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『変愛小説集(「群像」2014年2月号掲載)』(岸本佐知子:編、多和田葉子、本谷有希子、星野智幸) [読書(小説・詩)]

 「考えれば考えるほど、ここ日本こそが世界のヘンアイの首都であると思えてくるのです。(中略)日本語で書かれた作品だけで、日本の『変愛小説集』を編むことができたら。しかも、まだ誰も読んだことのない、書き下ろし作品でそれができたら。そんな私の密かな願いを、今号で叶えてもらいました」(岸本佐知子、群像2014年2月号p.9)

 レンアイでもヘンタイでもない、不思議な愛の形を描く変愛小説。文芸誌「群像」の2014年2月号では、岸本佐知子さんの依頼に応じた12名の作家による12篇の書き下ろし短篇が「変愛小説集 日本版」として掲載されました。

 まず「変愛小説集」って何ですかという方は、岸本さんが編んだ二冊の既刊アンソロジーをご確認ください。

  2008年05月12日の日記:『変愛小説集』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2008-05-12

  2010年06月01日の日記:『変愛小説集2』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-06-01

 この素晴らしき変愛の数々。しかし、いずれも海外小説なので、きっと海外の作家はみんな変人揃いなのよ、こんな異常なことを考えてしかも小説に書くなんて、などというあらぬ誤解をする読者がいるやも知れぬ。

 というわけで、いやそういうわけじゃないでしょうけど、日本作家だけで変愛小説集を編んでみたところ、世界のヘンアイ首都に恥じない、あるいは恥じ入る、アンソロジーが誕生しました。何はともあれ、参加メンバーが豪華です。

『形見』(川上弘美)

 「二番めの夫が人間由来だったなんて、思ってもみなかったもの。ずいぶん年とってたから、長生きの哺乳類だとは思っていたけれど」(群像2014年2月号p.16)

 とある事情で寿命が短くなった遠未来、妻たちはこれまでに結婚した夫たちの形見を大切に保管していた。はかない夫婦愛と静かな無常観を、落ち着いた筆致で描いた感動的SF作品。ではありますが・・・。

『韋駄天どこまでも』(多和田葉子)

 「二人は、奪い、奪い合い、字体を変え、画数を変えながら、漢字だけが与えてくれる変な快楽を味わい尽くした」(群像2014年2月号p.26)

 東田一子は、生け花教室で出会った束田十子が気になっている。二人で喫茶店にいたとき、街を大地震が襲い、彼女たちは孤立してしまう。日常から切り離された二人。やがて互いの身体をまさぐり始め・・・。というと普通の官能小説みたいですが、そこはもちろん一文字違います。

 束田十子が「東の字の口の中にまで手を突っ込んで」横棒を奪うと、東田一子は駄目よ駄目よとあえぎながら束田十子の「脚の交わったところに手をさしいれて、「十」の横棒をつかんで揺らしながら引き寄せた」。「うっ」と言って身をそりかえす「十子」はすでに「一子」になっており、しかし「東田」も横棒を取られて「束田」になり、「そのうちどちらが東田一子で、どちらが束田十子なのか自分でも分からなくなってきた」という、文字いじりで激しく漢字ちゃう二人の漢能小説。

 日本版ということで、日本語でしか書けない話にしてきた挑発もさすがですが、これだけやっても全体として切ないラブストーリーになっているのは凄い。

『藁の夫』(本谷有希子)

 「平日の公園は何もかもが光り輝き、穏やかだった。木漏れ日、噴水、芝生----それに藁の夫」(群像2014年2月号p.31)

 藁で出来た男と結婚した女性。だが男というものは、その材質によらず、子供じみたモラハラを執拗にやるものなのであった。うんざりした女は、ふと思う。「藁に火を付けると、どうなるんだろう。乾いた藁は、どんなふうに燃えるのだろう。想像するだけで、心臓がどきどきと鳴った」。収録作品中では、海外の変愛小説のテイストに最も近い短篇。

『トリプル』(村田沙耶香)

 「トリプルなんてね、お母さんの時代には、本当にふしだらなことだったのよ。三人でラブホテルに行くなんて」(群像2014年2月号p.41)

 恋愛もセックスも三人でするのが当たり前の、今どきの若者世代。だが、カップル文化にそまった親世代からは理解してもらえない。

 「さっき、友達がセックスをしているところを見ちゃったの。トリプルじゃなくて、カップルのセックスだよ。それを見て思ったの。私たちは絶対に分かり合えない。違う生物なんだって。(中略)あんな不気味な行為で生まれただなんて、信じたくない」(群像2014年2月号p.54)

 まあ若者らしい潔癖さ。しかし、何と言っても本作の読み所はトリプルでのセックス描写。そんなの知ってるよ、などと思うなかれ。説得力ある異常性愛が見事に表現されています。説得力ありすぎて、読者もすぐに慣れてしまい、ごく普通の青春小説としか思えなくなってくるところが不思議。

『ほくろ毛』(吉田知子)

 「ちかごろはいろいろ寛容になっている。だらしなくなっている。きちんとしてない。ほくろの毛のせいだ」(群像2014年2月号p.59)

 ほくろ毛が生えてきた、ということは誰かが私に恋をしている。誰かしら。それともストーカー? ほくろ毛があるうちに自分に想いを寄せているカレを見つけようとする女性。ようやく見つけたカレの正体とは。

 とてもまっとうな恋愛小説。ただカレの正体が変なだけ。でも、ほら、ほくろ毛のせいで、ちかごろはいろいろ寛容になっているから。

『逆毛のトメ』(深堀 骨)

 「笑いと涙とユーモアとペーソスとウィットとエスプリが怒濤の如く軀の中から込み上げて来た。もう目茶苦茶だった」(群像2014年2月号p.76)

 癖のついた陰毛に因んで「逆毛のトメ」と名付けられた仏蘭西人形がたどる数奇な運命とは。変愛小説だろうが何だろうが、この作家は常にマイペース。正月から深堀骨を読める謹賀新年。

『天使たちの野合』(木下古栗)

 「分かるだろう? PASMOの残高が足りなくなるような奴の頭は爆発するもんさ」(群像2014年2月号p.90)

 駅前広場で若い女に声をかけられた男。人違いと断った後で気になり、遅れてきた仲間に携帯電話から指示を出して実験してみることに。軽快な会話が続き、最後に意表をつく展開で弾ける作品。どこがどう変愛なのかもう分からない。

『カウンターイルミネーション』(藤モモ子)

 「ドラムの音と、命の鼓動が重なり共鳴し、私の光が闇を飲み込み影を消す。深海を照らす、私自身の光は今も輝き続けている」(群像2014年2月号p.100)

 世界中の秘境を探検してきた男が、光も届かぬ暗黒の海の底で交わったものとは。緊迫感あふれる筆致で描き出される、この世のものとも思えない幻想的な変愛模様。ちなみにタイトルは、海底から見上げる相手に対して自分の影を消し、上層からやってくる光の中に溶け込んで見えにくくするための腹部発光のこと。

『梯子の上から世界は何度だって生まれ変わる』(吉田篤弘)

 「いまになってみれば、我々がああして出逢えたのは、彼女もおれもあちらとこちらの狭間を彷徨っていたからだとわかる。彼女は本来の自分と絵の中の自分の境界に迷い込み、おれはと云えば、電球の生と死を結ぶ役割をいまだに任じている」(群像2014年2月号p.109)

 電球交換士である男と、口から景色がこぼれ出る女。二人の出会いと、切ない別離を、スタイリッシュな文章で描いた短篇。 「あなたは生きて。どこまでもそうして生きて。そして、世界中の電球を交換して」(群像2014年2月号p.111)といったセリフにじんと来る。

『男鹿』(小池昌代)

 「ああ羚羊。夢に見た、あの羚羊の脚だ。これでやっと、にんげんをやめられる」(群像2014年2月号p.122)

 「普段、靴の他には贅沢をしないわたしが、靴に散財するとき、血が薄まるような陶酔感がある。やはりお金は使わなければならない。使わないと、血が腐る」(群像2014年2月号p.118)という靴にとりつかれた女性が、ついに手にいれた究極の一足とは。靴に対する変愛心理を描いた短篇。

『クエルボ』(星野智幸)

 「私は卵の上に座り、股間を押しつける。孵化が待ち遠しい。誰が何と言おうと、どんなやつがどんなことをしてこようと、私はここを死守するつもりだ」(群像2014年2月号p.133)

 仕事を退職した後、世間からも家庭からも何となく浮いてしまい、居心地の悪い思いをしている男。あるとき奇妙な衝動に駆られた彼は、針金ハンガーを集めて浮輪のようなリース状のオブジェを作り上げてしまうが・・・。人間以外のものとの恋愛というのは変愛小説の王道ですが、他の収録作品と題材が一致していることに驚かされます。

『ニューヨーク、ニューヨーク』(津島佑子)

 「トヨ子よ、どうして踏みきれなかったんだ? 男は半年前に死んでしまったトヨ子のためらいがもどかしくなり、その背中を押してやりたくなる」(群像2014年2月号p.143)

 離婚した妻、トヨ子が死んだことを知った男。息子から、別れた後の彼女の様子を聞いて、色々と思いめぐらせる。ニューヨークに憧れていたらしいトヨ子、それなのに結局一度もニューヨークに行かなかったトヨ子。とても変愛小説とは思えない、感傷的で切ないラブストーリー。特集の最後を、泣けるいい話で締めるという編者のこの配慮、それとも意地悪なのか。


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