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『量子的世界像101の新知識 現代物理学の本質がわかる』(ケネス・フォード:著、青木薫:監訳、塩原通緒:翻訳) [読書(サイエンス)]

 「本書は、量子の世界に初めて触れるという人から、物理学の専門家にまで、自信を持ってお勧めできるという、まずめったにない本なのである。(中略)101の項目が並ぶ構成でありながら、本書はバラバラな個々の項目の寄せ集めにはなっていない(中略)いったん通読すれば、量子世界の全体像がつかめる仕組みになっているのだ」(監訳者である青木薫さんの解説より。新書版p.403、406)

 101個のQAにより、量子物理学を理解するための「世界観」を分かりやすく伝えてくれる量子世界地図のようなガイドブック。新書版(講談社)出版は、2014年3月です。

 「世界観が量子の世界----非常に小さいものと非常に速いものの世界----でもそのまま有効だった、ということになればよかったのだが、そうではなかった。だからわたしたちは、奇妙でもあり、すばらしくもある新しい視点に直面する」(新書版p.3)

 素粒子理論、量子物理学の本質を教えてくれる入門書です。専門用語と数式の束で圧倒してくる教科書でもなく、二重スリットや猫虐待の例え話で何となく誤魔化してしまう通俗書でもなく、本質をきちんと伝えて理解させるという困難な道を選び、それに成功した希有な一冊。

 全体は15の章に分かれています。大雑把にいうと、前半の8つの章では原子から始まって、次第にスケールを小さくしてゆき、原子核、そして素粒子へと至る、量子世界の全体像を紹介します。

 さらに中間にある4つの章で相互作用、保存則、波と粒子など、量子物理学の基本法則を紹介。

 後半の3つの章では、レーザーやダイオードなどの応用、超流動や超伝導などマクロスケールで現れる量子効果、さらにエンタングルメント、観測問題、量子ドット、ヒッグス場、といった話題を扱います。

 各章は、「陽子と中性子の内部はどうなっているのですか」「物理量が量子化されるとはどういうことですか」「核分裂するとなぜエネルギーが放出されるのですか」「ヒッグス粒子はなぜ重要なのですか」といった101個の質問と回答、という形式で書かれています。

 質問を読んだだけで思わず「はっ」とするような、それ自体に驚きがある鋭い問いかけも散見されます。例えば、「励起した原子は同じ原子が別の状態にあるだけですか、それとも別の原子になったのですか」「法則を破らなければ、どんなことでも起こりうるのですか」「量子世界を理解するのに波は絶対に必要ですか」など。

 「周期表にはなぜ終わりがあるのですか」「なぜ中性子は原子核のなかだと安定しているのに、単独だと不安定なのですか」「電子はどれも同じだとどうしてわかるのですか」といった質問も見事。

 数式や例え話は最小限にとどめ、より本質的な、いわば「量子世界観」というべきものをすっきりと解説してくれます。例えば、古典物理と量子物理の違いは、次のようにシンプルにまとめられています。

 「一般に物理学の古典的法則は、「強制法則」と呼ぶことができる。初期条件が決まれば、起こるべきことも決まってしまうのだ。(中略)それに対して、量子法則は一般に、何が「起こらなくてはならない」かではなく、何が「起こりえない」かを教えている。その意味で、これらの法則は「禁止法則」であると言える」(新書版p.260、261)

 「古典的な法則のもとでは、ある一連の初期条件から、たったひとつの結果が実現される。量子力学的な法則のもとでは、ある一連の初期条件から、可能となる結果がいくつか出てきてもかまわない」(新書版p.263)

 「保存則に矛盾しない可能な結果はすべて実際に起こるのだろうか? 物理学者はその答を「イエス」と考えている」(新書版p.262)

 禁止されてない結果はすべて「実際に」起こる。ならば、ある相互作用が生じたときには、起こりうる(禁止されない)すべての結果が実際に起きることになり、すなわち複数の結果がある確率分布のもとで“重ね合わされた”状態になる、というかそれしかない、というのが、実にすんなりと納得できるわけです。そうなれば、そもそもすべての粒子は重ね合わせの状態にある、というのも自然と頷けます。

 あとは、その禁止法則(保存則)を知ればいいわけですが、実はそれほど難しくはなさそう。何しろ、半分くらいは既にお馴染みの古典法則なのですから。

 「古典的な世界での「四大」保存量----エネルギー、運動量、角運動量、電荷----は、空間と時間の最も微小な領域でも、その他どんなスケールでも、絶対的に成り立っているとわたしたちは確信しているのである」(新書版P.240)

 「原子以下の世界でしか確認されていないが、やはり絶対的と見られている別の保存則が3つと、対称性の原理が1つある」(新書版P.242)

 エネルギー、運動量、角運動量、電荷の保存則については高校の物理で習うわけですから、後は量子世界特有の保存則(レプトンフレーバー、クォーク数、カラー、TCP対称性)を理解すれば、禁止法則だけから成り立っているという量子物理の全体像をおおむね把握したことになる、と思いたい。

 ここまで理解すれば、どの保存則がどう適用されるか(されないか)という視点で考えるだけで、ほとんどすべてが「分かる」ようになります。少なくともそんな気になります。こうして、数式も例え話もほとんど使わずに、量子物理の本質を少しずつ理解させてゆく、というのが本書の優れた特徴なのです。

 「何かに妨害されないかぎり、粒子はすべて自分より軽い粒子に崩壊する(エネルギーの下り坂をくだる)のだ。現在わかっているかぎり、粒子の崩壊を妨害する唯一のものが、2つの保存法則である。クォーク数保存の法則と、電荷保存の法則だ」(新書版p.230)

 「ひとつの規則が見てとれるだろう。強い相互作用はすべての保存則の支配下にあるが、電磁相互作用を支配する保存則は少なくなり、弱い相互作用を支配する保存則はさらに少ないということだ。ここから、ある興味深い疑問が生じるが、それについては誰も答えを知らない。自然界の4つの相互作用のなかでも最も弱い重力相互作用は、さらに多くの保存則を破るのだろうか?」(新書版p.250)

 こんな感じで、個々の知識の寄せ集めだけでなく、全体をすっきりとまとめる、未知エリアの境界も示す、いわば「地図」を提供してくれます。他にも「地図」に相当する記述は豊富に出てきます。

 「ここには驚くべき普遍性がある。この宇宙におけるクォークとレプトンの相互作用はすべて、つきつめれば、2個のフェルミ粒子と1個のボース粒子の世界線が出会う三叉交点から生じているのである。今日では、現実はたしかにそうなっていると考えられている」(新書版p.220)

 「理論はもうひとつ、驚くべき普遍性を教えてくれる。この宇宙におけるすべての相互作用は、粒子の生成と消滅をともなっているということだ(これには実験での裏づけもある)」(新書版p.221)

 「原則として、閉じ込められた性質は(中略)どんなものでも量子化されて塊になっている(中略)。そして閉じ込められていない性質は(中略)どんなものでも量子化されずに連続的になっている」(新書版p.85)

 「量子飛躍の細部----いつ、どこに----は不確定だが、ひとつだけ確定していることがある。それは、ある同一の励起状態にある原子はすべて、その状態にあるほかのあらゆる原子と同一の確率に支配されているということだ」(新書版p.105)

 「素粒子物理学の最も深いレベルには、本当に同じで、比較的少ない特性で完全に記述されるものがあるということだ。もしそうなら、それはわたしたちの探求の一番下の階層であることをほのめかしている。(中略)いずれにしても、階層はどこかで終わっているように見えるのである」(新書版p.184)

 こういった「地図」のおかげで見通しが劇的に良くなり、始めは「何が何やらさっぱり分からない奇怪な世界」だった量子物理の世界が、101個のQAを読んだ後は、それなりに「私たちのよく知っている古典物理の世界に、いくつか量子特有の保存則など追加して縛りつつも、それ以外は何でもアリということにしたフリーダム新世界」というイメージに変わります。これは大きい。

 というわけで、細部は理解できなくとも、量子世界の全体像がおぼろげに見えてくるような気がして、少なくとも親しみが持てるようになる一冊。素粒子理論や量子物理に興味はあるものの、これまで一般向け解説書を読んでも「たとえ話」と個別トピックの寄せ集めばかりで、どうも腑に落ちなかったという方に、ぜひご一読をお勧めしたい好著です。


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