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『とっぴんぱらりの風太郎』(万城目学) [読書(小説・詩)]

 「ことの始まりはおよそ四百年前、西暦1615年、舞台は大坂城----」(『プリンセス・トヨトミ』より)

 ときは慶長。伊賀の里を放逐された若き忍者が、とてつもない任務に挑む。ざっと十万の徳川勢を敵に回し、焼け落ちる大阪城からの脱出なるか……。

 数百年後に大阪全停止を引き起こすことになるあの「秘密」はどのようにして始まったのか。その起源がついに明かされる大長編がKindle化されました。単行本(文藝春秋)出版は2013年09月、Kindle版の配信は2013年12月です。

 「時は過ぎゆき、万物は流転する。古きは新しきに生まれ替わり、大事な教えもやがてないがしろにされる。らっきょうはいつしかにんにくに変化し、忍びの頭も悪くなる。いずれも長い平穏の時間がもたらした、致し方ない副産物である」(Kindle版No.39)

 出来のよくない忍びの風太郎(ぷうたろう)は、卒業試験でらっきょうとにんにくを取り違えるというしょーもないミスで、伊賀の里を放逐されるはめに。金もなく、仕事もなく、暇を持て余していた彼の前に、因心居士と名乗る謎の老人が現れた。

 「風太郎よ、どうじゃ、これですべてわかったろう? 儂は果心居士のもとへ行かねばならぬ」(Kindle版No.2742)

 自分を果心居士のところへ連れてゆけと命じる因心居士。そんな因果な話は御免だと逃げ回る風太郎。それとは別に、舞い込んできた忍びとしての仕事。楽勝と思えた簡単な仕事のはずだった。だが、彼の前に立ちはだかる凄腕の達人。

 「絶対にあの男には敵わない、と確信した。人を斬ったばかりなのに、あんな表情のない目をする奴に勝てるわけがない」(Kindle版No.3419)

 宿敵から命からがら逃げ延びたものの、その後も二転三転する宿命に翻弄される風太郎。集まってくる仲間たちとの腐れ縁。そして起こる大規模な戦乱。世にいう「大阪冬の陣」である。

 「長い間、自分が伊賀に戻りたいと願っていたのか、それともどこかであきらめていたのか----。いや、そもそも戻りたいと本当に思っていたのかすら、ようわからんようになってしもうた」(Kindle版No.5444)

 「どちらに真に仕えるべきか、ときどき、儂はわからなくなる」(Kindle版No.5383)

 「伊賀とも、忍びとも、すべてと縁を切って、ただのひとりになる----。柘植屋敷にいたときから、ずっとそれだけを考えていた」(Kindle版No.6548)

 「もう、伊賀は忍びの国ではない。忍びよりずっと役に立たぬ侍のほうが、よほど偉い国になってしもうた」(Kindle版No.5480)

 「これからは、いくさのない、まともな世が来るはずじゃ。忍びが忍びとして死ぬ時代は終わったのだ。もはや、己の命を賭けてまで成し遂げる仕事などない」(Kindle版No.7233)

 それぞれに屈託を抱えて生きる風太郎と仲間たち。しかし、時代は容赦なく動き続ける。迫り来る「大阪夏の陣」、そして豊臣家滅亡のときを前に、風太郎たちは途方もない任務を引き受けるはめに。

 「死ににいくようなもんさね」(Kindle版No.6998)

 「儂はおぬしに希望を託したのだよ----、風太郎」(Kindle版No.2075)

 「みんなさっさと死んでいく。儂だけが、まだ生き残っている。風太郎、おぬしは長生きせえよ」(Kindle版No.6037)

 「儂が無理強いして、たどり着ける場所ではない。おぬしが己で行く気持ちを確かにせねばならぬ。要は覚悟という話じゃな」(Kindle版No.7103)

 「こんな命懸けの仕事を引き受ける理由など、どこを探したって見当たらない。いちばん肝心な金の話だって何もしていない。にもかかわらず、俺はきっと、とうに己の為すべきことを選んでいた」(Kindle版No.7076)

 「不思議と恐れはなかった。一銭の金にもならぬ、割が合わぬにもほどがある頼まれごとなれど、ねね様や因心居士や果心居士に導かれ、己がここに立つ理由を今なら不思議と了解できた」(Kindle版No.8327)

 因心居士の助けを借り、仲間と共に闇を駆け抜ける風太郎。だが彼らを待っていたのは、さらなる難事だった。しかも、負傷した風太郎の前に、ついに現れる宿敵。

 「忍びとして他より抜きん出た資質など、俺には何ひとつ備わっていなかった。刀の腕は平凡、口が立つこともない。手先は不器用で、きっと頭の動きも鈍かろう」(Kindle版No.9003)

 「どれほどの出来損ないであれ、とうに伊賀では用なしになった身であれ、たとえ忍びとして生きることはできずとも、忍びとして死ぬ勝手はあるはずだ」(Kindle版No.8923)

 取り巻くは十万の徳川勢、目の前には決して勝てぬ宿敵。仲間は散り、因心居士も去り、ただ一人、血を流しながら炎のなかに立つ風太郎。勝算も、退路も、希望もないこの状況で、笑みを浮かべて刀を構えたとき、最後の対決が始まった。

 というわけで、時代劇というか、忍者ものです。ただし、セリフなどほとんど今の若者口調で書かれており、どちらかというと「専門学校を卒業したものの、就活に失敗してくすぶっていたプータローが、うまい話にまんまと乗せられて、気がついたらブラック企業でこき使われていた」という感じです。

 最初の方は、いかにも無責任で、いい加減な「今どきの若者」らしい風太郎が、ふらふらしているうちに、色々な試練を受けて次第に覚悟が定まってゆくところが印象的。他の登場人物も、忍者小説の類型ながら、魅力的です。後半はノンストップで見せ場が続き、思わず手に汗握って読み進めることに。

 なお、第三長編『プリンセス・トヨトミ』の前日譚にあたる(といっても400年前ですが)話なので、独立した作品とはいえ、やはり先に第三長編を読んでおいた方が本書を感慨深く読めると思います。『プリンセス・トヨトミ』の紹介については、こちら。

    2013年04月15日の日記:『プリンセス・トヨトミ』
    http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-04-15


タグ:万城目学
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