヴン)
『江戸の花』(ブルース・スターリング)
『いっしょに生きよう』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)
『耳を澄まして』(イアン・マクドナルド)
『対称』(グレッグ・イーガン)
『孤独』(アーシュラ・K・ル・グィン)
『ポータルズ・ノンストップ』(コニー・ウィリス)
『小さき供物』(パオロ・バチガルピ)
『息吹』(テッド・チャン)


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