SSブログ

『空飛ぶ納豆菌』(岩坂泰信) [読書(サイエンス)]

 「黄砂粒子の表面積をすべて足し合わせると地球表面の10パーセントから20パーセントにもなる(中略)黄砂粒子の表面積は陸地の面積全体と遜色ない。(中略)しかもミネラルの種類の豊富さにおいては大地とくらべ遜色ないのである」(Kindle版No.534)

 「2006年のケロッグとグリフィンの論文は多くの人に強いインパクトを与えた。彼らは砂塵嵐の影響をうけた空気の中では微生物濃度が上昇することを多くの事例を集めて報告したのである」(Kindle版No.546)

 「そのようなわけで、「黄砂に乗って何百キロメートルから何千キロメートルも浮遊してゆく微生物」にまつわる謎解きが、いまどきの黄砂研究といえるのである」(Kindle版No.554)

 黄砂に乗って、はるか上空を運ばれてゆく納豆菌。バイオエアロゾル学の現状と研究者たちの姿を活き活きと描いた新書の電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。新書版(PHP研究所)出版は2012年12月、Kindle版配信は2012年12月です。

 バイオエアロゾル学という、あまり聞き慣れない研究分野の魅力を伝えてくれる一冊。大気中を漂っている微生物(などの有機物)に関する様々な知見、そして研究者たちの活動と情熱が詰め込まれています。

 「バイオエアロゾル学では、空気中に浮遊している微生物のありようを中心に、その影響に関するもろもろのものを研究の対象にしている。そして取り扱うスケールがとても広い。そんな特徴は、この分野がまたの名をダストバイオエアロゾル学と呼ぶ点に端的に示されている。日本流に言えば、黄砂バイオエアロゾル学と言うところであろう」(Kindle版No.20)

 オゾンホールの形成にエアロゾルが深く関わっていた、という研究の話も興味深いのですが、何といっても本書の中心となるテーマは、黄砂。

 「黄砂ははるか昔からあった現象でいろいろに研究されてきた。しかし、新しい謎が次々に出て来て今にいたっている」(Kindle版No.383)

 大陸の砂漠から巻き上げられた細かい砂塵が気流に乗って東に運ばれ、日本各地で降り注いでくる、あの黄砂。お馴染みの現象なので、謎や発見が相次いでいると言われてもぴんとこないのですが。

 「「グリーンランドの氷の中からタクラマカン砂漠由来のダスト発見」というニュースは、コロンビア大学のビスカエラらのグループによってもたらされた(1990年頃)」(Kindle版No.427)

 「「浮遊中の黄砂に大気汚染物質がくっついて、それがそのまま遠くまで運ばれていく」ことが明らかとなってきた。(中略)大空を浮遊する黄砂が中国・韓国・日本の工業都市の上空を通って、硫黄酸化物や窒素酸化物などを付着しながら、アメリカへやってくる。そうすると、アメリカ人のぜんそくや呼吸器疾患は、黄砂が運んでくる大気汚染物質と相関しているかもしれない」(Kindle版No.436、442)

 「「浮遊中の黄砂に大気汚染物質がくっつく」という現象は、興味深い副産物をもたらすことが分かった。そのひとつは、「黄砂が酸性雨を緩和する」というものである」(Kindle版No.449)

 「別の副産物は、海の生態系に関わるものである。太平洋のど真ん中にも黄砂は降る。この黄砂を海のプランクトンが食うのである。(中略)アジア奥地の乾燥地帯から飛び上がった砂塵の粒子が、遠く太平洋の真ん中にまで運ばれ、海の食物連鎖を通して、にぎり寿司となる」(Kindle版No.454、458)

 「ダストの雲は、地球環境の温暖化に対しては、おそらくは両方のことをやっているのだろう。現在のところ、総体としては地球の寒冷化に寄与していると考えられる」(Kindle版No.471)

 ジェット気流に乗って地球上をめぐり、一万キロを超える遠方にまで降り注ぐ黄砂。新大陸で喘息を引き起し、酸性雨を緩和し、海洋生態系にミネラルや有機物を供給し、さらには地球温暖化を加速したり抑えたり、地球環境に手広く関与しているらしい。あっと驚く意外な話が続々と登場します。

 しかし、ここから先が本書の醍醐味。黄砂の表面に付着して運ばれてゆく微生物の話題に移ってゆきます。地球の全陸地に匹敵する表面積、豊富に存在する栄養素、そこに付着して繁殖する微生物。それが世界中に広がって降り注いでくるということは・・・。うわっ、それは極めて大変な事態ではないのでしょうか。

 「通常、この空気をあたかも微生物がたくさん浮遊している海のように想像する人は少ないであろう。であるから、そのような状態になったら(現実にはそれに近いような気もするのだが)、極めて大変な事態だと考えてしまうのかもしれない」(Kindle版No.1628)

 私たちが呼吸している空気を、「黄砂に乗ってやってきた微生物がたくさん浮遊している海」と想像するのは、個人的には、ちょっと嫌です。しかし、それらの微生物には、あの納豆菌が含まれているというと何だか面白そう。

 「「納豆菌」の観察が始まった。黄砂バイオエアロゾルの試料からみつかったものである。(中略)この場では、このプロセスの大事さについて十分議論することができず、もっぱら数千メートルも上空に納豆菌が浮遊している話に集中した」(Kindle版No.1702、1710)

 黄砂に乗って数千メートル上空を飛ぶ納豆菌。この大発見を受け、研究者たちの挑戦が始まった。

 「観測のたびに採集した菌の中から納豆菌を取り出し、一方で暇を見つけては採集した納豆菌を持って納豆業者を訊ね歩いた」(Kindle版No.1723)

 そっちの方向に挑戦かあーっ。

 「試食会の結果、人気が高かったのは、立山の雪の中から見つかった菌を使った納豆と、珠洲上空のおよそ3000メートルで捕まえた菌を使った納豆であった。(中略)最終的にどの納豆菌の菌株を使った納豆を市場に投入するか、製品のパッケージなどをどのようにするか、特にパッケージに書くキャッチコピーなどをどうするか、など製造元、販売元とともに知恵を絞らねばならない問題は多い」(Kindle版No.1742、1746)

 「金沢大の食堂で売りに出された。大いに人気を博したことは言うまでもない。2012年10月末には北陸地区の百貨店やスーパーでも市販され始めた」(Kindle版No.1767)

 ついに決まった製品名は「そらなっとう」、キャッチコピーは、能登上空3000メートルの納豆菌でつくった「ニュータイプの納豆」。黄砂バイオエアロゾル学の威信ここに極まれり、という感じがします。

 ちなみに次のページから通販できるようです。

  そらなっとう
  http://www.kinjyo710.com/sora.html

 上のページは個人的に検索して見つけたもので、本書に掲載されたものではありません。またこの情報および通販に関して、もちろん味に関しても、私は責任を持てませんので悪しからず。

 というわけで、オゾンホールや地球環境といった壮大な話から始まって、学食の納豆に到達するという、楽しいサイエンス本。黄砂、微生物の空気伝播、バイオエアロゾル学、そして納豆に興味がある方にお勧め。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0