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『SFマガジン2014年5月号 非英語圏SF特集』(小田雅久仁) [読書(SF)]

 SFマガジン2014年5月号は、非英語圏SF特集ということで、フランス・中国・インドのSF作品が翻訳掲載されました。また、小田雅久仁さんの中篇も掲載されました。


『パッチワーク』(ロラン・ジュヌフォール)

 「この死に犯意を見出しても誰の得にもならない。ここは三種族の棲域が交わるセルム高原地方なのだ。この地に平和が訪れて、まだ数十年しかたっておらず、ほんの些細なもめごとでも起きれば、白紙に戻りかねない」(SFマガジン2014年5月号p.12)

 三つの知的種族が共存している惑星オマル。三種族都市ロプラッドで働いているホドキン族の医師シズニーのもとに、種族間の平和共存を推進していた政治家の遺体が運び込まれる。自然死か、事故か、それとも種族差別主義者による暗殺だろうか。遺体に謎めいた傷痕を発見したシズニー医師は、友人である刑事にそのことを告げる。それは一連の怪遺体事件の始まりだった……。

 近刊『オマル-導きの惑星-』と同じ背景世界を舞台とした短篇です。異星人の視点から語られるSFミステリで、全体的に地味な話ですが、人種間の軋轢という現実の問題をSFの手法で扱おうとするプロットが印象的です。


『鼠年』(スタンリー・チェン(チェン・チュウファン))

 「鼠だ。何百万匹という鼠が、畑や、森や、丘や、村から出てきている。歩いている。そう、直立してゆっくりと歩いている。(中略)冬の枯れ野や、同様に無味乾燥な人間の建物を飲みこみ、波打ちながら鼠の海は進む」(SFマガジン2014年5月号p.52)

 遺伝子操作されたネオラットを駆除するために組織された鼠駆除隊に動員された若者たち。「国を愛し、軍を援けよう。民を守り、鼠を殺そう」なるスローガンのもと、劣悪な環境で鼠と戦わされ、無意味に命を落としてゆく。一方で、改変遺伝子(ただし違法コピー版)を持つ鼠たちは勝手に知性化を進め、独自の社会を築きつつあった……。

 大学を卒業したのに良い仕事につけず、都市部で低収入・不安定な底辺労働者として生きる若者たちのことを、中国のスラングで「蟻族」「鼠族」といいますが、まさにそのまんまの話。一部の富裕層が外貨をどっさり稼ぐその足元で、鼠族と鼠が共食いさせられる。現代中国が抱えている社会矛盾を風刺しつつ、感傷的な筆致で読者の心を打つ作品。個人的お気に入りです。


『異星の言葉による省察』(ヴァンダナ・シン)

 「孤独なのは完結したシステムだけだ。そして、完結したシステムなどというものは存在しない。(中略)アイデンティティは不変でもなく、完結してもいない」(SFマガジン2014年5月号p.69)

 異星人が遺した機械により接続された無数の蓋然性世界。失われた恋人を追って蓋然性の間を移動するうちにループにとらわれた男が、何度も同じ女のもとを訪れる。歳月は流れ、今や年老いて死期が迫っている女。果たして死ぬ前にもう一度、彼に会えるだろうか。探し求めている恋人に決して再会することのない彼に。

 多元宇宙やタイムループといったSFの定番ネタを駆使しながら、詩的で幻想的な物語が展開します。テーマおよび文体から『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)が連想されますが、雰囲気はけっこう違います。


『廃り』(小田雅久仁)

 「こんな街がどこかに実在するとはやはり信じがたい。墜ちる夢の向こう側、樹木のように育ってゆく街、果てしなく広がる灰色の海と灰色の空、灰病、喪色者、連行者……弟は廃りになって気がふれたのではないだろうか」(SFマガジン2014年5月号p.255)

 全身がモノトーンの「廃り」たち。人々は本能的な嫌悪感から彼らを不可触賤民として目をそらしている。ある事故がきっかけで「廃り」に興味を持った姉弟。やがて連絡がとれなくなった弟を探し当てた姉は、弟が書き残した手記から「廃り」に関する驚くべき事実を知ることになる。

 『本にだって雄と雌があります』や『11階』と同じく、隠された世界に足を踏み入れてゆく傑作ダークファンタジー。差別問題が扱われているためか、初期の『増大派に告ぐ』を思い出させるような、怒りや鬱屈をはらんだ暗い雰囲気が印象的です。


[掲載作品]

『パッチワーク』(ロラン・ジュヌフォール)
『鼠年』(スタンリー・チェン(チェン・チュウファン))
『異星の言葉による省察』(ヴァンダナ・シン)
『廃り』(小田雅久仁)

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